第6話 紫陽花(束ねる)


 それ一本で、花束のような紫陽花あじさいをもらった。

 淡い紫と白っぽい黄緑のグラデーション、八重のがくがぎっしりとつまって、両手の平からあふれるほどの束になっている。太い茎には青いリボンが一本、シンプルな蝶々結びで結ばれていた。

「ただ今、来場者様にお渡ししております。よろしければ一本、どうぞお持ち下さい」

 受付の人が渡してくれるのを受け取って、私たちはデパートの催事場へと足を踏み入れた。

 姪の描いた絵が市のコンクールで入選したので、姪と一緒に見に行ってほしい、と、兄から連絡が来たのは、つい昨日のことだ。兄夫婦は急な仕事で、二人ともどうしても行けなくなったらしい。普段メールなど全くしない相手なので、連絡が来たときは何事かと思った。小学四年生の姪は「別にそのうち絵は返ってくるんだし、無理に行かなくていいよ」とドライな反応だったらしいが、暇な大学生だった私は、二つ返事でいいよと言った。

「きれいだね、圭ちゃん」

「ね、いいものもらったね」

 もらった紫陽花を私の鞄に入れ、私と姪の晴加はるかは、入選作品が飾られた展示場を回っていく。晴加の入選した絵は、真っ白な花束を描いた水彩画だった。展示場所に辿り着くと、小学四年生で、こんなに上手なんだと驚く。額縁の中、花婿と花嫁が持つブーケ。見覚えがある。兄の、結婚式の時の写真だ。

「……幼稚園の時、花束を描きましょうって先生が言ったのね」

 晴加が呟いた。

「私、紫陽花を描いた。お父さんとお母さん、褒めてくれたけど、首をかしげてたんだ。紫陽花って、あんまり花束にしなくないかって」

 晴加は、その細っこい指をぷらぷらさせながら小声で言う。周りに人はいなかった。

 歳の離れた兄や義姉とは、ろくに話題を見つけられない私が、この姪っことは、不思議と気が合った。

 趣味、見ているテレビ、好きな食べ物、好きな色――きれいだと、思うもの。

 私が肩に持ったトートバッグから、薄紫と黄緑色がざった一本の紫陽花が、青いリボンを掛けられて揺れている。

 一本の紫陽花の中で、こんなにも、色が雑ざるのか。


「……一緒に来たのが、圭ちゃんで良かったのかも」


 両親のブーケを描いた絵の前で、晴加が肩を竦めて笑うので、私は、その揺れる手指を束ねるように握って、隣を歩いた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る