第15話 大内裏にて

 朝から晴れ渡る寒い朝、幸親は日の高さや方向を図る実技を、天文生てんもんしょう見習いの若い者に教えて過ごす。仕事の引ける昼までは、少し時間がある。火鉢の傍に陣取ると、寝不足のお陰でまぶたが下がって来る。すぐ脇では、休憩中の者が双六すごろくに興じている。

「ようし、これで四以上が出たなら、御主は動けぬぞ」

「うぬ、一と一、一と二でも良い、出ろ」

 などと騒ぎながら賽子さいつを振る。眠気覚ましに目でも予想してみるかと、幸親はそちらに気を向ける。四と三、では気の毒か。果たして、落ちたさいの目は四と三。次は二と六、やはり二と六が出る。では一と二、そして一と二が出る。

 小鬼になど命じてはおらぬ。鬼どもも眺めているだけだ。同僚らの間に交じる小鬼に目を走らせる。

 奇異に思っているところに名前を呼ばれる。

蔵人くらうどの少将様が御出でです」後輩の天文生が来客を告げる。

「ああ、源隆国みなもとのたかくに様か」気抜けした声で応え、未練がましく火の傍を離れる。

 人前では殿上人でんじょうびとには様を付ける。しかし本人の前でそれをしたら、隆国の事だ、何を企んでいると勘繰るだろう。


 守護神のやしろの前で、隆国は大きな欠伸あくびをする。雪ノ下かさね直衣のうしを品よく着込むが、ここ何日も内裏だいりに詰め通しだと聞いている。

「御主も寝足りておらぬようだな」あいさつ代わりに声をかける。

「もしかして、御主もか」間延びした声で隆国が答える。

「昨夜、散々な目にあった故にな」

「ほお、どこで」

「立ち話も寒かろう、歩かぬか」先に立って幸親は誘う。

 陰陽寮おんようりょうを出て西にゆるゆると歩く。内裏の建礼門けんれいもんに立つ衛士えじが隆国に敬礼する。朝堂院の昭慶門しょうけいもんから大極殿だいごくでんの屋根を仰ぎ見る。烏らしき鳥が二羽飛んでいる。不老門ふろうもんの前では、顔見知りの滝口たきぐちから声をかけられる。鬼が出ると噂の絶えないえんの松原に差し掛かる。幸親は時々、束帯そくたい姿の影やら古風な装束を纏う女官の姿をここで見る。目をそらして立ち去れば、何も障りはない。

「昨夜は何処どこへ行ったのだ」松原を過ぎたところで隆国が聞く。

「三条西洞院にしのとういんだ」歩く足元を見たまま、幸親が応える。

「ほお、一条ではないのか。首尾は如何いかがした」嬉しそうな声に笑いを含ませる。

「やはり、呪師ずしの坊主がいた。権大納言の言うた通りだ」

「ああ、なんだ、くだんの仕事の話か。もしかして、あの女の許に行ったのか、どこぞに宿下がり中だと聞いたが」隆国の口調に、再び期待がこもる。

「やはり人の噂は、醜い方に流れるものだな」幸親は立ち止まり呟く。

「あの女房に関する噂か」

「ああ。会うてみて、分からなくなった。だがこの先、坊主は左中将だけではなく、俺をも呪詛ずその相手とするだろう」

「それを返せというのが、荒三位あらざんみの依頼だったな」隆国の声は潜まる。

「いや、それを言うたのは権大納言だ。左中将は鬼に会うたと相談に来た。そこに女と坊主が関係している。故に、呪師には呪師、これがお偉い方々のお望みだ」

「俺には同じに思えるがな、どちらの要求も。それで御主には、それが出来るのか」

「昨夜の手ごたえでは出来るだろう。だが、返った呪詛は坊主だけではない、あの女にも跳ね返る」

「ううむ、ここで話す事ではなさそうだ。近衛府このえふに行くか。宿直とのい所ならば、今は誰もおらぬであろう」

「そうだな、すまぬ」

 今度は隆国が先に立って歩きだす。

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