第32話

「なんで、なんでアタシがこんな目にあうんですか!

 アタシは何もしていないのに、嫌だって言っても、やめてって言っても、みんなみんな、アタシを叩いてくる! 笑いながら、叩いてくる!!

 裸にされて恥ずかしいのに、なんにも悪いことなんてしていないのに、なんで謝らないといけないの!

 先生たちは何もしてくれない! おしりとか胸を触ってくる先生も居たりした! お母さんに助けてほしいって言おうとした! けど、会えなかった! 逃げようとしたわけじゃないのに、お母さんの所に行こうとしただけで閉じ込められた!

 助けてよ! アタシを助けてよ! なんで、なんでだれも助けてくれないの! アタシを助けてくれる人なんて誰も居ないんです!!」


 ボロボロと泣きながら夏凪さんは叫ぶ。

 後で聞いたら、何を言ってたかわからないと言っていたから……これは無意識に抱えていた彼女の心の叫びだったんだろう。

 というか同い年の子たちが酷いことをするのを止めるのが大人の仕事だって思うのに……、それに混ざるってどういうことなの? これもハカセに伝えておかないと。

 そんなモヤモヤした感情を抱きつつも、ボクは夏凪さんをギュッと抱きしめるとポンポンと背中を叩き、頭を撫でる。


「泣いて良いよ。怒って良いよ。辛いときに辛いって言えなかったら、人として終わってしまうんだから。……だから、思う存分泣いて、その後は美味しいものを食べよう」

「う、んっ! ぐしゅ、くしゅ……えぐっ、ぐずっ! ふえぇぇぇぇ……!」


 探索者学校だけじゃなく、これまでの14年間はどんな風に生活していたのかはわからないけど……耐えるだけの日々だとしたら、彼女には幸せになって欲しい。

 辛いときに辛いって言えずに、信頼できる大人も誰も居なくて、ひとりきりになっていたら……やがて心は腐っていき、最後には人としての心が死んでしまう。

 だから、出来ることなら……その前に救ってあげたい。

 そう思いながら夏凪さんが泣き止むまで、抱きしめていた。


 ●


「さて、何を作ろうかな」


 少し離れたところからガキンガキンと金属を叩くような音が響く中、ボクは今日の夕飯を考える。

 お昼は小麦粉をうどんにして食べたし、少し前から米料理も小麦粉を使った料理も色々と作った。

 塩だけで味付けした牛丼、おにぎり、鶏丼、白餅、うどん、塩ラーメン、パンケーキ、作ってみたいと思っていた料理を作り続けた。……けどやっぱり調味料が足りない。


「……うーん、何を作ろう」


 考えながら、道具袋の中を漁る。

 大量の小麦と小麦粉、数品種の米(精米前後込み)、それと数種類の野菜とミノタウロス・オーク・コカトリスの肉。

 ミノタウロスのステーキ丼も良いかもしれないし、オーク肉巻きライススティックも良いかもしれない。あ、コカトリスの肉を煮込んで、カオマンガイ風にするのも良いかも。

 ステーキ、カオマンガイ、チャーシュー……。

 頭の中を分厚い肉が手を繋いで踊るイメージが駆け巡る。


「……うん、こうドゴッと肉食べたって感じの料理を作ろうかな」


 それならどんな料理が良いだろう。そう考えながら肉を見る。

 使える調味料は塩、それとコショウが少々。

 ……ステーキにするなら玉ねぎをたっぷり使用したシャリアピンソースのステーキ丼にしたいけど、醤油が無いからちょっとしたコクが出ない。

 オークの肉巻きライススティック……ようするにきりたんぽの豚肉巻きは簡単に作ることができると思うし、塩だけでも美味しいと思う。けど、ちょっと物足りない。

 でも今度作ろう。

 コカトリスのカオマンガイ……美味しそう。でももう少し早めに煮込むべきだったと思う。


「だったら……、塩チャーシューかな、いや時間がないから角煮風にしようか」


 作る料理を決め、調理に取り掛かる。

 手早くご飯を炊くために釜を用意して、米を洗い浸透させ、その間に大量のオーク肉をブロック状に切りだす。

 切られたバラ肉の断面は白とピンクのきれいな三枚肉で見てただけで美味しそうだというのが分かる。


「カメ吉も食べるし、カメ吉用の切り分けない角煮とボクたち用の切り分けた二種類を作ろう」


 言いながらバラ肉をブロック状に切り出していき、その中から2枚分ほど更に細かく切っていく。

 ボクと夏凪さんだから、塊肉2枚分で大丈夫だよね? とりあえずカメ吉は塊肉を10枚分用意しておけば満足するでしょ。

 そう思いながら脂身を下にした肉が乗ったフライパンを竈モドキ脇で燃える焚き火に近づける。

 するとフライパンの熱が脂身に伝わりジュ~と焼ける音がし、1分もしないうちにフライパンには脂身から溶けた油が溜まってきた。

 この油はラードだから、別の料理に使える。だから油が溜まるたびに別容器に移しつつ、肉にある程度の焼き色をつけていき、焼いた肉を油切り網を乗せたバットの上に置いていく。


「長ネギとか生姜があったら良いんだけど、無い物ねだりは仕方ない。ま、代用として玉ねぎとニンジンを使おう」


 寸胴鍋を用意し、中に焼いた肉と水を注ぎ竈モドキで火にかけ始める。

 少しすると鍋の中の水は沸騰し、ぐつぐつ茹ったお湯の中でバラ肉がグルグルと舞うように踊る。

 そしてしばらく煮込んでいると灰汁が出はじめたので、それをお玉ですくいフタをしてじっくりと煮込んでいく。


「とりあえず……そろそろ人参を入れて」


 煮込んでいる間に柔らかくなることを見越して、バラ肉に竹串が刺さる辺りを狙って大きめに切った人参を鍋の中に投入。

 玉ねぎは……塩を入れるタイミングで良いよね。っと、ご飯も炊かないと。

 水が浸透したかをフタを開けて覗くといい感じに吸い込んでいたから、釜を竈モドキにセット。あとは炊けるのを待つだけ。


「しばらく煮込んでもう少し柔らかくしてから、塩を入れようか。っと、夏凪さんはどんな感じだろ?」

「はあっ! はああっ!! ~~~~っ! まだ、まだぁっ!!」


 さっきからガキンガキンと聞こえる音――カメ吉の脱皮した甲羅を殴り続ける夏凪さんのほうを見るけど……あ、何度も殴っているからか拳から血が出てる。

 だけど一生懸命に殴り続けている彼女を見ると、止めたいとは思いつつも止めることは出来ない。

 ボク自身が言い出したことだけど、ちょっと変なことを言ってしまったかなと思いつつ夏凪さんから竈モドキへと視線を戻す。

 ぐつぐつぐつぐつと鍋の中でバラ肉が揺れ、フタをカタカタ鳴らす。

 隣ではご飯の釜が木蓋をコトコト鳴らしだし、一種の音楽会のようになっており……そろそろと思いながらバラ肉を煮込む寸胴鍋のフタを開け、ある程度ゆで汁を捨ててから塩を適量入れ、大きめに切った玉ねぎもいれる。


「さて、あとは煮込むだけだけど……考えてみたら日本酒もどうにかしたら作れる可能性があるんじゃ? それに日本酒造りの工程でみりんも出来るみたいだし」


 米はある。日本酒に合うタイプも調整次第ではできるはず。あとは麹と酵母を何とか出来たら……出来るはず?

 そういえば、口噛み酒っていうものがあったとか……いや、それはダメ。

 誰かの口にいれるものなんだから、それは本当にダメ。

 どうにか方法を考えないとなあ……。

 そう考えながらぐつぐつ煮込まれるバラ肉をお玉ですくい、箸を軽く押しつける。

 ……うん、軽く弾力はあるけど油がギュッと染み出て、煮汁に混ざり合う。


「ちょっと試食」


 自分たち用の小さめサイズの角煮をすくって食べてみる。

 噛むともっちりとしたバラ肉の弾力のある食感。それとともに表面の塩辛さが舌先に感じられるが、塩辛さはすぐに肉から溢れ出した肉の脂によって押し流された。

 ちょっと脂っこいけど、ごはんと一緒に食べたら良い感じになると思う。

 けど……ちょっと吸い物があれば良いかな。

 そう思いながら手早くナスを斜め切り、トマトを角切りにし、塩茹でして保存している枝豆から豆を取り出すと別鍋に移していた肉の出汁が取られたスープの中に入れていく。

 最後にほんの少しだけ塩を少々。ただしほんのちょっとだけ塩が感じるかな程度の量。


「あとは箸休めにキュウリを切っておいて……っと、火を止めて、ご飯が炊けるのを待つだけ」


 もうしばらく殴らせてから夏凪さんを呼びに行こう。

 そう思いながらボクは折り畳みイスを広げ、そこに座った。

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