第27話

【流視点】


「やはりダンジョン食材という時点で忌避感があるか……」


 次の食品会社に向かう中、溜息を吐く。

 営業としていくつかの食品会社に売り込みをかけた私だったが、結果は芳しくなかった。

 突然の訪問で何社かには難色を示されたけれど、元々付き合いがあった会社では話を聞いてもらえるようにはなっていた。

 しかし、取り扱っている物が何であるかを知ると申し訳なさそうに謝ってきた。

 けれど頭ごなしに追い返すということをしないだけ本当にマシだと思う。

 しかもその何社からは指摘もいただけた。


「ダンジョン食材への忌避以前に、食材が定期的にちゃんと供給がされるのかという意見もあったな……」


 だが言われてみたらその通りだと思う。

 現状ではダンジョンに入って食材を手に入れてくるのは木花さんひとりだけの上に、彼女が帰ってくるタイミングは不規則だ。

 だから突然、某社であったり某料理店が「○○が必要となった」と言われても一両日中に用意できるというわけではない。

 だが彼女以外に探索者を雇おうとしても、料理に関する知識が無いので鮮度の良い食材の収集は難しいと理解できた。探索者は食べる物よりもどちらかというと素材を使用して新たな装備を作ったり元々ある装備を強化するという考えが多いため、肉はいらないのだろう。

 色々と浮き彫りとなっていく問題点を感じていると社長兼所長である葉加瀬さんから連絡が来て、私は急遽かつては米どころで盛んであった新潟へと向かうこととなった。


 ●


 急いで駅へと向かい、新潟駅行きのリニアモーターカーの乗車券を購入。

 かつては新幹線で2時間ほどかかっていた新潟への旅だったが、リニアモーターカーの普及によりその移動時間は半分以下に抑えられており……席に座り遮蔽物で仕切られた線路の風景を見てしばらくするとあっという間に新潟駅へと到着した。

 そこから更に目的地に移動するべく葉加瀬さんから送られてきた目的地の住所に向かうためのルートを窓口に問い合わせると新潟駅から在来線に乗り、その駅からタクシーで移動するという方法が無難だということがわかった。

 案内窓口の職員さんに礼を言い、在来線に乗り込み1時間半の電車移動で目的地近くの駅へと到着。そこからタクシーを拾い、運転手に目的地の場所を告げる。

 すると……。


「この住所? お客さん、この場所はゴーストタウンだけど……良いんですか?」

「そうなのですか? けど、何もないところに所長が行くように言うわけがないので……それでいいのでお願いします」

「あいよ」


 告げた目的地を知っているのか運転手はそう言ったが、葉加瀬さんは何もないところへと自分に出張を依頼することはないと考え、目的地までタクシーを走らせてもらうようお願いすると胡散臭そうにしながらも運転手はタクシーを走らせる。

 その間に運転手にどうしてその場所がゴーストタウンになったのかと理由を尋ねると、この世界にダンジョンが発生したころに向かっている目的地近郊にある小高い山の中腹にもダンジョンが出来たからだそうだ。

 初めはダンジョンに対して脅威を感じていなかった住民たちは普通に暮らしていたようだったが……放置していた結果、ダンジョンからモンスターの氾濫が起きたという世界中のダンジョン災害の報道が流れ始めると徐々にそこから住民は居なくなったそうだ。

 まあ、モンスターに襲われる可能性があるなら逃げるに越したことはないだろう。


「まあ、幸いにもその山のダンジョンには探索者の前身となった奴らが送り込まれて、氾濫は起きることが無かったらしいんですけど……一度染みついた印象ってのは簡単には拭えないらしくてさ、気づけばゴーストタウンということらしいです」

「なるほど……」


 運転手の話を聞きながら、そういう話は世界中を探したら何処にでもあるだろうと納得し窓の外を眺める。

 少なからず人が居た駅前から商店街を抜け、今は休耕地となっている田んぼが視界に映る。……かつては米どころと言われていたからそこでは稲作が行われていたのだろう。

 在りし日の思い出を想像しながら運転手の話を聞くと、ゴーストタウンとなったそこは今では時折廃墟マニアの配信者やオカルト好きの者たちが肝試しに来るという場所となっているそうだ。

 ちなみに葉加瀬さんからある程度のダンジョンに関する知識は教えられたので、そのダンジョンはダンジョンの要であるダンジョンコアが破壊されて廃ダンジョンとなっているのだと理解できる。


「なるほど……。でも誰かが住んでいたりしないのですか? 例えばホームレスとか」

「あー……何か聞いた話だと、ゴーストタウンに訪れた人たちの殆どはこの場には居たくないって言ってるらしいんですよ――っ!?」


 どんな感じのゴーストタウンとなっているのかはわからないけれど、雨風を防ぐことが出来るなら家がない者たちが住み着く可能性がないだろうかと思いつつ訊ねる。

 その質問に運転手が答えてくれていたけれど、不意にゾクリとした寒気が全身を襲った。

 まるで心臓をギュッと鷲掴みされたかのような感覚、さらには首筋には切れ味が鋭いナイフを突き立てられたような寒気だ。


「っ!? い、いまのは……?」

「お、お客さんも……感じました?」


 日常的に感じるようなものではないようで、運転していた運転手も車をいったん止め……若干顔を青ざめさせながらこちらを向く。

 これはいったい何なんだろうか?

 そう思いながら窓から周囲を見渡すとあることに気づく。

 それは休耕地の田畑の縁なのだが……、綺麗に刈り取られている雑草がある一定の境界を境にするように刈り取りは行われておらず伸び放題だった。


「偶然……か?」

「お、お客さん……。と、とにかく向かいますね……」


 震えた声で運転手が言い、頷くと再びタクシーは走り出す。

 そして伸びきった雑草が道路にはみ出しはじめていると、所々に家々が見え始めた。

 若干新しい造りの家だったり、昔ながらの日本家屋だったり、洋風建築の住宅であったりと様々な家が見え始めるのだが……そのどれもが手入れがされていないのか家の壁やフェンスにツタが絡んでおり、家によってはガラスがが割れていたりするのが見えた。

 ……そんな家の中に人の姿が見えたりしたらホラーとしか言えないだろう。そう思いながら時計を見ると時刻は18時を過ぎたところ。

 正直、夜には居たいと思わない場所だが……最悪なことに夜となっていく。

 薄暗くなり始めた外には道路沿いに立つようにして電信柱が立っているけれど、そこには電気が通っていないようで電灯が点いている様子はない。

 そう思っていると徐々に太陽は傾いて、夕焼け空だった空の色は夜に染まり始めていた。


「えっと、だ……大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です! そ、それより、もうすぐ目的地ですんで!!」

「は、はい」


 全身をガクガク震わせながらタクシーを走らせる運転手に声をかけると、若干ヤケクソ気味な様子なのか怒鳴るように答えられた。

 ……本当に大丈夫だろうか? そんな不安が私の脳裏を過ぎるけれど、落ち着くようには言えない。

 そうして、声をかけてから5分ほど経過するとキキィッ!と急ブレーキを踏むようにしてタクシーは停車した。


「お客さん! 到着しましたよ!!」

「あ、ありがとうございます。……えっと、ここで待ってもらうことは――「無茶言わないでください!!」――で、ですよね。ありがとうございます」


 かなりキレ気味に返答され、早く降りろと言わんばかりにお金を払わされながらタクシーから降りると……タクシーは即座にドアを閉めて、道路を急速に走り出し方向転換すると今来た道を猛スピードで走り去っていった。

 ……帰りに事故らなければ良いが、それは運転手の精神次第だろうか。

 そんな焦った運転手が事故らないよう祈りつつ、私は周囲を見渡す。


「暗い……としか言いようがないけれど、そこに人が住んでいない、電気が通っていないというだけでこれほどまでに暗く重たい空気になるのか……」


 間近の視界は暗いながらもうっすらと見えるのだが、2メートル先からはまったく見えない。あるのは暗闇だけだ。

 灯りとなるものはないかと考えながら荷物を見るけれど、あるのはスマートフォンしかない。いや、葉加瀬さんから渡されていた緊急時用のガジェットもあるがライト機能はないだろう。

 スマートフォンの待機画面を覗きバッテリー残量を見る……、電池マークから見て一応50%を切ったところだった。


「モバイルバッテリーで充電して、容量が足りると良いけど……大丈夫だろう」


 呟きながらスマートフォンのライトをONにすると、背面のカメラレンズの隣から光が放たれる。

 これである程度はわかる。そう思いながら目的地である【夏凪家】を探すために周囲の家の表札を見ていく。

 カツカツと革靴が地面を歩く音が響き渡り、周囲の音は聞こえない。

 それに薄気味悪さを感じつつ、一軒一軒家々を見ていく。

 隣同士の家々がほとんどピッタリと重なるように造られた数件の家。

 欧風建築のような鉄製で先端が尖った柵は鉄製なのかすっかりと錆びており所々が折れている……そんな柵に囲まれた大き目な家。

 この場所がゴーストタウンになる直前に建てられたと思われるひと昔前に主流だった賃貸住宅。


「ないな……」


 徐々に減っていくスマートフォンのバッテリー。

 少しずつ暗くなっていく周囲。正直自宅に帰りたい……。

 そう思いながらこの通りの最後の家となった表札を見る……木で作られた表札には【夏凪】と――あった。

 けれど、これはどう見ても誰も住んでいなさそうに見えたが……、本当に居るのだろうか?

 そう思いながらライトに照らされた【夏凪家】を見るが、その家は昭和初期頃に建てられたであろう古い日本家屋だった。

 建物は錆びきった波板の途端が打ちつけられたり、少し沈み始めた瓦張りの屋根、大きな人が出入り出来そうな窓の前の木柵にはツタが絡まっていた。その他にも所々年季が入っているようで色褪せているのも見えた。


「居ると良いのだけど……あ、だけど玄関脇にあるドアフォンは繋がるのか? 電気なんて通っていないはず……」


 玄関横のドアフォンを押そうとしたのだがそのことに気づき、悩むも一度押してみるべきだろうと考えて押してみる。

 ギシッと軋むようにボタンは沈むけれど……、押された感触なんて無かった。

 だが、やはり電気は通っていないようで、ドアフォン独特のチャイムの音は家の中からは聞こえない。


「聞こえると良いけど……」


 そう思いながら玄関扉を軽く叩く、するとガラス張りの扉はバシバシと叩いた箇所から響くように周囲に音を立て、叩いた本人であったが思わずビクッとしてしまう。

 少しすると響いた音は止み、周囲は再び静かになる。

 だが、再びの静寂のお陰か周囲に虫の音が聞こえ、遠くからはフクロウだと思われる鳥の鳴き声が聞こえることに気づいた。

 田舎の風景と言えば聞こえはいいかも知れないが、生憎とここは田舎ではなくゴーストタウンであるため……人の気配というものが感じられない。

 それを理解した瞬間、忘れ去っていた自分一人だけという恐怖が思い出され……脚がガクガクと震えてしまった。正直、その場に座り込んでしまいそうになるが……自分はある程度の年齢であり、男性であるため必死に堪える。

 見ている人は居ないとしても、そんな醜態は見せられはしない。

 そんな風に気持ちをもう一度引き締めていると……背後から声がかけられた。


「……何方です?」

「ひょっ!? え、あ……」


 淡々とした声がして驚き、ビクッと体を跳ねながら情けない声が漏らしてしまうがその勢いのまま急いで振り返り、持っていたスマートフォンに暗がりが照らされる。

 そこには……白い着物を着た黒く長い髪をした女性が立っていた。

 女性は和風美人という言葉が似合いそうなクールな印象を感じさせ、見た目は20代後半を思わせた。

 そして女性はこの姿のまま、まるで先ほどまで水に沈んでいたというように全身が濡れており、長い黒髪と白い着物は体にぺっとりと貼りついていた。……そして私がかざしたスマートフォンのライトに照らされた白い着物はうっすらと透けており、女性の肢体を艶めかしく彩っていた。


「っ! し、失礼……っ、入浴中でしたか」

「入浴……有体に言えばそうですね。それで、貴方は何方です?」


 失礼だと感じ女性から視線を逸らし、謝罪しながら訊ねると彼女はまるで気にしていないとでも言うように返事をしてからもう一度私に尋ねた。

 ……なんだろう、女性が訊ねた瞬間、急激に周囲の温度が冷えた気がした。

 けれどそれは気のせいだと感じながら、自己紹介を始めた。


「あ、私、フーヨ魔道具研究所所属の流と言います。夏凪……逢花さんでよろしいでしょうか?」

「ええ、わたくしが夏凪逢花です」

「よかった。……それで、少々よろしいでしょうか? その、娘さんの件でお話がありまして――っ!?」


 淡々とした喋りに人間味を感じないと感じつつも、用件を済ませようと本題に入ることにした。多分、本能がこの女性に関わるべきではないと訴えかけたに違いない。

 瞬間、息ができなくなった。


「…………そうか。貴様も我が娘を愚弄する愚か者のひとりか……」

「――っ!? っっ!! ――!!」


 なんだ、これは? 息が……出来ない?

 女性の声の質が変わったように感じた瞬間、周囲の空気がさらに重く感じ……直後周囲が炎に包まれた。

 周囲を囲むように燃え上がり始めた炎に驚きつつも、まるで高温のサウナに放り込まれたかのように口の中の水分が渇いてしまい、一瞬で喋れなくなるほどに乾燥してしまい堪らずその場にしゃがみ込んでしまう。

 いったい何が起きたのかと戸惑いつつ女性を見ると、彼女の体が高温であることを知らせるように、しゅうしゅうと水蒸気が上がり……濡れていた体と身に着けた着物が即座に乾燥していく。

 さらに湯気が上がる女性の頭部に人間には見られないものが見えるのは気のせいだろうか?

 そんな異様な光景を見た瞬間、生き物としての本能が叫んだ。目の前の女性は、夏凪逢花氏は自分たちとは違う存在であるのだと。

 必死に逃げろと体に訴えかけるも、私の体はまったく動かない。恐怖と混乱、脱水症状と酸欠、そして初めて感じる死の瞬間に全身が麻痺しているのだ。


「懲りずに再び来るとはな。やはり見せしめにひとりは消し炭にしておくべきだったか」


 不穏なことを言いながら女性は私に近づき、手を伸ばしてくる。その手は普通の女性らしい細く柔らかそうな手に見えるのだが……恐怖を感じる。

 私はここで死ぬのか? 妻と子を残して? い、いやだ。必死に死にたくないと声を上げようとするがカチカチと歯が鳴るだけ。

 そんな私を無視するように女性の伸ばした手は私の首へと近づく。

 首を掴まれた瞬間、どうなるのか。それが分からないまま、意識を手放そうとした瞬間――胸元に入れていた葉加瀬さんに渡されたガジェットが光り、その光は段々と大きくなり私を包みこんだ。

 直後、葉加瀬さんの声が響いた。


『――っちょ、ちょい待ち! ちょい待ち!!』

「誰だ?」

「は、かせ……さん?」


 胸元から聞こえる葉加瀬さんの声に半ば驚きつつ声をかけるが、心のどこかで助かったと思ってしまっていた。

 するとガジェットが胸元から自ら出たかのように落ち、レンズ部分からホログラム投影されるように葉加瀬さんが姿を現した。


『気が立ってるのはわかるんやけど、即座に殺そうとするのはどうかと思うわ』

「何を言うかと思えば……。見せしめなのだから当りまえであろう?」

『あんたにとってはそうなんやろうけど、無関係のもんを殺しても相手にはダメージなんてないやろ』

「そうか?」

『せや。それに、流はんが言おうとしてたことを最後まで聞き。娘さんやけど――』


 だからだろう。彼女たちが何かを会話しているようだったが私には殆ど聞き取れず……、何時の間にか気を失っていた。

 なので、この会話の後どうなったのかはわからない。……なお、危険手当としてかなり多めの報酬が渡されたとだけは言っておく。

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