第7話 すごい脚力だにゃ

『下劣なケダモノを討伐しに来てやったぞ!』


突然現れた、如何にも騎士といった風体の男が大声で喋り始めた。


『黒鷲騎士団の団長であるこのキムリ様がわざわざやって来たのだ、傍若無人なるケダモノは成敗してやるからな! 皆の者、安心するがいい!』


なるほど、黒を基調とした鎧や服を身につけているのは黒鷲なんちゃらだからのようだ。


市場の人間達は『突然現れて何言ってるんだこのオッサン?』という顔になっている。


今、市場にいる獣人は俺だけなので、ケダモノというのは多分俺の事をいってるのだろうが……俺は買い物をしていただけなのだから。


一体傍若無人って何の事だ?


これから商品・・を俺に売りつけようとしていた店主達はかなり迷惑そうな顔をしている。


そのうち、どこからから『商売の邪魔すんじゃねぇよ』という呟きも漏れ聞こえてきた。耳が良い俺には誰が言ったのかまではっきり分かったが…


その呟きはキムリと名乗った騎士にも届いたようなのだが、キムリには誰が言ったかは分からなかったようで、周囲をキョロキョロ見回していたものの、特定は諦めたようだ。


「この市場の連中も、ケダモノ相手に商売とは、人間としてのプライドがないのか? 人間失格だな!」


「…あ、そこのパイも全部買うにゃ」


美味そうなパイが売られていたのでそれを買うことにした。


ほとんどの食材は全部森で自分で調達できる。そのほうが質も量も断然上なので買う必要はない。


だが、流石に俺も料理のレシピや調理法まですべて知っているわけではないし、調味料や調理道具、そして調理済みの料理は買ったほうが早い。


「…この俺を無視するとは…いいだろう、後悔させてやる」


キムリが剣を抜くと、他の騎士達も一斉に剣を抜いた。


「人間を殺した害獣だ。見せしめに手足をもいで拷問にかけた上、晒し首にしてやれ!」

「邪魔する平民が居たら斬り捨てて構わんぞ!」


ざわつく周囲の人間達。巻き込まれないようにと遠ざかって俺と騎士の周囲に空間ができた。屋台の売り子も持ち場を離れてしまったので、買い物ができない。


「なんにゃあ? 買い物終わってからにしてくれにゃいかなぁ?」


「ふ、さすがに無視できなくなったか」

「ところでお前、衛兵を生き埋めにしたらしいが、土魔法が使えるようだな?」


「土魔法? まぁ使えるにゃ…」


「ふふん、多少魔法が使えるからといって、調子に乗っているようだが、騎士に勝てるとは思わん事だ! 世間では魔法使いを恐れる風潮があるが、実は、魔法使いを倒すのはそれほど難しい事ではない」


「特に前衛の居ない魔法使いを料理するのは、我ら騎士にとっては赤子の手を撚るより簡単だ。ちんたら呪文を詠唱している間に斬ってしまえばよいのだからな! ましてや発動の遅い土魔法では、衛兵いは通用しても俺達騎士は倒せんぞ?」


「あ、そこのジャガイモ…じゃないな、ガジャイモっていうにゃ? それも全部くれにゃ。ああいいよ、近づいてこないで。ほれ金を投げるにゃ」


俺はガジャイモを売っていた男に金貨を投げて渡し、芋を袋ごと全部【収納】した。


「無視か……まぁケダモノだからな。食い気優先、言葉のやり取りが苦手なのはしかたないか…」


「では、さっさと仕事を終えて帰るとしよう。猫め! 覚悟はいいか?!」


「呪文詠唱よりお前のセリフのほうがはるかに長いにゃ」


「あぁ? おうえぇっ!?」


俺がキムリの足元に穴を開けてやると、キムリは変な声をだしながら落ちていった……


「まぁ俺は呪文なんて詠唱しないがにゃ」


……だが、驚いた。


キムリは穴の底まで落ちた瞬間、弾かれるように穴から飛び出してきたのだ。


「結構な深さの穴だったのに、すごい脚力だにゃ」


さすが騎士、衛兵とは違うようだ。


「騎士に魔法は通用せん、魔法より速く敵を斬るのが騎士だからな!」

「俺が喋っている間にこっそり詠唱を済ませていたようだが、次はそうはいかぁああぁぁ…!!」


「穴の深さは先程の倍にしてみたにゃ。今度も上がってこれるかにゃ?」


再び穴に落ちていったキムリは、今度もすぐに穴から出てきた。ただ、一度のジャンプでは足りなかったようで、穴の内壁を蹴って登ってきたようだ。その分時間が先程より掛かっている。


じゃぁ次は、登ってくる間に上から土を掛けてみようか? 穴の深さをさらに深くするのも面白いかも知れないが…。


まぁ俺も遊んでいるだけで、本気で埋めようとしているわけではない。埋める目的なら、穴に落ちたと同時に土を戻してしまえば良いだけなのだからな。


「ええいお前達も何をしている! さっさと捕らえろ!!」


キムリの号令で騎士達が向かってくる。だが全員見事にすっ転んだ。


騎士達が一歩踏み出したその足の下に深さ三十センチほどの穴を開けてやったのだ。


「貴様らバカか? そいつが土魔法を使うのは分かっていただろうが! 魔法を発動するより速く移動して躱せといつも言ってるだろうが!」


自分は二度穴に落とされたのに、それを棚にあげてキムリが言う。だが…


『なんだこれは…?!』

『くそ、抜けない』

『動けない』

『堅いぞ』


「どうした?」


「それが、足が土に埋まって抜けません!」

「堅くて掘り返すこともできません!」


俺は騎士達の足が穴に落ちた瞬間、土を戻して埋めてやったのだが、同時に魔力を込めて周辺の地面ごと土を補強してやったのだ。


穴を掘ったのは収納魔法だが、補強は土魔法である。大量の魔力を込めて補強されカチカチに固まった土は、剣で突いても傷もつかない。


「なるほど、貴族を殺したと言っていたのは伊達ではないと言う事か…」


「ならば、俺も本気を出さざるをえんか」


キムリの魔力が膨れ上がり、そしてキムリの体内に吸収されていくのが分かった。そして次の瞬間、キムリが俺に向かって飛びかかってきた。


先程までも十分速かったが、今度はその比ではない。おそらく市場の平民達には見えないほどの速さだっただろう。騎士団長となるだけの実力はあるという事か。


刹那に迫ってくるキムリの剣。剣はまっすぐ俺の腕に向かってきている。


なるほど、いきなり命を奪うのではなく、宣言通り手足から切り落として甚振ろうという魂胆か……



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