第2話ひと月が経って

 ここのところ、春だというのに、寒い日が続いている。ここが山手だからか、それともあたしが、温暖な気候で生まれ育ったからか、あたしは故郷の雪を知らない。ごくたまにふるらしいが、記憶になかった。

 子供の頃、あたしは故郷で、雪遊びをした記憶がなかった。だけど今暮らす山手は、ごく初冬の頃から、雪が降るらしい。実感はなかったけど。

 ここの見学の時、あたしは雪だからと言って、先延ばしにされた記憶がある。だけど結局春に入った頃、見学に来て、そしてこの山手の地域に来た。

 それは正しい判断だっただろう。この頃よく眠れているし、ご飯は味が違う。それくらいは解っていて、だけどそれだけではダメだ。

 解っていたことだったけど、あたしは日々に不満を募らせつつあった。だけどそれを言えない。決して言ってはならない。そう思ってしまう。前と同じだった。言葉を閉じ込める。悪い癖だ。ただそれでもあたしは、もう帰るところがなかった。家には帰れない。京都に父の家があったはずだが。

 今日とも山の中だ。紅葉は見事だし、川の際に土地があって、そこに木造の家が建っている。あまり広くはない。だけどそこで父は暮らしていた。

 それを憶えている。だから帰りたいと、切に願うのか。こんなに返りたいのは、初めてだった。故郷にも帰りたい。帰ってまた、あの青い海を見たい。透き通る青のあの海だけは、今も忘れられない。一月たって、その思いが強くなった。

 だからこれは、あたしの願望だ。そしていつかまた、かえって元気な顔を見せよう。そのために頑張れるはずだった。

 ここはそういう土地だから。自然に帰れるだけでも、あたしは良かったのだから。ただこれからを頑張っていくだけだ。

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