第35話 「じゃぁ、遠慮なく…」「大技も無詠唱かよ!」

猫人は続けざまに火球を放ってきた。やはり無詠唱だ。


しまった。ショックで呆けていた俺はまともに食らってしまう。


いや、発動速度が速過ぎて、おそらく呆けていなかったとしても躱せなかったか……。


火球が着弾し爆発で俺は数メートル飛ばされ地面に転がった。


切られた腕にとんでもなく激しい痛みが生じている。


見れば、切られた腕の断面が焦がされており、おかげで血は止まっている。


「ぐ…うう…これは…、止血のために傷を狙って焼いたという事か…?」


地面に切られた自分の腕が落ちているのが見える。


『団長!!』


そこに部下の騎士達が駆け寄ってくる。


部下の一人マオゲルは盾士という職能クラスを持っており、大盾を持っている。マオゲルが俺と猫人の間を遮るような位置に入り、大盾を地面に突きたて構えた。


この盾はミスリル製である。ミスリルは非常に高価な素材なので、この大きさの盾を作るとなると一体いくらかかるのか想像もつかない。


この盾は昔、ワッツローヴ伯爵家が王家から戦功の褒美として下賜された、伯爵家の家宝とも言える品らしい。だが、飾っておいても仕方がないと、それを伯爵が自身の擁する騎士団の中で盾士の職能クラスを持つ者に貸し与えたのだ。


ミスリルは鉄よりも軽く、鉄を上回る強度を持っている。そしてなにより、魔法に対する適性が高い。


防御魔法の術式を組み込んで魔導具化する事で強度と耐性がさらに増す。この盾に魔力を流せば、攻撃魔法に自信のあるモイラーが全力で魔法攻撃を掛けても防ぎ切った実績があるのだ。


マオゲルは猫人の前に立ちはだかり盾に魔力を込める。その間に別の部下が切られた俺の腕を拾い上げ持ってきてくれた。


俺は腰のマジックバックからポーションを取り出し、腕を切断面に押し付け掛ける。


痛みとともに傷口から煙が出て腕が治っていく。俺は半分ほどを腕に掛けた後、残りを一気に飲み干した。


俺は完全復活、そして部下の騎士達も戦闘用陣形を完成させている。


さすがの猫人も、ミスリルの大盾を前には手も足も出なかったか。


「まぁちょっと魔法の発動速には驚かされたが」

「今度はそうはいかんぞ? この大盾はあらゆる魔法攻撃を防ぎ切る…」


「…って人が話してるんだから少しはこっち見ろよ!」


猫人を見ると、また本を読んでいやがった……


「ん? おお、復活したにゃ。お前も治癒魔法を使えるにゃ?」


「……ポーションだ」


「お前、それ、上級ポーションだろ? でなきゃ切断された腕を繋ぐことなどできない…。そんなもの持ってきていたのか」


「…ああ。実家の親が心配性でな、持っていけと押し付けられたんだよ…」


「親に感謝だにゃ」


「だからお前が言うなっての!」

「シックス! 俺も手伝うぞ!」


「いらん、引っ込んでろ。足手まといだ」


「なんだと?! クソッ!」


不満そうだが俺が本気で睨んだのでキムリも素直に引き下がった。そう、大人しくしていればいい。


「んで、魔法を防ぐ盾、とか言ってたか?」


「ああそうだ。なんなら試してみるがいい」


「んじゃ…」


猫人が風刃を飛ばしてくるが、盾に当たっても傷もつかない。猫人はさらに火球を飛ばしてくるが、大盾は余裕で耐えてみせた。


「おお、やるにゃ…」


「当然だ」


だが、口には出さなかったが、正直、魔法の連射速度には驚かされた。あれでは、いくら盾で防げるとしても、こちらから攻撃に出られん……盾の陰から出た瞬間狙い撃ちだろう。


だが向こうも盾の防御を破れない。つまり睨み合いだ。ならば……


「そんな軽い魔法攻撃ではこの盾は破れんぞ。もっと強力な魔法を撃ってみるがいい。待ってやるぞ?」


大技を出させてその隙を狙う作戦である。


「そうにゃ? でも、俺が本気で攻撃したらお前達、死ぬんじゃにゃいか? 大丈夫か?」


「この盾を破れる魔法など撃てるわけがない。この盾はそこにいる賢者モイラーの全力の攻撃も防いだのだぞ?」


「そうだそうだ!」


「じゃぁ、遠慮なく…」


俺は剣の柄を握り、体重を前に掛ける。さすがに大きな魔法を使う時には隙ができるはずだ。そこをもう一度、神速の薙ぎ斬りで攻める!


…つもりだったが、俺は斬れる間合いに踏み込む前に足を止める事になってしまった。


距離を詰めようと踏み出した俺の目の前に巨大な火球が浮かんでいたのだ。


「…大技も無詠唱かよ……」


見たこともない大きさだ。サイズだけではない。圧縮されているのだろう、そこに込められている魔力は見た目を遥かに上回る巨大さで、魔力の感度が魔法使いほど高くない俺でも、その圧力でビビって腰が抜けそうなほどだ。


モイラーはその魔力の大きさを感じ取って尻もちを突いて震えている。


俺の足も完全に止まってしまっていた。


「…ん? 盾なしで魔法を受けてみる気にゃ?」


俺は慌てて盾の後ろに戻った。あんなのをまともに食らったら、いくら俺でも消し炭になって消えてしまいそうだ。


「だ、団長……」


「どうした?! お前なら防げるだろう?!」


「いや……あれは、まずいかも……?」


気を失っってしまいそうな火球の圧に、盾士マオゲルも弱気になっていた。



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