3.出現 【3】朝霧
【3】
「・・・・き、・・・・・・! おい、妻夫木!」
その声は男のものだった。そして、自分の身体が揺れているのも、この男が自分の肩を
その男の正体を確認しようと頭をもたげようとした瞬間。
「つッ・・・・・・!」
後頭部に激痛を覚え、拓也は顔をしかめた。
しかしその痛みが、かえって拓也の意識を覚醒させた。
拓也は後頭部を押さえながら起きあがった。男の方を見る。男の顔は窓から差し込む逆光と、光に
「・・・・佐々木?」
目の前の男が心配そうに自分を
「佐々木・・・・・・こんなところで何してんだ・・・・・・?」
「
大学院時代、同じ研究室だった友人の
「大丈夫か?」
「あ、ああ・・・・・・」
拓也は後頭部を押さえていた手を離し、起きあがろうとした。
手が後頭部を離れる際に、異質な感覚を伝えた。
「おい! 血が出てるじゃないか!」
拓也は自分の手を見た。佐々木の言うとおり、手は赤黒く濡れていた。
「とりあえず、手当だ・・・・・・!」
拓也は佐々木に助け起こされ、研究室へと運ばれた。佐々木は拓也をソファに座らせ、救急箱を探し出してきた。後頭部の血を拭き取り、消毒する。
「大丈夫だ。血は止まってるし、傷も深くはない」
「すまん」
「念のために病院で見てもらえ」
「ああ・・・・・・」
佐々木は救急箱を片づけ、拓也の前に座った。
「何があったんだ?」
「いや・・・・・・」
拓也は昨夜の出来事を思い出した。
自分でも、昨夜のことを説明することが出来なかった。
「よく覚えてないんだ」
佐々木は、納得のいかないような表情で、拓也を見つめていた。
「お前こそどうしたんだ? 会社は?」
拓也は思い出したように訊ねた。
「明け方、遙花さんから電話があって、お前が帰って来ないし連絡も取れない。
「そうか・・・・・・」
遙花に心配をかけさせたことを後悔した。
「何処から入ったんだ?」
「裏口が開いてたぜ」
佐々木は何気なく言ったが、この研究棟は外部の人間は出入りできないようなシステムになっているはずだった。
1年前に導入した為、佐々木が知らないのも無理はないのだが、特に夜間早朝の出入りにはID兼用のカードキーがなければ扉は開かない。昼間は受付すればネームプレート式のICキーが自動で動作するので、渡されたプレートにキーが内蔵されていることを知らない人には、システムが働いていることに気付いていない人が多い。
昨夜、何か異常が起こっていたことは間違いなかった。
「さてと、俺はもう会社に行くぜ」
と言いながら、佐々木は腰を上げた。
「悪かったな」
「いいって。それよりお前、病院へ行っとけよ」
そう言い残して、佐々木は研究室を後にした。
会社の研究施設はここから5㎞ほど離れた所にあり、自宅がこの大学の近くにあるため、時々拓也の研究室にも顔を出していた。
佐々木が部屋から出ていってから、拓也は心配しているだろう遙花へ電話をかけた。
遙花には、研究室で寝てしまっていたと伝えた。
最初は
昨夜遙花は、大学の方にも電話をしたらしい。時間的には自分が気を失っている頃だったが、交換が出なかったそうだ。夜間は守衛が交換手を兼ねていた。
そう言えば、昨夜警備員が自分を発見してくれなかったというのもおかしい。夜間には、この研究棟も見回りに来るはずなのだが。
昨夜の出来事のことを考え出すと、とても思考がまとまりそうにないため、拓也は考えることを
幸い今日は講義がなかった。
拓也は大学の病院で検査をしてもらってから、家に帰ることにした。
知り合いの医師に依頼の電話をかけ、研究室の実験設備等を点検し、資料を整理して、最後にもう一度パソコンを起動させてみた。プログラムを起動してみたが、正常に作動した。つまり期待とは裏腹に、昨夜拓也が組んだプログラム通りに動作したのだ。
自分が作った通りにグラフィックが動くことに不満を抱くことはないのだが、拓也は
研究室にカギをかけ、部屋を後にし裏口へと向かう。
そちらの方が近いからもあるが、もう一度現場を確認したかった。
裏口に着くと、警備員が数名の作業服を着た男たちと何か話していた。
「おや、先生。いらしたんですか」
「どうしたんですか?」
作業員の何人かは、裏口の扉を調べている。
「いえね、昨夜大学の受電設備が故障して、構内への送電がストップしたんですよ。一応、重要な箇所には構内の自家発電のバックアップが働いたんですけど、この扉の自動ロックが壊れたみたいでですね・・・・・・」
なるほど、それで佐々木は入ってこれたのか・・・・・・。
警備員が言うには、この扉は
拓也は、警備員に帰宅する事を告げ、裏口を通り抜けた。
その際、外の空気に違和感を感じたが、その時の拓也は、それを疲労感としか感じる事が出来なかった。
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