第18話 三条大宮にて
微かに高く風を切る音がした。素早く飲み込んだ息が喉で鳴る。馬上の姿が傾いたと見るや、
屋敷から逃げ失せた者は四人いたが、
複数の
「うぬらに用はない。その女を置いて
「良かろう。代わりに怪我人と死体を持って去ねよ」
弓を構えたままの左中将は、見ほれるほどの笑みを浮かべる。だが、見ているのは鬼の目だけで、路上に落ちた松明の火は届いていない。
これ程に冴え冴えと笑む顔を見たのは初めてか。額の辺りに男の美貌を見ながら、幸親は明らかな嫌悪を覚える。
賊らの足音が遠ざかり聞こえなくなると、道雅は弓を下ろす。背後の者が馬を降りて弓と矢を受け取る。自らも下馬して馬を預けると、二人の従者に下がれと命じるように、手首を肩越しに返す。
道の上に横たわる
「
「敵意とは……私が……」女は男を見上げて細く問う。
「何故、
「呪師とは……あの者が言うていた
囁くような二人の言葉を聞き、幸親の胸中に疑問が沸き上がる。
凱子は
「人を雇うて危害を加えようとするのなら、こちらも報復に出るべきだ」
「私ではありませぬ。
「憶えがない……そうか、そうやも知れぬな」
何かに思い当たったのか、道雅はあらぬ方を見て苦笑する。
では、隆範法師を雇入れたのは、本当に凱子なのか。そもそも、太皇太后の許にいた女房が、いつ、どのような経緯で、よそ者の法師と知り合ったのか。誰か仲介する者がいたのではないのか。あの時、俺と凱子の会話を妨害するように、法師は敵意を向けて来た。知られてはまずい事があったのか。
「
凱子は意味が分からぬと言いたげな顔で首を振る。
「我は一度、遭うた事がある。それを
「野の呪師と隆範法師ですか。法師が
「やはり、其方は知らぬのだな。我も法師も、あやつに良い様に
道雅は困惑顔で笑み、手を差し伸べる。その手を取った凱子は、引かれるままに立ち上がる。
「
何故、再三に権中納言の名が出て来るのか。名を汚したくない筆頭は関白ではないようだ。幸親もようやく気付く。
「頼宗は再三に言うた、後々、障りになる者は除くべきだと。其方が我を呪うのなら、我が手で片をつけても良いと思うた。だがどうやら、見当違いのようだ。さて、
低く忍ばせた道雅の笑い声が耳に届く。鬼神も同じように笑う。あの鬼どもも、元は人だったのか。
「凱子、其方は如何したい」
「御見様のしたいよう……」
「そうか。では、終わりにしよう」
凱子の手を振り払い、懐中より扇を取り出す。刹那、その手を振りかぶったと見る間に、女の喉をはらう。
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