第28話 苦労人たちと自身の愚行に気づかぬ者たち

【探索者ギルド日本支部ギルドマスター室】


 探索者ギルド日本支部ギルドマスターである彼の朝は大量の胃薬服用から始まる。

 少し前まではギルド内に与えられた自室で目を覚ますとインスタントで淹れた濃いめのコーヒーで眠気を覚まし、ギルド内に併設された食堂でバターが染み込んだトーストとトロトロのスクランブルエッグにカリカリに焼いたベーコンの食事がベストであったのだが、ほぼ毎日毎日来る探索者や市民からの苦情の数々、夜遅くまで職員たちと共に居残っても終わることがない残務処理に食欲は失せていった。

 日付が変わってから戻った自室に設置されたシャワーの後にいただいていた酒と肴も最近では受け付けない。

 美味しかったはずのジャーキーやスナックも、水のように飲むことが出来ていた酎ハイも飲む気にもなれないのだ。

 そんな彼はまるでこれが食事と言わんばかりに、片手にてんこ盛りに盛られた胃薬を口に入れると大量の水でそれを呑み込む。


「んぐ、んぐ、んぐ……ぷはぁ……。さて、今日も頑張ろうか……」


 キリキリと痛む胃を擦りながら、彼は探索者ギルドの制服に着替えると自室から出る。

 自室から出ると彼と同じような表情をした職員たちもゾンビのような足取りで職場へと向かう。

 どう考えても社畜たちの群れである。

 社畜ゾンビたちはそれぞれの業務を行う。死に顔みたいな顔をにっこにこの微笑みに変え、セクハラ紛いなことを言う探索者の応対や依頼の受注が行われる。

 そしてギルドマスターも支部のトップである彼のために用意された執務室に入ると、既に到着していたらしき秘書が気づき挨拶をする。

 ちなみに扉が開かれる数秒前まで立って眠っていたが、気づかれてはいないと思っているが気づかれていた。


「おはようございます……、ギルドマスター……」

「ああ、おはよう……。その、大丈夫か……?」

「そういうギルドマスターこそ、大丈夫ですか……?」

「HAHAHA……、もういやだぁぁぁぁぁぁぁっ! 残業もクレーム対応ももういやだぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 椅子に座り、ドンドンと置かれていく書類を見ながら会話をする2人であったがアメリカンジョークを口にしようとするも……やはり限界だったようで、ギルドマスターは頭を抱える。

 しかし無理もないだろう。何故ならここ最近の探索者ギルドが忙しい理由である苦情の大半は探索者ギルドが関係が無い状況から起きたものばかりなのだから。


「ダンジョンの変動なんて予測できるわけがないだろうが! だというのに、パーティーメンバーを救うために犠牲となった勇敢な少女が死んだのは探索者ギルドが無能だったからだとか言われても無理言うな!

 しかも長い間押さえつけることができていたの枷が取られて、現在は行方不明とか笑えないっての!?」

「一応、配信に出ていましたね……彼女」

「そうなんだよね。出てたんだよねぇ……はあ、美味しそうな料理だったよ」

「ですね……。そういえば地竜で思い出しましたが……相方のほうからメールが来ていましたよ」

「ああ、ハカセさんから? 内容は?」

「………………今の地獄がさらに地獄になるものです」

「おっふ……。とりあえず、見せてくれる?」


 秘書の言葉にギルドマスターから声が漏れ、そのまま送られてきたメールをギルドマスター専用のパッドに転送させてもらう。

 送られてきたメールを操作し、内容を確認していくと……ギルドマスターの表情は段々と赤く怒りの色に染まり始めた。事前に確認していた秘書も同じような感情を抱いていたようで彼は何も言わない。

 けれどひと通り見終わったギルドマスターを見てから、ひと言。


「……探索者学校の質はこれほどまでに低下していたとは……嘆かわしいですね」

「元々探索者という職業は粗野な者たちの集まりだと思われているとしても……これはあまりにも酷すぎるな。彼女らは人間なのか?」

「人間ですね。それも学校側の経営に口出し出来る親族がいるっていう最悪な人間です。あ、気づいておられるか分かりませんがメール最後の忠告を確認してください」

「ああ、わか……った。は? え……? ちょ、ちょっと待て……え?」


 書かれていたメールの内容、それを見て信じられないとばかりにギルドマスターはパッドを操作し、ギルド内でちょっとハッキングすれば見ることが出来るようにしている機密文書を開く。

 そして項目を幾つか確認し、そこに並ぶ名前を確認……そしてとある項目を見た瞬間、頭を抱え――叫んだ。


「ど――どちくしょぉぉぉぉぉぉ!! あの馬鹿ども、なに普通に処理されていないのに爆発しないって思いこんでる不発弾を笑顔で殴るようなことをしてるかなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「……呪いの中で【鬼】は制御なんてまったくできないし、一度呪いを受けている者がキレてしまうと怒りが収まるまで周囲を巻き込みますからね……。どうします?」

「すぐに、世界本部に連絡をする。色々と動き出すこと間違いなしだ。これは……我々の手にはまったく負えることじゃない」

「わかりました。すぐに連絡をする手筈を行います」


 ギルドマスターの指示に従い、秘書は探索者ギルド世界本部へと連絡を行うために専用の端末を取り出しに行く。

 通常世界本部へと連絡を行う端末は非常事態が起きない限りは保管されているものであるため、探索者ギルドの保管庫に保管されている。

 それを取りに向かう秘書を見送りつつ、ギルドマスターは大きく溜息を吐く。


「一部の探索者学校では一部生徒への贔屓、教師たちの見て見ぬふり、その結果がかなり危険な爆弾の導火線に着火した。

 一方では地上産の食材を提供していた高級店とその店を懇意にしていたバカのせいで、地上産の食材の提供が著しく下がったらしいし……今まで黙っていてもらっていた地竜が動き出した。……まったく、バカしかいないのか」


 部屋の天井を見ながら、ギルドマスターはもう一度溜息を吐きつつ……胃薬の量を増やすべきかと考えるのであった。


 ▲


【ファミリーレストラン心根店内】


「ようやく店のリニューアルが終わった! 後はゲストを呼んで大々的に店の宣伝をするだけだ!!」


 新築のにおいが漂う店主用の部屋の中で、店主である男性は意気揚々と笑う。

 これまであった昔ながらの建物の中に無駄に高級レストランのような見た目をしていた店内であったファミリーレストラン心根は半年の休業期間を終えて新たな店に変貌を遂げた。

 昔ながらの建物は取り壊され、一目で高級レストランであると解るようなゴージャスな見た目、店内は取って付けたような高級レストランではなく本当の高級レストランといった豪奢なシャンデリアが取りつけられ、床にはビロードの絨毯が敷かれており、テーブルも椅子も最高級品質の物を使用している。更には料理を盛り付けるための皿などの食器も高級品を買い付け使用するように心掛ける。


「あの小娘がとっとと出ていくか、権限をすべて渡せばもっと早く建て替えることが出来たというのに。だがまあ、これからがファミリーレストラン心根――いや、高級レストラン心根の新たな幕開けだ!」


 半年前に怒りながら出ていった前店主である彼の父親にお気に入りであった少女を思い出すと店主は苛立ちを隠せない。

 けれどこれまで出来なかったことに仕返しとして、常連であり、あの日店主とともに罵声を浴びせられた金有に少女の情報を渡したことによって少女は料理人としての資格は奪われた。それを聞いて店主の胸はスカッとした。

 それを聞いた日は何時も飲む酒の味がより美味しく感じられたのはきっと気のせいではないだろう。

 そんな風に余韻に浸っていた店主であったが、部屋の扉がノックされ正気に戻る。


「誰だ?」

「ふ、副料理長です。て、店主、よろしいでしょうか?」


 部屋に入ってきた副料理長である中年男性は上の立場の物には逆らうなという精神なのか、それとも横暴な店主と料理長となった暴君な店主息子のせいでストレスを抱えているからか疲れた様子を見せていた。

 そんな彼の様子に疑問など抱かず、店主は訝しげながら問いかける。


「副料理長か? いったい何の用だ?」

「えっと、食材のことでお話が……」

「食材のことで? 肉や魚も地上産の高級食材を用意しているだろう? それに野菜もうちが持っている農場から届いているだろうが」

「い、いえ、肉と魚は届いて冷蔵庫に入れているのですが、野菜が……」

「は? なんだと?」


 副料理長の言葉に店主はポカンとし、聞き返す。

 けれど信じられないとばかりに彼は副料理長とともに厨房へと向かう。


「いったいどうしたというんだ!」

「あ、親父! これを見てくれよ!」

「なんだ、これは!?」


 厨房に入った店主へと彼の息子は半分に切ったジャガイモを見せる。

 見た目は良く育った拳大ほどだったジャガイモ。しかしその中は虫食いだらけであったり、黒ずんでいたりと食べられる様子ではなかった。

 他の料理人たちも野菜を開いているのだが……キャベツは中が空洞であったり、葉が腐っていた。人参も玉ねぎも、虫食い穴であったり、腐っていたりと……要するにどれもこれも食べれる様子はなかった。


「いったいどういうことだ!? 農場の管理者たちはいったい何をしている!!」

「そ、それが……これらはそうなのです……」

「なっ!? ど、どういうことだ!?」

「おい、答えろよ! ほら、はやく答えろ!!」


 縮こまりながら副料理長が言うと、その言葉に反応した店主親子が詰め寄る。

 それに怯えつつ彼は農場の説明を行ったのだが……農場の殆どの野菜が育たなくなってしまっていたらしく、芽を出していた畑も土がまるで砂のように……栄養がまったく無い土となっていたようで芽が出た数日で枯れてしまったという。


「なんだと!? 何で話そうとしなかった!!」

「し、したそうです! ですが、店主は『お前たちでなんとかしろ』と言ったそうじゃないですか!?」

「……そういえば、言ったな」


 新しい店舗の内装を決める際に貰った連絡であったが、内装の方が大事であった店主は農場からの応答に適当に答えた。

 けれどここまで酷いものであったということに彼は若干驚いた様子であったが、彼の息子は自信満々に言う。


「親父、だったらこの野菜を使っていいように調理すればいいじゃねぇかよ!」

「お、おお、そうだな。ならやってくれるか?」

「任せろ! おら、とっとと動け!!」


 どこからそんな自信が湧いているのかわからないが、店主息子は心配そうにする料理人たちに罵声を浴びせながら調理を開始する。

 それを見ながら店主は息子を良く出来た息子だと感心する……のだが、隣に立つ副料理長は結果が見えているようで曇った表情を浮かべていた。

 こうして、ファミリーレストラン『心根』改め高級レストラン『心根』は崩壊へと進むのだった。


 ▲


【金有家リビング】


「ああくそっ! いったい何故わしがこんな目に遭わなければならん!!」


 本来であればグラス一杯10万はするウイスキーを彼――金有は水でも飲むように一気に飲み干すと荒々しくテーブルにグラスを置くと、怒気を吐き出すように荒く息を吐く。

 その表情は余裕など感じられないどころか、怒りに滲んでいた。


(それもこれもすべてはあの小娘が原因だ!!)


 つい最近、金有は各方面からの苦情で呼び出されていた。

 料理人組合からは探索者ギルドからの苦情による追及。

 探索者ギルドからは勝手にある人物の料理人資格の停止をしたという理由での叱責。


「わしはただ罵ってきた料理人に一生包丁が持てないように言っただけだというのに、何故こんな目に遭わなければならん!

 何が『折角、彼女を説得して地上に居てもらっていたというのに』だ! あの小娘にそんな価値があるとでも言うのか!?」


 苛立ちながら彼はグラスへとガバガバとウイスキーを注ぐと、味わうことなく一気に飲む。

 だが彼が苛立っているのは仕方ないだろう。何故なら料理人組合からの命令でしばらく料理店の品評を行うことが禁じられたのだから。


(くそっ、わしを誰だと思ってる!? わしはあの有名料理評論家の金有だぞ! わしの舌ひとつで料理店は繁盛するし、閉店に追い込むことだってできる! だというのに、こんなことが許されると言うのか!!)


 空となったグラスを握りしめながら金有は悔しそうに唇を噛む。

 しかし、金有が行っている料理の評論というものはかなりの適当であり……お金がかかっている上に味が濃い料理ほど美味しいと評価し、逆に繊細な味付けをしている――要するに出汁や素材本来の味にこだわった料理などの薄味系の料理は低評価としていた。

 さらに世間では『コクがある』とか『素材の味が生きている』といった口コミがある料理店では低評価だけでなく自身のコネを使い、その料理店への食材が卸されないという姑息な手段さえも取っていた。

 要するに金有は自身が認めた美味しいもの(世間一般では味が濃すぎてお世辞にも美味しいとは言えないもの)しか高評価しない厄介すぎる料理評論家であった。


「それに呪いとか訳の分からんことを! あの小娘がダンジョンで凄いモンスターを倒したとか? バカも休み休み言え! 凄いモンスターというのは超一流の探索者が倒すものだろう? まったく!」


 探索者ギルドでの口論で、金有が料理人の資格の停止をした少女の詳細が語られたが彼はまったく信じることはなかった。

 当然だろう。探索者というものがどんな存在であるかというものをまったく知る気もない金有にとって、モンスターと戦う者たちのイメージは屈強な男たちが重厚な鎧を身に纏い、大きな盾と剣を振るうといったものであるため、顔もまったく覚えていない小娘ひとりが危険レベルの存在であることなんて理解できるわけがない。


「ああくそっ! 腹立たしい!! ……くそっ、ウイスキーがもう空か。また新しい酒を――っと、そういえば腹が減ったな。

 そうだ、確か『心根』が装いを新たに開店するんだったな。どれ、味を見に行ってやろうか! おい、車を出せ!!」


 雫も垂れないボトルを見て舌打ちをする金有だったが懇意にしているレストランの開店を思い出し、お祝いがてら食事を楽しんで来ようと考えて働いている使用人に命令する。

 ……自分好みの味を楽しめると意気揚々の金有であったが、そこで彼は自身が起こした行動のツケを支払うことになるのだが、まだ知らない。

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