第4話 土御門西洞院にて
夕暮れ時に屋敷に帰り、堅苦しい
ふと首を巡らせた時、すぐ右手の草むらで動く影が目の端に映る。何かを確認しないまま目を向け、針のように細く絞った気を放つ。このようにして小動物を捕らえるのは、垂れ髪にしていた頃から得意だった。祖父は幼い孫に、遊びがてらに手ほどきをしてくれた。
「野鼠か」低く呟やくと、腰をかがめて二寸ばかりの小さな生き物を摘まみ上げる。
殺してはいない。蛙よりもこちらの方が良いだろうと柳の木に向く。
「
一抱えには少し足りない古木には、ちょうど幸親の腰の辺りの高さに
「
差し伸べた
「これでも食せ」
掌の上に先程の鼠を乗せる。三尺ばかりの細い白蛇は、赤い舌を見せて鼠に触れる。瞼のない赤い目が確かめるように幸親を見る。そして細かい歯の生えた口を大きく開くと、小さな鼠に食らいついてゆっくりと飲み込み始める。
「常世よ、其方は
細長い蛇の体の内を塊となった鼠が動いて行く。
「祖父殿は
物心ついた頃、幸親は
知識も必要だが自らの感を磨け、そんな祖父の教え方が俺は好きだった。骨法などは誰でも学ぶ事ができる。自らに見えるモノが他者には見えぬ事を知れ。見える事で何ができるのか、それを考えよ。人と違う事を誇りこそすれ、決して卑下してはならない。多分、それらの教えに関しては、自慢の孫になれたのかもしれない。
「左中将のために働くなど、祖父殿が生きておられたら、許してはくれまいな」蛇に向いて一人語つ。
日は既に没し、庭も薄暗くなってきた。これから寒くなろうというのに、常世は洞の上で二股に分かれた大きな枝の上に横たわる。
「俺も
あまりに高名だった曽祖父、関白家の信任も篤い大叔父に比べれば、祖父は控えめな人だった。
——兄上はいつも、自らを隠そうとする――酒が入ると大叔父の
昔語りの中での曽祖父や大叔父の業績のいくつかは、祖父が行った事だった。手柄をわざわざ人にくれてやる事も、共に成しえた仕事から名を消す事も、褒賞の場に現れない事も度々あったという。摂津の荘園からの上りと陰陽頭の俸禄で、生活に困る事はない。私的に頼まれた大それた仕事は、極力避けていた。だが、吉平らが受けた仕事が手に余れば、手を貸すことも多かった。条件は自らの名を出すな、これも保身の一つだ。そう言って祖父はいつも笑った。
「のう、常世、
枝の上の常世が赤い舌を見せて、微かにうなずいたように見えた。
「良うない心当たりがある、その女房について」呟く幸親は、細く溜息をつく。
ここ最近、気が付けば溜息をついている。苦笑してまた溜息が漏れる。
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