第4話 桜(吹き寄せる)
ふるりと、鳥が枝を移るわずかな振動にさえ堪えかねて、ちらちらと花弁が降っていた。風に巻き上げられた桜は、ウッドデッキの木目を滑って、欄干に吹き寄せられている。
吹き溜まりだ、と思う。
「ふみ、待った?」
注文したアイスティーをストローでちろちろと飲んでいると、待ち合わせていた友人が、ランチセットのトレイを抱えて隣に立った。私は視線を上げる。
「香織、久しぶり」
「久しぶりー、元気してた?」
「元気だよ。そっちは?」
肌荒れが最悪、と、冗談混じりに肩を竦める彼女は、半年前に見た時より髪を短くしていた。襟足までバッサリ切った黒髪は、高校の頃は、かなり明るい茶色に染められていた。
カフェを併設しているパン屋のデッキスペースで、コーヒーとサンドウィッチのランチセットをテーブルに置きながら、私の正面に腰を下ろした彼女が言う。
「ふみ、SNSやってないから、何やってるかこっちが聞かないと全然分かんないよね。まだやんないの?」
「ああいうの、面倒で。香織とはこうして年に一回か二回は会うし」
「お互い社会人になったら会うの減ったよねー。うちの会社ほんと上司が分からず屋でさぁ、同僚とは意見が合わないし。彼氏が時々、気晴らしにドライブ連れていってくれるけど」
あ、写真見た? SNSに挙げたやつ、と香織が笑うのに、私はごめんまだ、と首を横に振った。
高校卒業から五年、最初こそ頻繁に連絡を取っていたものの、それは次第に減っていった。大学時代から少しずつ、お互いが就職してからは、それが顕著になった。
勿論、理由の大半が、香織の言う通りスケジュールの問題だ。むしろいまだに最低年一回会っているなんて、仲の良い部類だろう。ただ、こうして会って話していても、少しずつ、距離の遠退いていく気が、しているだけ。
香織とは部活仲間だ。校則的には許されていなかった彼女の明るい髪色に、私は馴染めなかったし、彼女がするコスメの話や彼氏(今とは別の人)との話にも、よく分からないなという感想を持つことがほとんどだった。それでも、その年はバドミントン部の新入部員が私と香織だけで、共通の話題である学校のことを話すにおいては、会話が途切れることはなかった。その当時の香織の彼氏にしたって、同級生だったから顔見知りくらいではあった。
大学生になって、共通の話題が少なくなって。もとより香織の言い方には反発を覚えることも多かったのが、昔は言い返すこともあったのに、それもどんどん面倒になり、新しい彼氏の話をされても、写真で見るだけの人物は、頭のなかで実像を結ばない。
あの明るい髪色に、私はついぞ馴染めなかった。なのに、黒くした今の方が、会話に、息詰まる。
吹き溜まりだ、と思う。
惰性のように続く、友情の。
「……ね、ふみ」
「ん?」
ふと、香織が真剣な声を出した。私は背筋を伸ばす。こんな声を彼女が出すのは珍しい。
「旅行……てか、グランピング行かない? 一緒に。バーベキューしようよ。そんでさ、広場とか使わせてもらってさ、」
――バドミントン、しようよ。久しぶりに。
そう、眉尻を下げて笑う香織に。
私は、うん、と頷いた。
頬を桜が掠めていく。吹き寄せられていく。
花の形を失ったそれは、けれど確かに花の色のまま、静かに降り積もった。
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