第31話
【くみん視点】
「夏凪さん。ちょっとこの甲羅、殴り割ってみようか」
「…………はえ?」
コンコンとガラスを叩くような音を聞いていると、木花さんはそう言ってきました。
突然の言葉にアタシの口からちょっと間抜けな声が出てきましたが、突然すぎたからしかたないです。
そう自分に言い聞かせながら木花さんが叩いたカメ吉さんの脱皮したという甲羅を見ます。
色は半透明ながらも赤みがかっており、薄さはプラスチックのカードを2枚重ねたほどの薄さだというのに……地面に突き立てられていない箇所はプラ~ンと垂れることなくピンと綺麗に立っています。
だけど、木花さんが曲げていたところを見ると……きっと曲がりやすかったりするのかも知れません。
それを……割る? けど、その前に何て言いましたか?
「あの、アタシの耳に殴り割るって聞こえたのですが……気のせい、ですよね?」
「ううん、夏凪さんの拳で叩き割るんだよ」
「…………えぇ……」
言い間違えと言ってほしかったのですが、木花さんは本気でそう言ってるようでした。
そんな彼女の反応に戸惑っていると……木花さんは理由を語ってくれました。
「第一にボクは戦いかたを教えることが出来るかって言われたら、やっぱりできない。……組手は出来るけど、ただそれだけ。
第二に夏凪さんはちゃんとした戦いかたを知らない。……きっと周囲の最低な理由があるからだろうけど。
第三に夏凪さんは馬鹿みたいに体力と持久力がある。だから、パンチを鍛えて鍛えて鍛えまくって、相手の攻撃を受けつつ殴りつけるって戦いかたが合うと思うんだ」
指を一本一本立てながら木花さんは説明してくれます。
……あ、アタシの探索者学校での状況わかってる……んですね。
それを理解すると探索者学校での状況が思い出してしまいまいました……。
パーティのリーダーだったあの子を中心に、行われていたいじめの日々……。
座学の授業では教室の中心で地べたに座らされ、ボロボロにされた教科書を読んで教師の話を聞くだけ。
黒板の内容を書き写すためのノートを持ってきても破られ、ペンを持っていたら奪われたり壊され、挙句事情を知っているはずの教師からは馬鹿にする視線と言動。
訓練の授業では引き裂かれてボロボロになった上に踏みつけられて汚れた体操着を着るときもあれば、下着姿や裸にされてからの攻撃を受けるだけの役割。
訓練用木剣で顔、脇腹、肩、腕、脚、お腹、頭、いたるところを攻撃され、骨にヒビが入ったり、痣が出来たり、血が出たりもした。
その度に保健室に行っても、ちゃんとした治療はされずに追い出される。
新しい戦いかたを見たいと教師に、あの子が頼むと……彼女に良いように見られたい教師は意気揚々と力強くアタシを殴ったり、蹴ったり、叩いたり、突いたりした。
そして最後には訓練してくれたことに感謝するように全員に土下座をさせられた。
泣きたかった。辛かった。苦しかった。
だけど誰も助けてくれない。みんな、みんな、わらってる。
周りからバカにするような笑い声が聞こえる。その度にドロドロ、ドロドロとした真っ黒な汚泥が心の中に溜まっていく。
するとアタシの中の何かが囁いてくる。
「夏凪さん、大丈夫?」
「っ!? あ、は、はい、なんでもないです……なんでも。あはは……」
肩を叩かれハッとすると、目の前にはちょっと心配した様子の木花さん。
そうでした。少し落ち着かないと……。
そう思いながら頭を振るうと、何時ものように笑って木花さんから離れようとします。
ですが突然木花さんは離れようとしたアタシの手首を掴むと、グイッと引っ張って抱きしめました。
「え、あ、あの、木花……さん?」
「ごめん、思い出させるつもりなんて無かったんだ。
でもボクは夏凪さんに何があったのかは大体は分かってるつもりだよ。けど詳しく知らないし、当事者じゃないから、大変だったねとか辛かったねとかは言えないし言うつもりもない。……けど、心の中に溜まりきった黒い感情に蓋をしろとは言わないし、言うつもりもないよ。
だって知り合って数日だけど、夏凪さんは優しいし、すごく頑張り屋さんだって思ってるから。だから、苦しいときは苦しいって叫んでもいいし、悲しいってときは力いっぱい泣いてもいいし、助けてって言いたいときは助けてって言って良いんだよ。……まあ、頼れない人は居たりするけど、少なくともボクは頼って欲しいって思うよ」
戸惑うアタシへと、木花さんは囁くように言います。
多分、慰めてくれているのかも知れません……、そしてそんな言葉にアタシは…………わんわんと泣いていました。
アタシ自身気づいていなかったけれど、限界だったのかも知れませんし……誰かに助けてほしいって心から思っていたのかも知れません。
だから、自分でも理解できない何かを叫びながら泣き続けていたのですが、木花さんは抱きしめたまま話を聞いていて、時折あやすように背中や頭を撫でてくれました。
……1時間ぐらい泣き続けて、喉と目がヒリヒリし始めたころ……ようやくアタシは木花さんから離れました。
「ぐすっ、お……てすう、おかけしました……」
「別に良いよ。でも、かなり溜め込んでたね。……具合はどう?」
「えっと、はい……だいじょうぶ、です」
目をグシグシしながら涙を拭うアタシへと木花さんは近づき、目元を拭いつつ尋ねます。
その言葉に何処かスッキリした自分が居るということを理解し、こくんと頷くと……木花さんは優しく微笑んだ。
「うん、ならよかった」
「あ、りがとう……ございます」
純粋にアタシを心配してくれていたという微笑みに心が温かくなるのを感じ、お礼を言います。
そんなアタシへと木花さんはもう一度訊ねました。
「それで……夏凪さんには、カメ吉の脱皮した甲羅を殴って鍛えるってことをしてもらおうと思うんだけど、大丈夫?」
「は、はいっ、やってみます!!」
「じゃあ、ボクもうろ覚えだけど……空手の正拳突きしてみようか。こんな感じでこうやって、こう――で行けばいいから」
抱きしめられたからか、心臓がドキドキする。
自分はひとりじゃないってわかって、心がポカポカする。
(……木花さんに、いいとこみせたい)
そんな風に思いながら、アタシは教えてもらったやりかたで正拳突きを放ちました。
――――痛かった。
「い――――~~~~っっ!」
教えられた通りの正拳突きをカメ吉さんの甲羅に放ち、少しすると殴ったときの衝撃が一気に全身を駆けめぐるように突き抜けました。
その痛みに耐え切れず、アタシはその場でゴロゴロと悶えますが……ほんっとうに痛いです!!
「えっと、大丈夫?」
「だ、大丈夫じゃないですぅ……」
心配そうに見てくる木花さんにアタシは答えます……。
そして、この日から地上に戻ることが出来るまでの間、アタシは木花さんと組手とカメ吉さんの甲羅を割ることを目標にしました。
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