3.出現 【2】闇に現れた眼光

 何かが、拓也の脳裏のうりに浮かびつつあった。しかしそれは漠然ばくぜんとしたもので、言葉として表すことが出来なかった。拓也は、それを表す言葉を、いや、かすみのように浮かぶそのイメージを、理解できるイメージに結びつけることを必死に行っていた。

 突然画面が消え、部屋に闇が戻ってきた。それと同時に、拓也の中に形作ろうとしていたものも、消え去ってしまった。

 しばらく消えた画面を拓也は見つめていたが、諦めたようにこうべを垂れた。まぶたを閉じ、今見た映像を思い出してみるが、一度逃がしたそれは、戻ってくることはなかった。

 拓也は息を吸い込みながら、頭を上げる。科学者にとって一番重要な発見、それもひらめきというものを逃した事は、落胆というよりショックに近かった。

 拓也は呆然と視線を、部屋の中へどこに焦点を合わすこともなく向けていた。

 その視線が、研究室の扉のところで止まる。

 焦点は合っていたが、拓也はよく見えないものでも見るように、目を細めた。

 扉の窓に、影が映っている。月明かりが、木の影を窓に映していた。しかし、その影とは別に、わずかに輪郭がはっきりした丸いものが映っている。

 それは人影のようにも見えた。

「誰だ?」

 それは、自分でも誰かがいるとは思わずにかけた声だった。

 しかし影は、その声に呼応こおうするように横にスライドし、窓の枠から消えた。

「誰だ!」

 拓也は扉へと走り寄り、そのままの勢いでドアを開く。ノブを掴んだ際、ドアが薄く開かれていた事に気付いた。

 外に飛び出て左右を見渡したが、そこには暗い廊下が広がるだけであった。

 窓も全部閉まっている。

 キィ・・・・・・。

 その時廊下の左の方で、扉がきしむ音がした。

 拓也は暗い廊下へと駆け出していった。侵入者は、裏口へと向かっているようだった。

 角を曲がり、裏口に続く棟の扉を開ける。その扉の向こう側は、明かりの差し込まぬ廊下が続いているため、濃い闇が覆っていた。

 裏口は、その突き当たりにあった。扉は閉まっている。

 侵入者は既に出ていったのか、それとも追う方向を間違えたのか―─。

 そんな迷いが、拓也の速度を緩めさせた。

 それが幸いし、裏口の扉にしか意識が向かっていなかった感覚に、他の異質なものを捕らえた。


 それは、扉の手前にうずくまっていた。

 拓也のいるこの場所は、視界が全く効かない。「それ」に気付いたのは、ヒトの本能によるものとしか思えなかった。扉までは、およそ10m程離れていた。

 ―──いる―──。

 視覚では全く捕らえることが出来ないそれを、拓也は感じ取っていた。

 それはいわば、熱のようなものだった。

 これまでと違う空気を、肌が感じ取っていた。

 それが動く気配がある。

 「それ」が、身を起こしたようだ。その僅かな動きで、止まっていた空気が動いたのか、拓也の鼻腔びくうかすかな異臭いしゅうが刺激した。

 それは何かのけものの匂い―─。それも肉食じゅうの発する匂いだった。

 そしてその中に混じる血の匂い。

 次の瞬間―──。

 漆黒しっこくの闇に、横に並んだ深紅しんくの六つの点がきらめいた。


 拓也は身の危険を察知した。

 身をひるがえし、今来た道を駆け戻る。

 無我夢中で闇の中を走り抜け、研究室前の廊下へ続く角を曲がろうとした途端とたん―──。

 拓也は後頭部に衝撃を受け、視界が霞んだ。

 暗い廊下に、月光を反射するあおい海の映像が横切り。

 誰かの声が頭の中で響いた気がした。

 その声に、何故か焦燥感しょうそうかんのようなものを覚えながら。

 視界が闇に包まれ、意識は消失した。

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