第34話
『ココ~、そろそろ育心園の下に到着するよ~』
「わかったよ。……そろそろ、夏凪さんとはお別れかな」
ここ数日の日課となっている夏凪さんとの組手を終え、カメ吉の甲羅割りに移った彼女を見ながらカメ吉の言葉に返事をする。
ちなみに夏凪さんはカメ吉の甲羅割りを行うことに集中しているからか、カメ吉の言葉が聞こえた様子はない。
……数日という短い期間だったけれど、夏凪さんとの生活は面白かった。
組手を行い、料理をして、夏凪さんが美味しい美味しいと言って食べてくれて、空いた時間で色んな種類のお米や小麦を収穫して、体力を回復するべくゆっくり休んで……何というか、ゆったりとした休暇を取っている気分だった。
でも、地上に夏凪さんを送り届けたら……どうしようかな?
今回のことでダンジョン変動によって切り離されたダンジョン階層に辿り着くことが出来たら、このダンジョンに繋ぎ合わせることが出来るっていうのが判明したから……ダンジョン変動で切り離されたダンジョン階層を探しに行くとか?
「……でもダンジョン変動なんてどこで起きるか分からないし、たとえ行ったとしても現地に到着したころには変動して切り離されたダンジョン階層は地脈の中に消滅してる可能性が高いから……ダンジョン階層は偶然に期待するしかないかな」
とりあえずは無い物ねだりをしても意味がないから、そっちは後に回しておくとして……今は出来ることを考えよう。
そう考えながら夏凪さんを見る。彼女は一心不乱にカメ吉の甲羅を殴りつけている。
一生懸命に甲羅を割ろうとする彼女だけど……地上に帰る間に彼女がカメ吉の甲羅を割ることは……多分できない。
一日に何百回とボクが教えた正拳突きを自身が打ちやすいように体勢を変えながら打ち込み、カメ吉の甲羅を割ろうとしていたけれどやっぱり割れる様子はなかった。
だけど夏凪さんの体は自身が傷つかないようにし、相手の何処に打ち込むべきかを理解しているのか、時折打ち出した拳がクリティカルヒットを出している。けれど、傷つかないようには難しいのかしばらく手を抑えてうずくまっているのが見えたから……成長は期待できると思う。
……ちなみに、ボクはカメ吉の甲羅を夏凪さんが行おうとしているように拳で割ることは出来ない。包丁を使って切ることは出来たけど。
ま、ぶっちゃけるとカメ吉の甲羅は殴りつけるや叩きつけるといった衝撃に凄く強いわけだったりする。
それでも割れるようになったら彼女は自信を持ってくれるに違いない。
「そう考えると夏凪さんの問題が一番重要か……? 他の要件はまだ乗り出せない状態だから当りまえだよね……。
というか、このまま夏凪さんに『地上に戻ることが出来たからバイバイ』って帰したらきっと後悔すると思う……というか、する」
数日間のふれあいで理解したけど……彼女は良い子だ。本当に良い子だ。
純粋でまじめ。……そして、それ以上に心に抱えたものがかなりやばい。
まあ、これまで周囲の人たちから受けたものがものだというのもあるだろうけど……彼女の母親からの血が本当にやばい。
いうなれば導火線に火は着火しにくいけど、着火したら周囲を完全に焦土にするってぐらいの威力がある爆弾が爆発するといった感じだ。
そんな彼女の抱える爆弾が、もしも突き放すようにバイバイした後で彼女がまた同じ目に遭った結果……爆発してしまったら彼女は人を辞めることになる。けれど人間を辞めた代わりに自身へと害を与えていた者たちは許しを請いつつも八つ裂きにされてひき肉かバラバラ死体間違いなしに違いない。
きっとそうなったとき、彼女のように呪いを授けられている探索者か……もしかしたらボクにもお鉢が回ってくるかも知れない。
……頭の中に、彼女を追いつめてしまった者たちや無関係の人たちだった肉片と血に彩られた現場で狂ったように血に染まった夏凪さんが壊れた笑いを上げながら、ボクを見つけた瞬間に襲い掛かる姿が浮かんでしまう。……が、それを頭を振って散らす。
「やめよう。そんな考えを浮かべてたら本当になってしまうかも知れない。……いや、色々考えてるけど結局のところ、ボクは夏凪さんを帰したくないんだな」
さっきから考えてる色々な考えを纏めると、ボクはその結論に達した。
でも、帰す帰さない以前にそれはボクが決めるんじゃなくて、最終的には夏凪さんが決めることだけど……というか帰さないってそれは一種の監禁じゃん。
「ボクは何処のヤンデル監禁系彼氏だっての。というかそもそもボクは女の子なんだってば」
そんなわけの分からないことを考えていたボクを他所に地脈を移動していた階層は育心園直下に近づいてきたようでズズンと周囲が揺れる。
階層の調整を行っているのかと考えながらしばらく待っていると揺れは収まっていき……、田畑から離れた辺りの上空が――ひび割れた。
ひび割れた空はパリパリと割れ広がっていき直径がある程度……多分だけど30メートルほどの丸穴になって割れは止まった、するとその丸穴の外周から地上へと何かが伸びてくるのが見えた。
「あれって、なに?」
地上部に向かって伸びてくる何かが何なのかを知るために、伸びてくる何かが降りてくる真下近くまで移動する。
するとその真下近くの地上からも上空の丸穴を目指すようにして、土で造られた太い棒上の物が外周に螺旋階段をつけてゆっくりと持ち上がっているのが見えた。
「これって……階層移動用の階段? ……ダンジョンによって形も形式も様々だけど、こんな感じに出来るんだ。というか、この太い棒って短縮の階層移動用になるための物だったりする?」
初めて見た階層移動を行うための階段が出来ていく過程を見ながら、感心するように呟く。というかこのダンジョンの階層移動は基本は外周がカバーで保護された螺旋階段タイプなんだ。
……ちなみにダンジョンによって階層移動を行う形式は異なり、崖のようなごつごつした岩肌が削られるようにして造られた剥き出しの階段のタイプや、ゴツゴツした山肌と石岩がある山道のような緩い坂道のような物もある。他にも場所によっては大穴になっているところだってあるし、特殊なダンジョンだと転送陣という魔法陣のような物を踏むことによって移動するというものだってある。
そんな出来上がっていく階層の繋がりを見ていると、上空の丸穴から何かが落ちてくるのが見えた。
「え、あれって……人っ!?」
階層の地上から上空までの正確な高さは分からないし、見える空の景色は現実のものではないからどれだけの高さがあるのかわからない。けれど、見えた丸穴から落ちてくるのが人であるのを確認して驚いた声をあげる。
あれはいったい誰なのかと思っていると、落ちてくる人が落下速度を一気に上げた。
違う、あれって……落ちてきているんじゃない、降りてきているんだ!!
「狙いは……まさか、夏凪さんっ!?」
降りてくる存在の狙いが夏凪さんであることに気づき、ボクは急いで彼女がいる場所へと向かい駆け戻る。
しかしボクが戻るよりも先に、こちらへと降りてくる存在は夏凪さんの姿を見つけたのか空中を舞うように動き、自身の落下位置を調整しながら降りる速度を一段階上げ――って、大丈夫なのそれ?
そう思った直後、降りてくる存在は地上に到着したようで――ドゴンッと激しい音とともに階層を揺らした。
「夏凪さん! だいじょ……う、ぶ? ……えっと、だ……大丈夫?」
「こ、木花さん! お母さんが、お母さんが落ちてきました!! おかあさーんっ!! おかあさーーんっ!!」
夏凪さんの元に辿り着くと彼女は慌てた様子で畑の中にある人の形をした穴に向けて声をかけていた。
その異様な光景にポカンとしてしまったけれど、彼女の言葉で上から降りてきた存在が誰かを理解した。
あれが夏凪さんの母親で、『鬼』の呪いを受けた女性――夏凪逢花なのだと。
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