第26話
【ハカセ視点】
「しっかし……ダンジョンの変動が起きて、捨てられた階層を手に入れたら女の子もついてきたって、何処のハッピーセットやねん」
徹夜明けからの仮眠を椅子に座っていしていたウチやったけど、ココからの連絡で目が覚めて色々と話をした。
けど、本当に色々とした話やけど……色んな意味で濃すぎるわ。
少し前の中堅どころの探索者グループの配信チャンネルに現れて、料理を振るっていたのをアーカイブで見たから元気なのはわかってたけど、突然すぎるっちゅうねん。
「けど、ウチらが貰った
ま、それはココへ分けられた中にあるっちゅうことやろな。カメ吉は『移動』で、ウチは『知識』やから」
言いながらパソコンを弄り、画面に表示されたページを見るけど……胸糞悪いものが多いわ。
探索者学校北信越支部の招待制の裏掲示板、そこには夏凪くみんをバカにする書き込みが多々見られるし、多分……いや、十中八九イジメグループやろうけど下着姿の夏凪くみんを練習用の木剣で叩いている動画もアップされとった。
「やっとる奴らはクソやけど、他の奴らも大概やな……。これが次代の探索者なんて呆れるわ」
動画が進むと管理者による規制がされていないからか、夏凪くみんは裸にひん剥かれてしまい、袋叩き……そして本人はまったく悪くないのに、裸のまま土下座させられとった。
そして投稿された動画のコメントでは夏凪くみんの裸に興奮したのか『夜のオカズにした』とか、『役立たずでも、それぐらいの価値はいちおうはある』とかいう打った奴は絶対に男やと思うもんもあった。
あー、これ本当にクソすぎるやろ。てか、気持ち悪い。
いや、生きとるもんの生理現象はしゃーない。けど、サルすぎる動画を撮った奴らの行動と投稿されたコメントに吐き気がした。
「この動画で酷い目に遭っとる子が誰かは調べたら夏凪くみんって分かるやろうし……この動画と裏掲示板のアドレスとコピー、それとイジメを主導しとったグループのチャットの履歴のコピーを本部の自称常識マスターにでも送っとこうか」
顔を顰めつつ、裏掲示板とグループチャットのトーク画面が開かれていたものとは違ったページを見る。
表示されたベージは探索者ギルドが管理している機密事項のひとつやけど、ある程度のハッキング技術があるなら自由に見ても良いよと容認されとるもんやった。
……っちゅうよりも、それに関する依頼(拉致、暗殺といった後ろ暗いもん)が出た場合はちゃんと調べたらわかるから、悲惨なことになる前に調べましょうっちゅう意味が込められとるな。つまりは見逃してしまったらどうなるかも自己責任。
そう思いながらページを見ていると、とある項目表示の下にココの名前もある。一応ウチも一蓮托生しとるけど誤魔化してもらっとるから名前はない。
そして別の項目には夏凪
「そして、そこから下がるように夏凪くみんの名前もある。……多分これは未発現か、それとも親の因果が遺伝しとる可能性を危惧しとるってことやろな。で、夏凪逢花が件の母親っちゅうことやろ」
呟きながら探索者ギルド内を調べていくと、夏凪逢花の詳細が出てきた。
生年月日、何処出身か、年齢、危険度、犯罪歴などの簡易的なプロフィール。
……って、これは予想以上やな。
「っとと、忘れとった。流はんに出張依頼を出さへんとな――あ、もしもし、流はん? ちょっと出張してほしいところがあるんやけど、大丈夫か?
……ふむふむ、なら頼んますわ。出張費用と特別支給は後日ちゃんと渡すんで」
スマートフォンを操作し、営業中の流はんに悪いながらも依頼をする。
当然、彼は渋ったけど……泣く泣く頷いてくれた。
まあ、夏凪逢花が居る県まではリニアモーターカーで1時間だし、そこから現地へはレンタカーかタクシーで更に3時間ぐらいやから……今晩ごろには着くやろ。
そう思っとると部屋の扉がノックされ、入室許可を出すと流はんの奥さんが入ってきた。
同時に室内に揚げ物の香ばしいかおりが漂う。
「葉加瀬ちゃん、指示通りに渡されたコカトリスの肉を使って4つのやり方で塩からあげを作ってみたんだけど……これで良いかしら?」
すこし不安そうにしながら奥さんはテーブルの上に皿を4枚置く。
皿の上には1から4の紙が貼られ、からあげが2個ずつ乗っている。からあげはどれも香ばしいかおりを放っとった。――うん、見た目は美味しそうやな。
「奥さん、ありがとな。とりあえず試食したやろうけど、味はどうやった? 素直な感想で頼むわ」
「分かったわ。じゃあ、こっちの1番の皿のからあげは……とても食べられたものじゃなかったわ。そしてこっちの2番の皿は一応は食べれたけど苦みが強くて、こっちの3番はそこそこの味だけどパサつきすぎてて……最後の4番の皿は食べれたんだけど、こう……肉の味が強すぎたって感じね。
……当たり前だけど、木花ちゃんのようにすごく美味しい料理ってことにはならなかったわね……」
「なるほど……。それじゃあ食べさせてもらうわ」
ため息交じりの愚痴をこぼした奥さんの説明を聞いてから、ウチは作られたからあげを試食する。
まずは1の皿のからあげをひとつ齧る。さくりとした衣の食感が感じられたが最後まで噛み切ったときに広がったのは強烈な苦みと砂を噛んだような食感。からあげ特有のジューシーさも、塩味も感じられんかった。
どう考えても目の前のからあげは瘴気で不味くなっとるもんやった。
これは食べたらお腹も壊してしまうし、食べ続けたら仕舞いには慢性的な病気を患ってしまう。
「うへぇ……これは、きついなぁ」
「そうよね……」
申し訳ないけど口の中のからあげはティッシュで包んで捨てさせてもらった。すんません。
とりあえず1の皿に置かれたからあげは、片栗粉や塩、ニンニクや生姜といった調味料は地上産の物を使用して、肉を切り分けるのは市販されている普通の包丁を使用。
更には揚げる油も地上産のサラダ油を使用したもんやったけど……やっぱりこうなったか。
ちなみにココや一部のちゃんとしたダンジョン料理人は、ダンジョン食材の瘴気抜きが出来るから1番の皿の調理工程でも大抵は美味しいものが出来るようやった。
だけど、この実験は一般人がダンジョンから卸された食材で料理を作った際に美味しく作れるかという実験やから、美味しくならないのは仕方のないことやった。
「それじゃあ、今度は2番目の皿のもんを食べさせてもらうわ」
「どうぞ、あまり期待はしないでね」
2番の皿のからあげを取って齧る。……すこしジューシーさはあるけれど、パサつきが多いみたいやな。でも瘴気は感じられな……あ、この苦み、微かに瘴気を感じるわ。
2番の皿のからあげの調理には塩をココ謹製のダンジョン塩に変更して、ニンニクや生姜、それと衣に使った片栗粉は畑で取ったジャガイモを加工して作ったもんや。
地上産のもんばかりやって? ちゃうちゃう。
実は畑には魔石を砕いた物が肥料に混ぜられているんで、疑似的なダンジョン食材に近い物になっとる。
……が、やっぱり純粋なダンジョン食材とは違い、所々で差異が起きるけれど味に問題はないように思えた。
「ダンジョン食材を使用することで瘴気が発生しにくくなるようやけど、やっぱり若干の違和感が感じられるなぁ」
疑似ダンジョン食材が原因やろうか? それとも揚げる際に使用した油がやっぱり地上産だからやろうか……。けど純粋なダンジョン産の油はあったとしても揚げもんができるほどの量が取れていないはずや。
まあ、オークの背油でラードを作ったり、コカトリスや鳥系のモンスターの皮を焼き続けて取れるチーユを作ったらどうにかなるかやろうけど、トンカツや肉系の揚げもん以外には脂っこすぎることになるやろうから、オリーブオイルとか菜種油とかの植物油があったらええな。
新たな課題を考えつつ、続いて3番の皿のからあげを食べる。
「……これは、ちょいパサついとるけど、ちゃんとからあげやな」
「ええ、だけど使った部位から考えると、もっとジューシーになるはずだと思ったのにこうなってしまったの」
「なるほど。けど、食べてみたけど瘴気は発生しとらんな。やっぱり魔力が籠った道具を使ったからか?」
「そうなの? 苦みは感じられなかったけど……」
確かむね肉はジューシーさよりもさっぱり感が得られて、もも肉がジューシーさが際立っとるはず。
やから使ったのはむね肉やろうと思ったんやけど……奥さんの言いかたやと、もも肉よりの部位やったんやろうな。
だけど今言ったように、瘴気が発生しとる様子がないから食べれるようやった。
3番の皿は、使用した調理器具に魔力が充填された魔石を取り付けたものを使用して、1番の皿と同じように地上産の食材を利用して作ってもらった。
魔石から発せられる魔力でコーティングされた包丁、魔石からの魔力を伴った熱風が内部で発生して揚げ物をカラッと揚げることが出来るノンフライヤー。
作製した調理器具を使用することで、瘴気の発生は抑えられてとった。
けど地上産とダンジョン産の食材の相性の問題かやっぱり物足りんように感じた。
「それじゃあ、最後の4番の皿のからあげを食べさせてもらうで?」
「食べてみてちょうだい」
4番の皿のからあげを取ると口に運ぶ。……噛むたびにジューシーさが口の中に広がり、微かな塩味が効いていた。
これまでの皿と比べると美味しくてジューシーやな。
まあ、それが出来た理由としては……3番の皿と同じように魔力が籠った調理器具を使用して、なおかつ味付けや衣にはダンジョン食材を使ったからやな。
つまりは地上産の食材は一切使っていないわけや。
結果、口の中ではチキンの皮を被ったコカトリスが一心不乱で踊っとるようやった。……んやけど、こう……なんというか、そう、なんちゅうか……。
「味が足りないって気がするなぁ……。いや、味は濃厚で美味しいんやけど、こう……純粋に肉の味しかしないっちゅうか。なあ?」
そう、鶏肉の美味さがしっかり出た代わりに……料理をしたという感じが薄らいでしまっとった。
ノンフライヤーを使う際に肉に纏わせたのがココが残していったチーユを使ったのがあかんかったのか?
いや、それを使わんかったら少なからず瘴気が発生しとったかも知れんな。
「そうなのよね。私も食べたときにはジューシーだって思ったんだけど、食べていくにつれて肉のうま味がするんだけど……からあげ独特の味っていうの? それが感じられなかったわ。
やっぱり、からあげは鶏肉の味わいといっしょに、醤油や塩といった調味料に漬け込んだ味わいのコクもある物だって思うもの」
「ふむ……。やっぱり原因は調味料不足ってところか?」
「そう思うわ。調味料は言われたとおりに塩がメインで、それに生姜とニンニクを混ぜたけど……肉のうま味が強すぎたから調味料が足りない気がするわ」
ココとも何度も話していた会話。それは圧倒的な調味料不足。
現状では『料理のさしすせそ』で表される代表的な調味料の『し』しか手に入ってないから、圧倒的に味は塩オンリー。
ダンジョン食材で大豆が大量に手に入れることが出来たなら『せ』『そ』は作れるようになるかも知れん。麹のほうはダンジョンの未知のエネルギーでなんとかなるやろう……けど、どうにもならないのが現状やった。
「……はぁ、供給が止まることなくダンジョン食材が手に入れることが出来たらええんやけどなぁ」
「地上産の食材も調味料も日に日に高くなっていくみたいですから、どうなるんでしょうね……」
またため息を吐く奥さんやったけど、少し前のテレビで資金難で原材料の仕入れが不可能となったために閉鎖せざるを得なくなった醤油工場のニュースが思い出される。
他にも長い間、個人経営を行っていた調味料を作っている工房も畳んだりしているらしい。
……やっぱり、大豆とかの原材料もなんとかならんといけんなー。
ダンジョン食材産の調味料、夏凪くみん関連、地下のダンジョン、ダンジョン食材の流通。
やらんといけんことがが本当多いけど、出来るかぎりのことはやらんとな。
そんなことを考えながら、ウチはちょっとだけ遠くを見とった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます