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「仕方ないな。それじゃあ別の角度から進めよう。さっき放置していた防犯カメラのデータについて」

 そうだ、改竄された可能性はあるのだろうか。

 僕は調査報告書のファイルを開く。印刷された画像は犯行の瞬間をキャプチャしたものだった。わかりやすいのは喉元を押さえて倒れる藤原フジワラと、路上へ飛び出す辰巳タツミ。触れられる距離まで接近した人物はいない。自殺と考えるには、予備動作がなさすぎる。

 テクネは同時に、国営放送のニュース番組をハログラムで表示する。四画面を並べて、報道されている事件の映像をループ再生に設定する。調査報告書のものと同じく、どれもIISから提供された防犯カメラ映像だ。

「魔法をかけようか」

 彼女は指で丸を描くように、その映像たちを囲い始めた。印刷画像も同様に。その範囲に青みがかかり、その状態でしばらく待つ。

「これは何?」

「【ヘルメス判定】っていうアプリ。デジタルデータの真偽解析に使うプロツールだよ」

 すると結果が表示されたようだ。『True判定』、どうやら全部改竄されていないらしい。

「やっぱりな。IISのセキュリティは相当だって聞いている。クラッカー殺し、何人もの侵入者を逆探知してお縄にかけてるみたいだ」

「……ふーん。ちなみに今のはバージョン8、警察の鑑識とか情報セキュリティの研究機関で使われている最新最高レベルのやつね。表向きは。で、こっちがまだ未公表のバージョン9」

「なんでそんなもの持ってるんだ?」

「ヘルメスシリーズはボクが趣味で作ってるからだよ。本業じゃないのに高く売れた」

 将棋の天才が趣味でチェスをしてもアマチュアの大会で優勝しちゃうとかそういう類の話だろうか。その才能をもう少し平民に分配して欲しいよ神様。

 テクネはまた同じように円をなぞる。今度は解析スピードも早かった。結果は全てに『False判定』、なんと偽情報らしい。バージョンが一つ違っただけで、結果がこんなにも違うとは驚きだ。

「この赤いドットが付着している箇所が、手を加えられているところね」

「妙な配列だな。透明人間がいそうなところよりも、その周りにしかマークされていない」

 普通であれば犯人の姿を消すような編集をしそうだ。しかし該当しそうな範囲には改竄の形跡がなく、関係なさそうな箇所ばかり赤く染められている。これだと透明人間の実証にはならない。どうして意味のなさそうな部分を書き換えるんだ? それに、これはやはり透明人間はデータ改竄でもなく、本物ということになってしまう。

「とにかく、IISのデータが不正ということは、調査そのものがイチからひっくり返るぞ」

「待って。これでわかったのは、少なくとも情報機関や報道局で扱っているものがフェイクだったってこと」

「一緒じゃないのか?」

「ちょっと偉い人に言わないで欲しいんだけど、ほんの出来心でIISのカメラを覗こうとしたことがあるんだ……」

 モジモジと恥ずかしそうに言うが、大犯罪である。バレたら執行猶予が取り消しである。今のは聞かなかったことにしよう。

「でも、無理だった。攻勢防壁の追撃でこっち側皮一枚のとこまで焼かれた。世界中を経由しても追尾されてボクのマシン一台が犠牲に。特定は免れたけど、あれは危なかったよ。ボクの数少ない失敗エピソード。ハッキングも嗜む程度しかやってこなかったからね」

 あのマシンたち、恐らく一台だけでも僕の生涯収入で払うことは無理だろう。テクネにとってはそこまで痛手じゃないのか。オモチャを買い替えるような金銭感覚、狂ってるよ。

「【ヘカトンケイルプロテクト】っていう、あの四〇四号を追い詰めるために開発したブツをIISに仕込んでるみたいだよ。IISと軍の中枢サーバー以外には守秘義務のために使わせないみたい」

 IISに侵入はほぼ不可能、しかしそれ以外にはデータ書き換えをやってのけた。これは事実。

 そして今、名前の出たサイバーテロ犯四〇四号。電磁記録大量改竄削除事件を起こした当人なら、こんな芸当ができてしまうかもしれない。

 ……これは、単なる透明人間による殺人事件じゃない、のか?

「それともう一つ、ヘルメス判定は一般に出回ると経営者が困るとか広告業界がヤバいとかなんとか言われて、圧力に屈したハヤマの社長がリリースの権利を経済界のフィクサーに売却しちゃったんだ。ボクはお金もらえたから別にいいけど、一部の人間以外はこのプログラムの存在すら知らない。でも、実際問題バージョン8は対策されていた。誰かに情報を盗まれたか、もしくは売った人間がいるのかもしれない」

「まさか……」

 透明人間がどうやって不可視になるかを模索していたはずなのに、話は犯人像に焦点が移っていった。

 殺人実行犯の他に、情報工作や隠蔽担当、そして調査側の情報を流す内通者が存在する可能性。もしかしたらそれらの役割を一人でこなしているかもしれないし、逆に多人数グループによる組織的犯行も考えられる。

 複雑な方向に話が転がり始めているが、何もわからないよりはマシだ。

「とりあえず、IISからの提供データがどこでハッキングされたかを知りたいね」

「わかった。関係者に連絡を入れる。今から会いに行くよ」

「どこへ?」

「IISの管制センター」

 現場担当の調査官は、部屋で悶々と考えるよりも、その足で聞き込みに走り回るのが一番の仕事だ。

 僕は携帯電話を開いて、あの女へと電話を掛けた。

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