第5話

魅了チャーム


 この仮説が正しくなければ、死ぬだけだ。

 地獄でロゼに謝ろう。

 そう思いながら、俺は足元にあった小石を投げつけながら、スキルを発動させた。


 その瞬間、化け物は一気に俺の方に走り出してきた。

 あぁ、終わったな。

 ごめん、ロゼ。約束は守れそうにない。

 まだ地獄では無いけど、俺は心の中でロゼに謝罪した。


「わん!」


 そして、もう目を閉じよう。

 そう思ったところで、化け物は地面を滑るようにして俺の目の前に止まってきたかと思うと、頭を下げ、でかい舌で俺の事を舐めてきた。

 ……めちゃくちゃ血なまぐさいけど、これ、魅了が成功したってことでいいんだよな?


「やめろ、舐めるな」


 そう思った俺は、命令するようにそう言った。

 絶対血なまぐさいのはあの転がっているオークをこいつが噛みちぎったからだ。

 そんな舌で舐められちゃ堪らない。


「……くぅん」


 すると、俺の命令通り化け物……いや、狼は舐めるのをやめてくれた代わりに、悲しそうな鳴き声を出していた。

 なんか、ちょっと可愛く見えてきたな。……さっきまでは確実に恐怖の対象だったのにな。


「ほら、よしよし」


「わふぅ」


 うん。確実に可愛いな。


「だ、大丈夫、なの?」


 そうして、狼とじゃれあっていると、怯えた様子のそんな声が後ろから聞こえてきた。

 あ、そういえば俺、この子がいたから、逃げなかったんだったな。


「はい、見ての通り、もう大丈夫ですよ。……背中、乗っても大丈夫か?」


「わん!」


 大丈夫みたいだな。


「な、なんで……?」


「背中に乗せてくれるようですので、アイリス様もどうぞ。早く帰りましょう」


「え、えぇ……あっ、こ、腰が抜けちゃって……」


 あぁ、そういえばそうだったな。

 涎……は何故か着いてない。なら、大丈夫かな。


「失礼します」


 そう思って、俺はアイリスを持ち上げ、狼の背中に乗せた。

 そして、その後ろに俺も乗った。


「あっちだ。あっちに進んでくれ。ゆっくりな」


 こいつに全力を出されたらどれだけの速さになるか想像がつかないし、俺はそう言った。

 

「わん!」


 狼は一言返事をしたかと思うと、俺の言う通りにゆっくりと進み出した。

 なんか、もう立派な忠犬だな。

 



 そうして、森を抜け出したんだが、そこには来る時に使った馬車は無かった。

 ……まさか、ロイドが一人で帰ったのか? ……御者には俺たちが死んだとでも言えば、どうとでもなるだろうし、ありえない話じゃないな。


「……」


 そう思いながら、ふと視線を下に向けると、アイリスも同じ考えに至ったのか、狼の真っ白い毛を握るようにして手を握っていた。

 ……痛くなさそうだからいいけど、さっきまで恐怖の対象だった存在だぞ。よくそんなことできるな。……完全に俺が言えるような言葉じゃないけど。


「こいつに乗って帰るのって不味い、ですかね?」


「……私がいるから、大丈夫よ。私がちゃんと話をつけるわ」


 その言葉を聞いた俺は、狼に命令を出して、家に向かわせた。

 道中、かなり騒ぎになったけど、俺たちが上に乗っているからか、何かが起きることは無かった。


 そして、家に着いた。

 狼は体を下げて、俺たちが降りやすいようにしてくれた。


「降りられますか? アイリス様」


「だ、大丈夫よ」


 まぁ、結構な時間が経ってるんだ。そりゃそうか。

 そうして、狼を降りると同時に、うちの家が雇っている騎士たちが俺たちを囲むようにして現れた。

 

「武器を下げなさい。私よ」


 俺がどうしようかな、と思っている間にも、アイリスが堂々とした口調でそう言ってくれた。

 騎士たちは当然アイリスの顔を把握していたのか、武器を下ろしてくれた。

 それに俺が安堵した瞬間、何かが目にも止まらぬ早さで俺に突進してきた。

 その衝撃に耐えきれなかった俺は、少し前のアイリスみたいに尻もちをついた。


「ロゼ?」


 俺に突進をかましてきた存在はロゼだった。

 当然のことでびっくりしたけど、ロゼなら、安心だな。


「…………」


「どうした? ロゼ。大丈夫か?」


「……無事で、良かったです」


 そう言いながら、ロゼは痛いくらいに俺を抱きしめてくる。

 獣人の身体能力は凄いらしいし、本気では無いんだろうけど、弱い俺の体じゃかなり痛い。

 

「無事に決まってるだろ? 約束したんだからさ」


 かなり死ぬ覚悟を決めた時はあったけど、実際俺は今生きてるんだ。

 だから、そう言った。

 

「……ロイドが、凄い怯えた様子で全員死んだって言ってた。だから、私、ミシュレ様も、死んだと思った」


「そうか。心配してくれてたんだな。ありがとうな」


 耳があるし、一瞬触ってもいいのかと躊躇ったけど、頭を撫でながら俺はそう言った。

 

「……うん」


 ……服が濡れた感触。……鼻水か、涙か。

 まぁ、流石に触れないでいいか。

 

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