第33話
【くみん視点】
「はぁ、はぁ、はぁ……! て――りゃっ! っっ! て、りゃあっ!!」
殴り続けて数時間が経過し、握りしめた両方の拳が痺れてジンジンしています。
それに何度も何度も振り続けていたからか、拳だけじゃなくて両腕も腰も両脚も痛いです。……つまりは全身が痛いです! 筋肉痛です!
けど、探索者学校では教えてくれなかった訓練というものを……初めてしていると実感できていて、訓練をやめようという気持ちは湧きません。
それでもカメ吉さんの甲羅は凄く硬くて、何度も何度も殴りつけているのにひび割れが起きた様子はありません。でもカメ吉さんの甲羅を割ることが出来たとき、アタシは何か変わるような気がしました。
きっと、これはアタシの第一歩なんだと思います。
「だからっ、アタシはっ! 絶対に、割りっますっ!!」
自分に誓うように叫びながら拳を打ち出した瞬間――、これまで何度も行っていた正拳突きと違った感覚がして何かを掴みかけた気がしました。
そして打ち出された拳はカメ吉さんの甲羅に打ち込まれ……割れた感覚がしました。
「………………~~~~~~~っっ!!!!?!?!?!??!」
ええ、割れました。割れましたよ。……アタシの拳がっ!!
あまりの痛みに背中から倒れてゴロゴロとその場でのた打ち回ります。
そんなアタシの様子に気づいたのか木花さんが近づき、心配そうに声をかけてきました。
「えっと、夏凪さん……大丈夫?」
「だ、だいじょうぶじゃないですぅ……。すごく、すごく手が痛いですぅ……!」
「ちょっと見せてね。……あ、折れてるねこれ。直前に何かあった?」
木花さんに手を見せると、手を開いて色々と見て、触って診断してくれます。
見てくれた結果、手の一部が骨折していることが分かりましたが……ボクサーが良くなる骨折らしいと木花さんは言ってくれました。
そしてこうなった理由を説明すると、木花さんは何かを考え……納得したような表情を浮かべた。
「なるほど。多分だけど、クリティカルヒットって感じになったんだと思うよ」
「クリティカルヒット、ですか?」
「うん、探索者の中にこう……いい感じに入った。とか何かが来たとかそんな感じのときに放った攻撃ってやつ」
「あ、わかります! あのとき、こう……何か掴んだ!って感じがしたんです」
木花さんの説明に納得しつつポンと手を叩いた瞬間――ビシャーンと全身に痛みが走る。
「~~~~~~っ!!」
「あー、無理しないようにね。とりあえず、ご飯を食べようか」
「は、はいぃ……」
ジンジンと痛む手が触れないように気をつけつつ立ち上がり、木花さんの後に続いて料理が置かれたテーブルに向かいました。
●
お昼に食べたうどんはモッチリとしたコシのある食感と煮込まれた鳥から取られた出汁の味がとっても美味しかったですし、晩ごはんも期待していました。
そしてテーブルに座ったアタシの前にはホカホカのごはん、野菜が盛りだくさんのスープ、それと脂がプルプルとした大きな肉の煮物が置かれています。
「今日は塩角煮と豚の出汁が染み込んだ塩スープ、それと箸休めにキュウリとトマト。召し上がれ」
「どれも美味しそうです! いただきま……あ」
「だよね。これを使って」
気づきました。箸を握ろうとしたアタシですが手が痛くて箸を握れないことに気づきしょんぼりすると……フォークを差し出してきました。
お礼を言いながら受け取り、まずはメインとなっている塩角煮の豚肉に突き刺します。
グニッとした感触でフォークが沈んでいき、持ち上げるとぷるっぷるとした脂が見え……角煮を口に入れました。
「っ!」
口に入れた瞬間、塩辛さを感じたけれど……もきゅっと肉を噛み始めた瞬間、『これが豚肉だZE!』と主張するかのように肉の味が口の中に広がり、噛みしめるとジュワッと肉に染み込んだうま味が押し寄せてきました。
押し寄せてきたうま味はピリッと感じた塩辛さを一気に押し流されていきます。……これはまるで、サングラスをかけた二足歩行の豚が大波の上でサーフィンをしながらこちらへと押し寄せてくるかのようです!
その美味しさを感じながら、口の中の味が残った状態でご飯を食べるともっちりとしたご飯の食感と、塩角煮の味が口の中で混ざり合っていきました。
口の中はまさに天国です!
「は…………ふぁぁ~~……」
呑み込んだ瞬間、幸せなため息が口から洩れました。
数日前から木花さんの食事を取っていますが、どれもこれも本当に美味しいです。
いっしょに煮込まれていたらしいタマネギはトロットロで噛めばしゃりぷりとした食感とともに甘さが押し寄せてくるし、ニンジンはタマネギとは違った濃厚な甘味と肉とは違う食感が来ました。
しかも野菜といっしょに肉を食べると、いっしょに煮込まれていたからか一体感が感じられ無我夢中で食べてしまいます。
「ずずずっ、あぁ~……スープも美味しいですぅ~……」
木花さんは肉を煮込んでいたスープで作ったと言ってましたがほのかな塩味の中にトマトから染み出した酸味が感じられ、枝豆のサクサクとした食感、ナスビのくにくにとした食感。それを味わいながら口の中をサッパリさせます。
「うん、よかった」
「本当に美味しいですぅ……! もぐもぐ、はぐはぐ……っ!!」
木花さんが優しい瞳でアタシを見ながら聞いてくるので、アタシははっきりと言います。
だって本当に美味しいですから! それにこう、食べる度に全身に力が漲っていくと言って感じがします!
『う~ん、美味しいよココ~♪』
「カメ吉も満足しているみたいでよかった」
アタシたちが食べている塩角煮よりも大きく切られた肉で作られた角煮をカメ吉さんも食べており、満足している声が聞こえます。
でも本当にカメ吉さんが言っているように美味しいです!
心からそう思いながら何度も何度ももぐもぐ食べますが、フォークで肉を刺して食べるは楽ですけどご飯は取りにくいです! やっぱり箸が良いですよね!
フォークから箸に切り替え、もぐもぐと一心不乱に食べます。
このとき、アタシは気づいていませんでしたが折れていたはずの手で箸を握り、痛みを感じることなく食事を取っていました。
そして、この日からアタシは前よりも怪我の治りが早くなったように感じましたが……これってどういうことでしょうか?
「…………まあ、美味しかったのでどうでも良いですね!」
いっぱい食べてお腹がいっぱいになって幸せなので、余計なことを考えないことにしました。
でも、あと数日で地上に戻ることが出来ますけど……こんな美味しいご飯を食べることが出来なくなるんですよね……。
そう考えるとしょぼんと気持ちが落ちこんでしまいました。
「い、いえ、もとの生活に戻るだけですから、気にしないでおきましょう!」
頭を振って気持ちを切り替え、少し休憩してからアタシはまたカメ吉さんの甲羅割りを行うべく畑に戻りました。
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