第5話 ●(まる)とか■(スミ)

 「危ないところを助けていただいて、ありがとうございます。」


 少女が見上げる姿勢で礼を言う。えっ?そっちの方向に誰か居るの?と見上げてみたが特にその視線の先には誰も居なかった。誰に向かって喋ってるの?とりあえずなにはともあれオレに語りかけてるわけではなさそうなので、おいとましましょう。


 とととと歩き出したら襟元からつままれて捕まってしまった。うわぁぁ暴力反対!!!


 ゴツン!


 巨大な女さんはオレを正面に置くと、カテーシーをして頭を下げるが、下げた頭が頭上からぶつかった。こいつ、オレを本気で殺しに来てないか?


 「わたくし、マルトカスミと申します。助けていただき感謝いたします。この恩はこの身体で必ず返させていただきます。」


 正直なところ猛烈に関わりたくない。彼女に悪意はないのだろうがぶつかったら大怪我しそうだし、身体で払うとかいちいち考えることがヘンだ。そもそも礼を言うときには相手に向き合ってというが、そのためにつまんで相手を向き合う場所に持っていくってのが、根本的に間違ってるぞ。


「以後お見知り置きを。」


 社交辞令としてお見知り置きくらいは良いだろうが、できればお友達にすらなりたくない。距離感遠めのあいさつをしておいた。絶対に避けなくてはならない最悪のケースは付きまとわれることだ。


「お付き合いさせてもらってもよろしいでしょうか」


 言葉だけは丁寧だ。いや、容姿も良いのだ。そして萌え絵風の可愛らしい顔なんだが、それが身長2メートルくらいある巨体なだけだが、どうしてこんなにも違和感があるのか。

 しかし、これは次の一手で口説き落とせるというフラグだ。掴まない手は無いんだが、ただ相手が巨大であるというだけなのに、何故だか猜疑心が出てしまう。いい言葉を発した途端に「なんて言うと思った?バカじゃないの?」とか言われて傷つけられそうな感じ。なんなのだろう? もしこれがせめて自分より小さな娘なら素直になれるんだろうが、ただ大きいだけでどうして素直になれないんだろう?小さい可愛い娘ちゃんだって、同じように傷付くセリフを言う展開だってあるだろうし、むしろこの娘よりも体格というウィークポイントがない分小さい娘のほうが辛辣なことを言えるだろう。

 大きさというのは一見物理属性のように見えてその実、想像以上に心理的に影響力のあるパラメーターなのだ。


 「ソロでのダンジョンは危ない。オレもパーティーから追放されたばかりでソロにされてしまった。少しでも生存可能性を高めるためにも一緒に行動したほうが良いだろう。」


 何か言い訳のようなことを語って共に行動するようにした。


「お名前をちょうだいしても?」


「バロー。」


 答えると、カスミは今にも泣きそうな顔をしてる。


「そんな、いきなりバカヤローとか言わなくても……」


 あっ、やっぱりこの娘めんどくさい。いやオレの名前が紛らわしいのか。


「バカヤローではなくて、バローという名前なんだ。よろしくカスミさん。」


「バロー……さん?」


ここは古式に則って、「さん付けなしだ」と言いたかったが先にさん付けしたのはこっちだから今すぐにと言うのは難しいが、タイミング見計らっておいおい距離を縮めていこう。


「改めまして、わたくしはマルトカスミと申します。本来ならば本名も職業も秘匿しなくてはならないくのいちでしたが、クビになって今はフリーです。」


 こんなクソ目立つくのいちがいてたまるか。いや、忍者の作戦行動にはハニートラップもあるから……いやこんなデカいハニートラップに掛かる男ってなんなんだ?でっかい釣り針どころじゃない。見え見え以前に庇護欲も性欲も刺激されないから掛かりもしないだろう。原因は大きさだけなのだが。非常に残念なくのいちだ。


 スパイに失敗すっぱいしてすっぱ抜かれてクビになって抜け忍とか。それに抜け忍は秘密とともに葬られるのが通例。なんで生きているのだ?余計に猜疑心が湧くが、ダンジョンから抜けるまでのかりそめのパーティーだ、ダンジョン抜けたらすぐ解散予定だからそんなに疑っても仕方ない。

 自分が狙われるとしたらマイバッグだけだが、それはもう。もし本気でマイバッグを獲りたかったならば、つまみ上げた時に強奪したら良かったのであって、わざわざ付きまとう必要もない。


「いろいろ聞きたいこともあるけど、前職の掟とかもあるだろうから余計な詮索はしない。無事にダンジョンから抜けるという目的のためだけの臨時パーティーだからな。」


 この娘のハートを掴む事には、もう興味がない。そして過去に何があったかも関係ない。確かなのは難敵であるリッチをものともしない驚愕の戦闘能力だ。その戦闘能力が少なくとも直接こちらに向かってこない確約というのはかなりデカいし、この最強の抜け忍と協力体制でダンジョン脱出をするのだから、安全なダンジョン脱出は約束されたようなものだ。ここより上層階ではリッチよりも面倒なモンスターは生息していない。


「私の前職の秘密に関しては、結局全部スッパ抜かれてしまってます。これが特集記事です……。」


荷物から取り出された週刊誌には、主語がまるとかスミで塗りつぶされた、謎の女忍により引き起こされた破壊活動がたくさん並んでいる。その中にはひとつの島がまるまる地図から消えた事件もある。


 ハニートラップ系じゃない。どれもこれもひとつの地方や大都市圏が灰燼に帰すような大規模災害級破壊系の作戦だった。忍びというより焦土作戦……。えっと……忍者による事故を装ったピンポイント暗殺とかじゃなくて標的ターゲットを確実に消すためにその周辺半径数十キロ全てを巻き込んでぶっ潰してる感じ。

 そりゃ忍者クビにもなるだろうし、下手に秘密とともに葬り去ろうとしても返り討ちに遭って忍者の里を丸ごと焼き払われそうだから、手出し無用にもなるわな。そして忍者集団としても集団の信用のためにも破門にするしかない。全部一筋に因果が揃った。さもありなん。

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