1.夏の夜の夢 ー 光に包まれる入り江 ー

 海から全身を現したその姿は、海中から上がったにもかかわらずなお、その全身を薄く青く光らせ、砂へと落ちる水滴が金色に輝いていた。

 ──天使の降臨──。

 まさにその光景であった。

 幻の人魚セイレーンとの邂逅かいこうかとも思ったが、砂浜を踏みしめるあしの存在がそれを否定していた。


 女は真っ直ぐに拓也を見つめたままであった。

 拓也も女を見つめていた。

 いや、らすことが出来ずにいただけなのかもしれない。今の拓也は、瞳を逸らすことはおろか、全身のどの筋肉も動こうとはしていなかった。

 意志、いや本能さえも、その女の支配下に入ってしまったようだった。

 女は前進を続けている。

 月明かりを取り込み、それを増幅して発しているような白く輝く素足を、拓也が立つ岩場へと進めていた。──そして───。

 拓也の目の前で、歩を止めた──。

 互いは、最初に目を合わせたときから変わらず、見つめ合っている。

 拓也の目の高さに、その女の瞳があった。

 間近で見るその顔の造形に、拓也は再度心を奪われた。


 鳩の血色ピジョンブラッド紅玉ルビーのように深紅に染まり、引き込まれそうな瞳。

 なまめかしく輝く紅い唇。

 光を放つ白磁はくじ器のような肌。

 揺れる度に月光を反射し、つやのある金色の陰影いんえいを形作るシルクのような白く長い髪。

 払うことなくれた前髪から、滴が地上へと落下していった。 


 その表情が、たえなる微笑みと変わる。

 拓也は聖母の笑みというものを初めて見た。

 この世の如何いかなる苦しさも、犯した罪も。

 全てをゆるされ、全てから解放されるとはこの事なのか───。

 拓也はその光り輝く表情に自分の全てを無防備にさらし、そしてその顔には、自分でさえ気づかぬうちに恍惚の表情を浮かべていた。


 拓也の頬に、女のてのひらが触れる。

 そこから、拓也の身体からだに光が流れ込み、全身を満たした。

 まぶたが自然に閉じられた。目を閉じたそこは、白い光に包まれた世界だった。

 その光は、拓也の内側で、輝きを増していった。

 女が、ゆっくりと拓也に近づく。

 二つの人影が、暗闇の中でほのかな光を発しつつ、溶け合った。

 光が拡散し、誰も居ない入り江に、異空間が創出そうしゅつされていた。 



─────────────────────

【あとがき】

 ここまで読んで下さった方、誠に有り難うございます。

 ご意見やご感想を頂けると嬉しいです(コメントは無くとも下記より☆をポチッとして頂くと評価が分かって執筆活動の力となります)。

 ↓

https://kakuyomu.jp/works/16818093076854781559 


 ブックマークもお願い致します。


 さて、此処までが序章で、次回からは異能バトルに話が変わります。

 全76話で、このくらいの文字数で書いているのですが、本格バトルまで少々話数を使いすぎたかもしれません。ここで出てくる「入り江の女」が再登場するのが50話、正体が明らかになるのが71話になります。

 最後まで読んで頂けると嬉しいですが、再登場エピソードが年末頃の公開です。

 それまでお付き合いの程、よろしくお願い致します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る