惑い返すリフティア ー 2
途中、予想されていたトラブルに会う事も無く無事に野営地までやってくる事に成功した。何らかの襲撃か戦闘があって多少移動に遅れが出る事を予想していたが、その手のトラブルがなかったおかげで随分と順調に到着出来た。そのおかげか、時間には少しゆとりがあった。
野営地となる場所に到着した所で、エヴァは周囲を見渡し、その景色を驚きと共に確認してから漸く声を出す。
「ここは……村、ですか?」
「正確には廃村、だな」
野営地はかつてこの樹海に存在した村の一つだった。
既に樹海に踏み込んでから相当な距離を歩いている。そしてお国進めば進むほど自由に伸びる木々は太く、そして大きくなり、やがて家を抱えられる程の大きさになる。そうやってたどり着く廃村はかつては巨大な木々の間に存在したツリーハウス型の家屋の数々だ。
地上の魔獣や動物の類から逃れる為に木々の上に作られたエルフ式の村だったが、今ではそのほとんどが凍り付いていて、誰もいない。
「昔はここに人が住んでいたらしいが……ここも雪と氷が激しくなった影響で人が住めなくなって出て行ったらしい。それ以来廃村となって人が寄り付かなくなったんだが……俺達の様な旅人や冒険者たちが野営地として利用してるらしい」
「成程、元からあるものを再利用してるんですね」
エヴァが納得している間に小鳥が飛び回って廃村の中を確認する。軽く生命探知をする分には特に他の命を感じ取る事はない為、安心できる。小鳥も飛び回って幾つかツリーハウスを確認すると戻ってくる。
『あっちの方の家が修繕が入ってて使えるようになってるわ』
「たぶんそれが冒険者たちが共用で使ってる休憩所だろ。俺達も利用させて貰おう」
レノアがマークした小屋を確認し、登れる場所を探す。所々ツタが伸びていてそれを掴めば登れそうな感じはする。だが明らかにこういうアクションにエヴァが付いてこれるとは思えない。エヴァも小屋とツタを見比べ、少し困ったような表情をする。
なので、さっさと問題を解決する。
「失礼」
「わ」
エヴァの膝の裏にさっと手を通した横抱きに持ち上げる。一瞬だけ驚いたような表情を浮かべるも、直ぐに首に腕を回してしがみついてくる。判断が早いのは良いが、異性にそうやって直ぐに密着を許す態度はおじさん的にはあまり宜しくないなあ……とは思いつつ、足に力を込める。
「よ」
「え、ひゃっ―――」
ぱぁん、と足元の雪が弾けて一気に跳躍する。そのまま優に背丈を5倍超える距離を跳躍して太い枝の上に着地し、そこから更に何本かの枝を経由するように跳躍を繰り返し、目的の小屋が乗っている枝まで移動する。
軽く足に力を込めて枝を踏んでみるが、相当硬く出来てるのかまるで揺らぐ様な様子も見せない。成程、これなら使っていても問題はないだろう。移動が終わった所でエヴァを下ろしてあげると着衣を軽く整えながら振り返ってくる。
「驚きました……こんな軽々と登れてしまうんですね」
「まあ、これぐらいはな」
拳を持ち上げて力瘤を作るのを見てエヴァが軽い笑い声を零す。さほど苦労するものでもないが、喜んでくれるなら幸いだ。
目の前まで来た小屋を確かめるが、特に鍵らしいものはなく、簡単に開く。一応罠を警戒して確認しつつ開けてみるがその手のものもない。本当にただの休憩所として利用されているようだ。扉を開けて中に入れば外観よりはある程度整えられた小屋の様子が見えた。
中に入って壁を確認すれば隙間はしっかりと潰されているし、魔術的な補強も行われている。奥の方には暖炉もあって小屋の中を温められるようになっている。毛布も隅の方に置いてあるが、流石に触らない方が懸命だろう。保存食が置いてあるのは……先駆者たちの好意か。
「思ってたよりも丁寧に使われているな」
『そうみたいね。ここの前の利用者たちに感謝しつつ私達も利用させて貰いましょ。私はちょっと魔術的な部分を補強するわね』
「了解。こっちはこっちで暖炉を付けるか」
ポーチの中からスクロールを取り出して暖炉の中に放り込む。次の魔石を取り出し、それを握り砕いて破片にしたら暖炉の中に投げ込む。軽く指で図を描くように動かせば魔石を燃料にスクロールに記録された魔術が発動し、暖炉に陣を張って炎を生みだす。
「おぉ……火の魔術ですか?」
「あぁ。発動させると陣を出現させて、その上で魔力が続く限り燃え続ける炎を出す。薪とかがどこでも手に入るって訳じゃないからな。これがあるとどこでも火が起こせて便利なんだ」
今投げ込んだ魔石でならしばらくは燃え続けるだろう。そうじゃなくてもレノアの魔力を使えば一晩程度余裕で燃やし続ける事が出来る。暖炉から齎される熱に少しずつ体が温まるのを感じているとエヴァが床に座り込んだ。
「あ、すまない。歩き疲れたよな」
「いえいえ、カシウスさんは常に気を張ってる上に考える事が多いってのは解ってますから……私も、そこまで神経質に扱わなくても大丈夫ですよ。もっと気軽に接してください」
「まあ、考えておく」
ふぅ、と息を吐いて俺も暖炉の近くに座り込む。飛び回る小鳥を眺めていると、自分の周囲に陣や文字を出現させては何らかの魔術を使って小屋を整えている。まあ、彼女はこの大陸有数の、或いは最高の魔女だ。俺が見ただけでは何をやっているのかは良く解らないが、必要な事をしているのだろう。
「エヴァ、お腹は空いてるか? 食事がしたいなら準備をするが」
「あ、いえ。まだ……先ほど歩きながら口にしてたドライフルーツでまだお腹がいっぱいで」
「ん、解った。まあ、夕餉の準備だけはしておくか」
と言っても、買い込んだ保存食の類を軽く調理するだけなのでそう珍しいものを作れるわけではない。ポーチ、即ちマジックバッグでも物品の時を止められる訳ではない。そういう事が出来るレベルのマジックバッグはもう少し大きく、そして非常に高価で大貴族や国家レベルの商人が保有している。
流石に俺の様な一介の旅人にはこのポーチレベルのマジックバッグが限度だ。これ以上のものはオークション辺りを漁らないとならないが、アレはアレで天井知らずに価格が伸びるから厄介だ。
だから事前に購入しておいた保存食―――スープや料理を固めたものを取り出し、それを戻せるように小さな鍋の類を取り出す。これを暖炉を使って調理すれば今日の夕餉は簡単に出来てしまう。
「それよりも……私はカシウスさんの話を聞きたいです。カシウスさんと母の出会い、馴れ初め、そしてどうして国を出ていく必要があったのか。その全部が知りたいです」
エヴァに投げかけられる言葉に顔を顰める。やはり忘れてはいなかったか、と声が零れる。
「……もっと楽しい話を聞かないか? この15年間、アストリアを出てから俺は色々と旅をしてきた。その間に幾つも冒険をしてきた。南部大陸の密林の奥にある。朝日が昇る間だけ呪いが解けて黄金の姿になる都市……深海、輝ける珊瑚の中に鎮座するサハギン達の都市……東方大陸で狼姫の嫁取りの儀に乱入した時の話……冒険譚には事欠かないぞ」
「確かに気になりますが……それよりも今はカシウスさんと母の過去が知りたいんです」
『というかアンタ、結構な冒険してるわね』
はあ、と溜息が零れる。視線から逃げるように暖炉に顔を向ける。
「この15年間は俺にとっては逃避の日々でもあった。どれだけ遠くアストリアから離れられるか。どうやって過去の全てを忘れられるか。アストリアを去ったのならソレ相応の何かを手にしなくちゃならないと俺はずっと考えていた。だから数多くの冒険と強さを求めた」
恋と友と家族と名誉を捨てた。だからそれに見合うものを手に入れなければならない。
「数年この西方大陸を彷徨ってから中央大陸に渡り、多くの冒険をしてきた。なるべく過酷な道を選んだつもりだったが……結局、こうやって五体満足で生き延びて成長している辺り俺の考えが甘かったのか、俺が……自分の思ってた以上に怪物だったか」
何にせよ、俺の魂は祖国を捨てた所でずっとアストリアの地に縛られたままだった。
「多くを経験したが……それで成長したとは思えていない。俺が成長したのは腕っぷしばかりで、心の問題は何も解決していなかった。俺がするのはそういう話だ。あまり、壮大でもなんでもない話だから期待している所悪いが、面白くはないぞ」
「構いません」
エヴァは頭を振って否定する。
「私にとってはカシウスさんから話を聞けるという事に意味があるんです……それに、面白くない訳ないですよね、レノア様」
『そりゃあもう』
躊躇いのない幼馴染の言動にやっぱり顔を顰めるしかないが、ここにきて今更秘密と言える訳がない。最後に一度、大きく深呼吸をして温めってきた空気を肺の中に送り込む。
「全ての始まりは40数年前にまで遡る」
『生まれる前じゃない』
話を聞け、と小鳥に手を振る。エヴァの膝の上に泊まった小鳥は首を傾げてから続きを促してくる。
「当時のダリウスは先帝ガストが支配する時代だった。先帝ガストは現皇帝ラディウスと違ってかなり好戦的な人物で、何度もアストリアの国境を越えては小競り合いと言えないレベルの争いをしてきた。当時は戦時と言って差し支えない状況だった」
今の時代は当時と比べるとかなり平和だと昔、父が語っていたのを思い出す。実際戦争というものを経験すると今のアストリアとダリウスがどれだけ平和なのかを実感できる。
「先帝ガストはアストリアの領土を切り取り、略奪し、それで国を潤す事を考えていた。そして当時の竜騎士たちはそれこそがダリウスの栄誉であり、そして輝ける時代だと思っていた。略奪、侵略、そして拡大。それがダリウス当時の……いや、その前から続くダリウス帝国の思想だった」
それが変わったのはラディウス帝が即位してからだ。ラディウスは国に大きく負担をかけていた侵略戦争を止め、国の地盤を整え、支える道を選んだ。ラディウス帝にとって戦争とは結果ではなくツールであり、国境で起こす小競り合いは国民の意識をコントロールする為だ。
今の小競り合いはそれこそ談合に近い。本格的な開戦にならないように両陣営から調整されている。だがそれが生み出す適度な緊張感が兵士や国民の帰属意識を刺激している。
「この当時の戦争に参戦してたのが前ブラッドウッド公爵と前テュール大公……つまり俺の親父と、エリスの父君だ」
「……ずいぶん昔の話から始まるんですね」
まあな、と相槌を打つ。実際、ここでの出来事が全ての始まりだと言っても良い。暖炉を見つめながら話を続ける。
「ブラッドウッド領とテュール大公国は隣にある関係上、昔からある程度の付き合いがあった。故にブラッドウッド家が対ダリウス戦線に出るとなった時、テュール家も参戦する流れになった。実際、ダリウスをそのまま放置してればアストリアからテュールまで食いに来るのは明確だったからな」
この西方大陸にはもはやアストリアとダリウスを除けば他の国はほぼ存在しない。その大半はダリウスが侵略して併合し、残りはアストリアへと合流する事でダリウスへと対抗する事にした。その為西方大陸は二大国家の支配する大陸となった。
「この対ダリウス戦線で戦友となった親父と前テュール公は意気投合し、そして親友となった。元々善性の強い人達だったから話も合い、仲良くなった。国や領地の垣根を超えて仲が良くなった二人は肩を並べてダリウスを押し返し……そしてこの戦争は先帝ガストが暗殺される事で終った」
「ラディウス帝によるクーデターですね」
当時クーデターで政権を握ったラディウス帝が今でも政権を握って支配しているんだから良くやってるもんだ。
「重要なのはこの時、意気投合したテュール公と親父の間で一つの約束が結ばれた事だ」
『約束』
そう、この約束こそが全ての元凶だ。これが原因でエリスは狂った……いや、或いはそういう風に生まれたのかもしれない。
「それは……もし、互いの家に男児と女児が生まれた場合、友好の証としてそれを許嫁とし、互いの家を結びつける絆としようという話だった」
ここまで言えば解ってしまうだろう。小鳥もエヴァも驚いたような表情を浮かべる。
「いえ、それはもしかして―――」
そうだ、と頷いて答える。
「そして戦場から戻り、二人の子供が両家に産まれた。全く同じ年、同じ月だった。当時が戦時だった事を考えると……まあ、そこまで珍しい話でもない。良くあるベビーラッシュだ。だがそれさえも両名にとってはどこか運命的だった」
偶然が運命に見えるのは往々にしてある事だ。
「ブラッドウッドには男児が産まれ、テュールには女児が産まれた。両家はこの二人を友好の証として許嫁とし、積極的に関わり合いながら育てる事にした……それほどに戦場で培った二人の絆は強かった」
そしてそうやって産まれたのが。
「俺とエリスだ」
俺達は昔、許嫁だった。将来共にある事を約束され、そして望まれた子だった。
だからエリスは良く言っていた。
―――俺達が結ばれる事は運命だ、と。
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