第4話

「遅いじゃないか、兄さん。僕のことはいくら待たせても構わないけど、アイリス様を待たせるのは感心しないよ」


 言われた通り外に出てきた俺が最初に聞いたのはロイドのそんな気持ち悪い言葉だった。

 いつもの偉そうな態度じゃない。隣にいる赤髪の気が強そうな女の子のせいか? ……そういえば、俺を立てるように、みたいなことを言ってたな。あれ、惚れてる女の子にいい所を見せたいからって意味だったのか。


「お待たせしてしまい申し訳ございません、アイリス様」


 全然この子のことなんて知らないけど、ロイドが名前を言っていたのを聞いていたからこそ、俺は咄嗟にそう言って頭を下げた。


「私は全然大丈夫よ。それより、大丈夫なの?」


「兄から申し出たことですから」


「……あっそ」


 何の話だ? ……俺は何を申し出たことにされてるんだ?

 ……まぁいいか。どうせ俺が聞けるような事じゃないし。


「行きましょうか」


 ロイドが笑顔でそう言いながら、アイリスの手を取ろうとしていたけど、スっ、とそれは避けられていた。

 お前、全然ダメじゃないか。

 ……いや、ダメだからこそ、森に行っていい所を見せようとしてるのか。

 俺にとっては迷惑な話だな。


「チッ」


 そう思っていると、何故か俺が舌打ちをされて、睨まれた。

 俺のせいではないだろ。




 そしてそのまま、俺たちは三人で森の中まで来た。

 俺だけならともかく、アイリスやロイドがいたからこそ、森のすぐそこまでは馬車で連れられてだ。

 ……今更だけど、これ、護衛とか居なくても大丈夫なのか? アイリスって昨日のノルドの話からして、公爵令嬢ってやつだろうし、危険じゃないか?

 

「ゴブリンです。任せてください」


 そうして歩いていると、ロイドがここぞとばかりにそう言って、俺を脅してきた時の魔法で手をバチバチとさせて、ゴブリンを倒していた。

 えっと、褒めた方がいいんだよな。


「流石だな、ロイド。それでも本気じゃ無いんだろう?」


「……当然だよ、兄さん」


 手を小さくパチパチとさせながら、俺はそう言った。

 アイリスの方は全く興味がなさそうにしている。

 うん。ドンマイ。俺のせいじゃないよ。


「ガァァァァァァァァァ」


 そう思っていると、森の奥から、そんな咆哮が聞こえてきた。

 声だけで思わず体が震えそうになる程の咆哮だ。


「な、何、今の……」


「だ、大丈夫ですよ。僕が倒しますので、行きましょう!」


 さっきまでの気が強そうな様子が嘘みたいに、怯えた様子のアイリスに向かってロイドはここぞとばかりにそう言って声がした方向に向かって走り出していた。

 俺だけ帰ってもいいかな。

 ダメですよね。分かってますよ。……そもそも、俺だけじゃあ、さっきロイドに瞬殺されたゴブリンに遭遇しただけで終わるんだ。ついて行くしか選択肢はない。


「ま、待ちなさいよ!」


 アイリスの方も一人でいるよりはロイドと一緒にいる方が安全と考えたのか、ロイドの後を追っていた。

 言動や態度は小物っぽいけど、ロイドに才能があるのは事実だからな。


「グルルルルルゥ」


 そして、咆哮が聞こえたところまでやってくると、俺の三倍はあるであろう巨体を持った白い狼がいた。……血まみれで。

 そいつの血……じゃない。恐らく、周りに転がっているオークの返り血だ。

 目の前に来たからこそ分かる。これは、ダメなタイプだ。絶対に敵対しちゃダメなタイプだ。

 もしも俺に冷静スキルが無かったら、絶対に発狂してしまっていたことだろう。


「あ、あァァァァ、あぁぁぁあぁぁぁぁ!」


 そう思っていると、ロイドのそんな声が横から聞こえてきた。

 そう、まさにそんな感じにだ。

 ……ん? いや、待て、冗談だろう? 


「ち、ちょっと、ま、守ってくれるって話で私をここに連れてきたんでしょう!? ま、待ちなさいよ!」


 そして、ロイドは発狂したまま逃げやがった。

 アイリスは恐怖からか、腰を抜かし、尻もちをついていた。

 目の前の化け物は逃げたロイドを追いかけることなく、黙って俺たちを見つめている。

 ……どうする? 俺も逃げるか? ……あの女の子を置いて、か? ……そんなこと、出来るわけないだろう。

 今の年齢はともかくとして、俺の中身は大人なんだぞ? あんな小さな女の子を見捨てて、逃げられるわけが無いだろう。


 ……なら、どうしたらいい。

 俺には何も無い。……あるのは、冷静スキルに魅了のスキルだけだ。

 ……魅了のスキル? ……俺は、確かに、あの声に女の子にモテたいと言ってこのスキルを貰った。

 だからこそ、女の子……人間限定にしか使えないスキルだと思い込んでいたが、本当にそうなのか? 本当は、魔物にも使えるんじゃないのか?


魅了チャーム


 この仮説が正しくなければ、死ぬだけだ。

 地獄でロゼに謝ろう。

 そう思いながら、俺は足元にあった小石を投げつけながら、スキルを発動させた。

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