第30話
収穫が終わった麦畑を操作し、周囲に残っていた麦の穂の根を土の養分に変化させるとそこは既にフカフカの畑となっていた。
しかしすぐに麦を成長させようとしてもいい感じの物が出来ないみたいだからクールタイムが必要らしい。
なのでクールタイムが終わるまでボクはそこを訓練場とすることにした。
そして、今ボクは動きやすい服装に着替え、向こうを見る。
視線の先には夏凪さんも動きやすいラフな格好……と言っても、出会ったときに着ていたダウンジャケット風の防具とリュックを外した状態で準備体操をしていた。
「うん、っしょ……! よい、しょ――!」
「……うわ、すご」
ついポツリと漏れてしまう。だって、準備体操の度にグイングイン、ブルンブルン、バインバインって感じに胸部装甲が動いてるんだよ?
ボクからしてはちょっとした嫉妬と羨望を抱いたりするけど、男性だったら欲望の視線を向けるだろうね。いや、向けられてたから結構気にしてるんだろうな。
でもそんな彼女に突き立てられたのは理不尽なイジメ……。正直やってられないね。
「準備運動終わりました!」
「じゃあ、はじめようか。……かかってきて」
「はい!」
ボクの言葉を聞いた瞬間、夏凪さんは威勢のいい返事とともに勢いよく跳びかかった。
……勢いよく跳びかかったのは良いんだけど。
「――きゃうっ!?」
「一直線すぎるから反応されやすい。あと勢いだけで突っ込んだらカウンターを受けるからね」
「は、はいぃ……」
一気に距離を詰めて掴みかかろうとしてきた瞬間、片足を軸に立ち位置を変えると一瞬ビックリした夏凪さんの地面を踏みしめていた足を払う。
すると彼女の体は自身の勢いのままグルリと空中を転がり、そのまま飛んでしまいそうになっていたため……彼女のお腹が天を向いた瞬間に地面に押さえつけた。
結果、彼女は勢いよく跳びかかったと思ったら何時の間にか地面に倒れていたという風になっていた。
「今は転ばされただけだったけど、相手が相手だと命の危険があるからね?
例えば跳びかかったときに槍を構えられてたら、例えば転ばされたときに剣を突き立てられたら、例えば今みたいに倒されたときに集団で襲いかかられたら……例えを上げたらこれぐらいあるけど、実際はもっとあると思う」
「けほけほ、はい……。気を付けます……」
押さえつけてた手を夏凪さんの胸から放すと彼女はフラフラと立ち上がりながら返事をする。
……改めて思うけど夏凪さんの耐久力はかなり高いと思う。
だって、お腹を押さえつけたボクの手は綺麗に沈んでいたから、しばらくの間は呼吸が出来なくなってたりするはずなのに……少しフラフラしながらも立ち上がってる。
「……イジメられて打たれ強くなったか、それとも母親の血か……」
「木花さん、もう一回お願いします!」
「わかった」
元気に夏凪さんはそう言うとボクは頷き、もう一回行う。
……ただし、さっきまでと変わりがなかった。
多分だけど……いや、十中八九ちゃんとした戦いかたを彼女は知らないんだ。
そう思いつつ、どうしてこうなったのかを思い返すことにした。
〇
カメ吉におにぎりを与えて少しして、夏凪さんのところに戻ると彼女に現状を伝える。
ちなみにおかゆはきちんと食べていた。
「とりあえず、数日したら地上に戻れるからそれまではゆっくり休むと良いよ」
「あ、あの、木花さん……!」
「なに?」
「その、あの、ありがとう……ございました! その、えっと……地上に戻るのが数日かかるのなら、あの、その……えっと……」
「落ち着いて。ボクは居なくならないし、言いたいことはちゃんと言ったほうが良いから」
夏凪さんは頭を下げ、再び顔をこっちに向けたとき(>_<)といった感じの表情をしながら言いたいことを言おうとしているようだったけど、思い浮かばない様子だった。
そんな彼女に落ち着くように言うと、彼女はすうはあと深呼吸をし……少し落ち着いたみたいで改めてボクを見た。
「す、数日間だけでも良いのでっ! と、と、特訓! してくださいっ!!」
「……特訓?」
ポカンとしながら問い返すと夏凪さんはブンブンと首を縦に振る。
え? 何で? えぇ?
そんなボクの戸惑いを代弁するように夏凪さんは語る。
「は、配信動画で見ました! 木花さんが、コカトリスやミノタウロス、それにオークをばったばったと倒していくのをっ。だから、特訓、してほしいんです!」
夏凪さんは目一杯の声で大きく言う。
……顔が赤くなっているのを見るかぎり、こんなことを言うのが恥ずかしいというのと口下手だけど精一杯の勇気を振り絞って言っているのが分かる。
でも、ボクが教えることが出来ることってあるかなぁ? ボク自身、戦いかたは自然と身に着けた……というよりも捌きかたを理解したら自然とこんな感じの戦いかたになったんだよね。
けどそう言っても夏凪さんは納得なんてしないと思う。……どうしよ。
「だめ……ですか?」
「う……っ、特訓うんぬんお願いされても、ボクはちゃんとした戦いかたを教えることなんて……」
『だったらさ~、くみてって言うのをしたらいいんじゃない~?』
うるうるとした瞳で見てくる夏凪さんにどう対応したらいいか悩んでいると、カメ吉が提案してきた。
その言葉にボクと夏凪さんがカメ吉のほうを向くと、カメ吉はニコ~ッと笑顔を向けた。
「カメ吉? くみてって?」
『ハカセが退屈だろうって動画を見せてくれてたんだけど~、特訓とか修行ってやつで戦って強くなるっていうアレだよ~』
「あ、組手か……え、それって大丈夫なの? ていうか、ハカセはいったい何を見せてるの……」
きっと、ボクが来ないからって寂しがっていたカメ吉に寂しい思いをさせないために色々してくれてたんだろうけど……。そう思うとハカセに対して感謝と同時にいったい何をしていたのかという疑問が浮かんでしまう。
今度ハカセになにを見せられていたのか聞いてみようかな。
「でも組手か……、正直なところ一度は戦ってみないとボクも夏凪さんの力量が分からないし、ちょうど良いかも?」
「っ! あ、ありがとうございます! カ、カメ吉さんもありがとうございます!」
『別にい~よ~。それよりもどこで組手をするの~?』
ペコペコ頭を下げる夏凪さんにカメ吉はのんびりと答える。
そっか、組手をする場所か……。
何処で組手を行うかを考え、思いついたのが麦畑の一部を刈り取ったこの訓練場だった。
●
「はあっ!!」
「だから勢いだけじゃ、どうしようもならないから――ねっ!」
「はぐっ! うぅ……またダメでしたぁ」
如何にも今から殴りますといった感じに走りながら、腕を引いて一気に夏凪さんは拳を前に突き出す。
だけど、そんな攻撃を受けるつもりなんてまったく無いため、軽くジャンプして彼女を飛び越えると跳び箱のように背中に両腕を押し付けて再び宙を舞い――くるくると回転しながら地面に着地。対する夏凪さんは地面に顔から突っ込んだ。
きっと体操選手だったら、10点がいくつも上がっているだろう。
「ぺっ、ぺっ! うぅ、口の中に土の味がしますぅ……」
「やっぱり夏凪さんはちゃんとした戦いかたを身に着けるべきだって思うよ? これまでダンジョンでどんな風に戦っていたの?」
「えっと、アタシは……『あんたは私らの盾になってりゃいいのよ!』って言われてて、盾を両手で持って前に立ってました……」
ボクの質問に夏凪さんは暗い表情をしながら答える。
……うわぁ、それって肉盾っていうやつだよね?
きっとパーティーメンバーにとって夏凪さんは仲間じゃなかった。だから酷いことをできたに違いない。
「……………………」
『わ~、まるでおれつえーってお話の主人公みたいだね~』
「そんなことないですよぉ」
「……イヤじゃ、なかったの?」
おれつえーが何なのか分からない。だけど、ちょっと……いや、かなり夏凪さんが不憫だって思った。
いや、不憫に思ったというよりも……うん、そうだ。酷いことをした人たちに腹が立ってるんだ。
だからボクは思ったことを聞いてみた。そんなボクの質問に夏凪さんは困ったように……ううん、愛想笑いといった感じに微笑んだ。
「初めはイヤでした。でも、いやだ。やめてって言っても、やめてくれなかったから……グッと堪えて我慢していました」
「……そう。カメ吉、脱皮した甲羅残ってる?」
『あるよ~、どうしたらいい~?』
「1枚出してくれない?」
『いいよ~。麦畑でいいよね~?』
「うん、手頃なサイズで良いから投げて」
『おっけ~』
だからボクはカメ吉にお願いする。
するとカメ吉は脱皮した甲羅を溜めているスペースから甲羅を1枚撃ち出した。
撃ち出された甲羅は本来だったら迎撃用だけど、今回はその用途じゃないと解ってるからカメ吉もカポンと気の抜けたような音を共に発射し……スーッと1メートル角ほどの大きさをした薄い脱皮殻が落ちてきた。
「これって、カメ吉さんの甲羅……ですか? これをいったい?」
「カメ吉の甲羅って凄く硬いんだけど、これを……こうっ!」
麦畑に落ちた甲羅を持ち上げ、麦畑に突き刺す。
フカフカの麦畑にカメ吉の甲羅は綺麗に突き刺さり、ちょっとやそっとじゃ動かなくなった。
試しに軽く叩いてみたけど、コンコンといい音が鳴る。
かなりの硬さで割れなさそうだ。それを確認してから、何が起きるのかと見ていた夏凪さんを見る。
「夏凪さん。ちょっとこの甲羅、殴り割ってみようか」
「…………はえ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます