第6話 仲間を…見捨てるんですか?
『……それで、お前達は土まみれで何をやっとるのだ?』
俺はキムリ。騎士団長をやっている。
マニブール王国の辺境にあるワッツローヴという街の騎士団だ。
この街はワッツローヴ伯爵が治めているが、伯爵が来る前は別の名前で呼ばれていたらしい。
街には白鷲と黒鷲、ふたつの騎士団がある。伯爵家を守る騎士団が白鷲、俺が団長を務める黒鷲騎士団は主に街の治安を守り外敵と戦うのが仕事だ。
二時間ほど前、人間を殺した猫人が居るという通報があった。
ただ、その時点では、殺されたのが貴族だという報告がなかったので、どうせ、街のゴロツキが獣人を誂ってトラブルになったんだろうと判断し、俺は衛兵隊を向かわせた。
猫人一匹程度なら騎士が出る必要はないだろう。
(衛兵隊は街の平民から募兵された治安維持のための部隊だ。そのため戦闘力はあまりないし魔法も使えない。まぁ騎士団の雑用係のようなものだ。)
獣人の犯罪者は、捕らえたら拷問のうえ処刑、晒し首にする事になっている。裁判も不要。この国では、たとえ正当防衛だろうと獣人が人間を傷つけたら獣人が悪いという事になっているのだ。
理由は知らないが現国王は獣人を酷く嫌っており、戦争で人間が獣人に勝った後、そういう法律ができたのだ。街の平民の間では酷い法律だという意見もあるようだが、捕らえる側としては手続きが簡単になるので楽でよい。
だが、しばらくして、衛兵隊から騎士団の応援が欲しいという連絡が来た。犯人である猫人が思いのほか手強かったようで、衛兵達では手に負えないらしい。
まったく、何をやっているのか。猫一匹捕らえられないとは…。いくら平民とは言え、衛兵達は少し鍛え直す必要があるようだな。
今日はちょっとした行き違いで領主に理不尽に叱られムシャクシャしていたところだ。鬱憤バラシに獣人を甚振るのもいいか。
だが、その段になって、殺されたのがバンリー子爵家の五男であると報告があった。ほう…?
たしか、バンリー子爵の五男は冒険者をしており、かなりの強者だったはずだ。それが殺されたとなると、その猫人はかなり危険だという事になる。
俺は慌てて待機中の騎士団を集め、現場に向かった。
・
・
・
だが、現場についてみても肝心の猫人は見当たらず。
居たのはあちこち地面を掘り返して土まみれとなっている衛兵達であった。
「
「その…中です」
「ああ? どこだって???」
「地面の、そこの土の中です…」
ピーターが示した場所を何人か衛兵が掘り返している。
見ればちょうど、別の場所から一人、衛兵が掘り出され、ポーションを飲まされているところであった。どうやら衛兵達は生き埋め状態の仲間を掘り返して救出していたらしい。
だが、ここは街の中の広場である。平坦な場所で土砂崩れなど起きるはずもない。なぜ、衛兵達は地面の中に埋まっているのだ???
「一体何があったのだ? 猫人の犯罪者を捕まえに行ったんじゃないのか?」
「それが…その、その猫人は魔法を使いまして…」
「獣人が魔法? 魔法が使える獣人とは珍しいな」
「はい…その魔法は強力で、我々はまったく歯が立たず…」
「で、土魔法で埋められてこのザマか…」
「まぁ、魔法が使える獣人となると、魔法の使えない衛兵達では歯が立たんのは仕方ないか…」
やっと
掘り起こした衛兵がポーションを無理やり口に流し込んだが反応がない。衛兵は首を振った。
「ターレスは死んだか…。獣人に埋められて死ぬとはマヌケな奴だな…」
「ターレスなどどうでもいいが…貴族と衛兵を殺したその獣人……猫人? は重罪だな。楽に死なせてやるわけには行かん…。それでその猫人はどこへ行った?」
「はい、市場のほうへ向かいました…」
なんと、聞けば猫人は、衛兵達を手玉に取った後、逃げもせず市場へ買い物に向かったと言うではないか。
少し魔法が使えるからといって調子にのっているのだろうが…所詮は猫人。騎士に敵う訳がないことを思い知らせてやろう。
俺は部下の騎士達を引き連れて市場へ向かった。
+ + + +
■妖精猫
俺は今、市場で爆買い中である。
最初、猫人に対して怪訝な顔をしていた市場の商売人達だったが、俺が金を持っていると知った途端、文字通り掌を返して揉み手しながら寄ってくるようになった。
さすがにこの頃になると、猫人(獣人)差別がある事を俺も薄々察していたが、商魂たくましい商人は金さえ払うなら人間だろうが獣人だろうが魔物だろうが関係ないようだ。
と言う事で俺は、市場で売られているモノをすべて買い占める勢いで買い物中である。【収納魔法】が使える俺は、本当に市場の品を全て買い占めたとしても問題ない。
『商品がなくなってしまうと困る』とか言われるかと思ったが、商人達は全然そこは気にしていないようだ。それよりも、ここぞ儲けるチャンスとやたらアピールしてくるのであった。
ちなみに、先程襲ってきた衛兵達は土の中に埋めてやった。土魔法? いや違う、【収納】の魔法の応用である。俺に攻撃しようとした衛兵の足元の土をごっそり収納してやっただけだ。
突然足元に開いた落とし穴に衛兵達は抵抗もできずに落ちていった。そして、収納した土を即座に穴の上に出してやれば、生き埋めの完了である。地中深く埋められたら助からないだろう。
一応警告はした。それでも襲ってくるなら、死んだとしても仕方あるまい。
ただ、優しい俺は、衛兵達を落とした穴は浅めにしておいてやった。彼らも命令に従っているだけだろうからな。
急いで掘り返せば助かる、そう言ってやると、衛兵達は慌てて埋められた仲間を掘り返し始めた。
だが、そこで衛兵の隊長? が、騒ぎ始めた。
「何をしておる! 掘り返さんでいい、それより奴を捕えろ!」
「……え? 隊長?」
「仲間を…見捨てるんですか?」
「自業自得だ! 簡単に罠に落ちるような間抜けはいらんのだよ! お前達も無能でないと言うなら成果を出して見せろ!」
だが、衛兵達は仲間のほうが大事なようで、誰も隊長の言うことを聞かず、地面を掘り続けていた。ちなみに土は一度収納されてひっくり返されているので柔らかく掘りやすくなっている。この分なら死ぬ前に助け出せるだろう。
だが、まだ隊長が叫んでいる。
「お前ら! 俺の命令がきけないのか? この無能なクズどもが!! お前ら、全員後で罰を与えてやるからな! 覚悟し~」
「シャー!」
俺は隊長の足元にも穴を開け、隊長を落としてやった。前世の日本でパワハラ上司に散々苦しめられた記憶がフラッシュバックしてきて不愉快だったのだ……。
隊長を落とした穴は、感情がこもっていた分、他の隊員より深くなってしまったが仕方あるまい。
「簡単に穴に落ちるマヌケは、掘り返さなくて良いんだよにゃ?」
「え…? まさか」
「じゃぁ埋めるぞ。大丈夫、仲間思いな連中みたいだから、すぐ掘り返してくれるにゃ」
「待っ―」
隊長の声は埋め戻された土によって遮られた。それを見ていた衛兵の手が一瞬止まったが、すぐにまた掘り返し始めた。
「…助けてやらないにゃ?」
「…
「こっちが全員助けられたら、その後、隊長も助けに行くさ…」
埋められた衛兵は顔までは掘り返せているので、放っておいても死にはしないはずだが、全身掘り返すまで隊長の掘削には向かわないようだ。
俺は隊長(が埋められている場所)の上から叫んでやった。
「隊長~~~人望薄いにゃぁ~~~」
こうして、衛兵達が俺に構っている暇はなくなったので、俺は悠々と屋台で買った串焼きとお釣りを受け取り、市場に向かったというわけだ。
市場の買い物も進み、もう半分以上は商品が収納されてなくなっている。そんな頃、いかにも騎士であるという風体の男達がぞろぞろやってきた。
『みつけたぞ、ケダモノめ』
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