第6話

「落ち着いたか? ロゼ」


「……うん。……でも、ミシュレ様には今の顔を見られたくない」


 まぁ、理由は想像つくし、俺は何も言わないよ。


「見ないから、屋敷に戻って色々と整えてこい」


「……分かった」


 俺から顔を隠しながら、ロゼは俺が言った通りに屋敷に戻っていった。

 

「ちょうどこっちも終わったわよ」


 服にロゼの涙の跡があることは気にせずに、土を適当に振り払いながら立ち上がったところで、アイリスがそう声をかけてきた。

 ロゼのことでいっぱいいっぱいだったから全然気にしてなかったけど、そういえば視界の端で何か騎士達に説明してたな。

 ……なんの説明をしてたんだろうか。……いや、普通に何があったかの説明とあいつのことに決まってるか。

 ロゼの言葉通りだとしたら、俺はともかくとして、アイリスまで死んだことにされてたっぽいからな。


「そうですか。……あれは、森に返した方がいいですかね? 俺の言うことは何故か聞いてくれるみたいですし、返した方がいいのならそう命令しますが」


 理由はどう考えても俺のスキルのおかげだけど、それを馬鹿正直に言って俺を脅威と見られても困るし、俺はとぼけることを選択した。

 正直俺が相手の立場で魅了というスキルを持っている、なんて聞いたら、俺は警戒してしまうと思う。

 どれだけそいつが良い奴であっても、実は俺はとっくの前に魅了スキルを使われていて、だからこそ生まれてくる感情なんじゃないか? と。


「くぅん」

 

 まるで俺と離れたくない、と言うように、俺に頬ずりをしてきた。……俺の何倍もでかい顔だから、頬ずりとは言えないかもしれないけど。


「……大丈夫よ。それはあんたが好きなようにしたらいいわ。……それより、悪いんだけど、名前を聞いてもいいかしら? 責めるつもりはないけれど、自己紹介をされていないから分からないのよ」


 そんな様子を見たからかは分からないが、アイリスはそう言ってきた。

 そういえば俺、自己紹介してなかったか。

 ……そうだよな。あの親と弟がわざわざ俺の説明をしているとは思えないし、名前くらいは言っておくべきだったかもな。


「遅くなり申し訳ございません。ミシュレと申します」


 苗字……家名は分かってるだろうから、俺は名前だけを伝えた。


「そう。それなら、ミシュレ、私を助けてくれてありがとうね」


 すると、アイリスは笑顔で俺にそう言ってきた。

 この世界に来て、母さんやロゼ以外に礼を言われたのは初めてのことだったから、思わず心がドキッとしてしまったけど、それを表に出すことはせず、俺は言った。


「……たまたまですよ」


 魅了のことは伝えてないんだから、アイリスからしたらそれは事実のはずだからな。


「そう。まぁいいわ。それでも、ありがとう」


「……どういたしまして」


 相手は公爵令嬢だし、あまり感謝を否定し続けても面倒なことになりそうだと思い、俺はそう言った。


「君か、娘を助けてくれたのは」


 すると、ちょうどその瞬間、屋敷から見覚えのないおっさんが出てきた。

 ……この人が公爵様か。アイリスのことを娘だって言ってたし、確定だな。


「一応、アイリス様を森からここまで連れてきたのは私で合っていますね」


 流石に公爵令嬢を相手に俺なんて一人称は不味いと思って、一人称を変えながら、俺はそう言った。

 ここで否定なんてしたら、さっきのアイリスのお礼までまた否定することになってしまうと思ったからだ。


「そうか。ならば私の方からも礼を言っておきたいのだが、その前に一つ聞きたい」


「なんでしょうか」


「何故、君は私たちがこの家に来た当初、あのゴミ達……失礼、あの者達と一緒に私たちを出迎えなかったのだ? あぁ、もちろん責めているわけではないぞ」


 ……わざと、かな。

 流石に公爵なんて地位についている人間が俺という他人の前で、一応俺の家族のあいつらを「あのゴミ達」だなんて言うとは考えられないからな。

 ……理由があるとすれば、俺が正直に答えやすくするため、か? 

 もしも今の公爵様のアイツらに対する暴言を聞いていなければ、公爵様にとってアイツらがどの程度の立ち位置なのかが分からなくて、下手なことを言おうとは考えないもんな。


「申し訳ありません。父や弟たちと同じく、私も出迎える予定だったのですが、起こしてもらったにもかかわらず、私が寝坊をしてしまい、出迎えることは出来ませんでした」


 そんな考えに至りながらも、俺はそう答えた。

 これが朝までの俺なら、絶対にこの公爵様に俺の扱いのことを話して、保護なりをしてもらっていたと思うけど、今はその必要性を感じないからな。

 だって、俺のスキルがこんな強い魔物にも通用するということが分かったんだ。

 家を追い出されたって、生きていける。

 だからこそ、俺は何も求めない。変に恩を売られても嫌だからな。

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