第25話
【???視点】
階段を下りた先は黒い地面であった。
けれどその黒い大地の下には轟々と燃え盛る大火が内包されており、表面を黒く燃やしながら踏みしめる度に沈む地面の下に強烈な赤を見せつける。
熱波が吹き、肺が焦がされるために独特の呼吸へと自身の呼吸を発展させていかなければいけない。
そんな状態で、燃え盛る大地を踏みしめながら、我は歩く。我と同じように同行していた仲間たちも同じように大地を歩く。
上昇する気温に汗が垂れる。しかしすぐに焼けた火炎の熱さに汗は蒸発し……さらには皮膚が焼かれて乾燥する。
呼吸をする度に周囲の焼けた空気が肺を襲うけれど、大丈夫な空気を取り入れると残った焼けた空気もろとも残りを捨てる。
だが、その呼吸に慣れていない仲間のひとりが咽てしまう。
そんな仲間を気遣うように仲間のひとりがボトルに入った水を差し出すも、周囲の気温で水は熱湯となっており……うまく飲めないでいた。
それでも引くわけにもいかなかった。引くなら倒れるしかなかった。
我らにとっての引くということは『死』なのだから。
突如世界中に現れた……便宜上ダンジョンと呼ばれるようになったこの場所が、どんなものなのか全くわからない状況の中で我らはその奈落への道を歩き続けた。
牛人間のような見た目や豚頭の人間、巨大な鳥や魚、生物が混ざり合ったような見た目の化け物といった奇怪な見た目の生物が徘徊するようにうろつき、地上で見かけるジャガイモやナスなどといった野菜やりんごやミカンといった果物にそっくりな作物が地面や壁から生えていた。
いったい、この場所はなんなのか? そんな疑問を抱きながらも地下へ地下へと降り続けていた。
初めは探索した結果、温情を与えられるという約束でダンジョンを潜っていたけれどもダンジョンから与えられる恩恵に我らは魅了されていった。
戦うごとに上がっていく、人知を超えた身体能力。
物語で語られていた空想の異能――魔法。
見たこともない装備が手に入り、その凄まじい威力や恩恵は人の身を超えるものであった。
しかし潜っていく者たちに恩恵が与えられる反面、一人また一人とモンスターと呼称した生物と戦い倒れる者、自身が信じ続けていた現実を否定されたために精神に異常をきたし逃げ出した者もいた。
だが否定を受け入れた者たちは歓喜の声をあげた。
そんな経験をしながら、今まさに我らが降り立ったのはこの燃え盛る大地であった。
「大吹雪に包まれた世界、フランスの片田舎を彷彿させるような田園地帯、今にも崩れてしまいそうな真っ暗な洞窟の中と来て、燃え盛る大地ってか? 本当、いったいなんなんだよダンジョンってやつは?」
「知るか。突然こんなのが世界中に現れて、自分たちの手に負えないって理解したから俺たちのような奴らに依頼したんだろ?」
「危険だからって放置していた国もあったみたいだけど、なんか奇妙な生物が群れを成して地上に出て来たらしいぜ? そのときは軍が頑張って排除したけど、すぐに俺たちのような死刑囚を大量に放流したってよ」
すこしだけこの環境に耐えれるようになったからか、仲間のひとりが言う。
正直なところ、我らは俗にいう荒くれ者であり、世間からは極力距離を置かれる人材ばかりであった。
(試合でも生死で勝敗を決める系の)生粋の武闘家、(某有名実業家を呪い殺した実績があると言っている)自称呪術師、(一般市民が捕まった状態のバスを犯人もろとも爆弾を使って破壊させた)自身の正義のためなら何でもする殉教者、(信仰する神などはなく、自身の能力が何処まで通用するかを試したいと考え)サバイバルと称してテロリスト育成を無自覚で行っていた指導者。
そんな意味不明な上に、手に負えない職歴の狂った者たち。
群れることがないはずの我らは、国の指示により強制的にこの場所を捜索させられることとなった。
その際、ご丁寧に愛すべき家族や信頼する仲間を人質にしたり、多額のお金を支払うことを約束したり、小型の爆弾や逃げ出したと判断した瞬間にモニター越しの監視役による致死量の毒を打ち込む首輪を着けたりといったやさしいやさしいやり方で。
我も初めは嫌々であったが段々とダンジョンと呼ばれるこの場所の魅力にとりつかれてしまい、狂ったように地下へ地下へと人が減ろうと居り続けた。
試合では感じることが出来なかった興奮。
人間の殴る感触に興奮し、やめてくれと嘆いた男たち。そんな彼らが死ぬまで殴る蹴るを続ける日常。
それが我を殺そうと襲いかかる牛人間や豚人間。
それらは自身が不利であるにもかかわらず、我らを襲い逃げる者も少なからず居る中で襲いかかってきていた。
生死をかけた戦いを何度も繰り広げることが出来るという幸せ、それ以上の幸せなどありはしないのだから!
それぐらい狂った者たちが我らであった。
「ゲーム好きのオタクとかだと、こう万歳しながら『リアルダンジョン来た!』とか言ったりしてゲームの世界観とかいうんだろうねぇ?」
「ハハッ、ちがいねぇ――っと、止まれ、向こうに何かいるぞ? ……しゃがんでる?」
「は? こんな燃え盛る大地にか? ケツが焼け爛れるぞ?」
笑い合う彼らであるが、歩き続ける地面の先に何かが座っていることに気づき立ち止まる。
すると我らが来たこと、立ち止まったことを待ってたというように座っていたそれは立ち上がり、こちらを見た。
赤黒い肌、白く荒々しく長い髪、隆々とした筋肉。そして頭から生える特徴的な物。
あれはまさに……。
「――――鬼? ――は? ぁぐへっ!?」
「「「は?」」」
「ぐぎゃああああああああっ!? あつっ、あついぃぃぃぃぃぃぃぃっ!! あつ――ぺげ」
誰かがそれの見た目を告げた瞬間、鬼の姿は消え――気づいたときには仲間のひとりの顔が鬼の手のひらに押しつぶされており、背中を焼けた地面に押し付けられていた。
あまりの熱さに悲鳴が上がり、必死に拘束を解こうとするもそれよりも先に鬼の手のひらは仲間の顔を完全に押しつぶし……死んだ。
手のひらの形に潰され、血と目玉が宙を舞い、地面に落ちると焼け焦げた臭いた漂うが即座に熱によって掻き消える。だが、残った肉体も焼けているため時折臭いが感じられる。
「てめぇ!! 何しやがるっ!!」
殺された仲間に怒りをあげながら、左右のホルダーからナイフを引き抜くと鬼へと襲い掛かる。
引き抜いた2本のナイフが鬼を切り刻むべく縦横無尽に振られ。――だが、鬼にはそれは見えているとでもいうようにスッと避け続けた。
『いおんふぃおうあいfなそい』
「な――くっ、放せ! はな――ごぼっ」
つまらん。と言っているかのように鬼は人間には聞き取れない声を発し、両手の中指と人差し指で摘まむようにナイフを挟む。
捕まれた仲間は鬼の指からナイフを取り外そうとするが叶わず、それどころか腹部へと膝を打ち込まれた。
瞬間、仲間の体はくの字に折れて宙に浮く……そして浮き上がった体が地面に降りると、ゆっくりと膝をつき――顔から地面に倒れ込んだ。
「膝を打ち込んだだけで内臓をズタズタにしたか……。格闘戦は危険すぎるようだが、遠距離の場合はどうだろうか?」
「退け! ダークショットを使う!」
冷静に分析していた我の背後から焦る仲間の声が響き渡り、直後彼の周囲に展開された複数の闇の塊が鬼に目がけて放たれる。
ダンジョンを潜りモンスターを倒し続けた結果、彼は魔法という異能に目覚めた。
現実では起きるはずがないと言われていた魔法が使えるようになり彼は歓喜し、1つだけだった闇の塊であるダークバレットをいくつも展開できるようになり――ダークショットと名付けて常用するようになっていた。
使用する回数は限られてしまうが、相手の体を穿つ効果を持っているダークバレットがいくつも展開されるため貴重な戦力となっている。
見るからに強者である鬼もこれにはダメージを受けるだろう。警戒しつつそう思っていると……闇の塊が自身へと当たる瞬間、鬼が全身に炎を纏わせた。
瞬間、轟と周囲の熱気が上がり、闇の塊は燃やされ消えてなくなる。
「な――っ!? ダークショットが!? バカなっ!!」
「っ! あの鬼、何かしてくるぞ!!」
「貴様ら! 体勢を低くしろっ!! 目一杯だ!!」
「っ!!」
自慢の攻撃が無力化され驚く彼を他所に鬼の動作に気づいた仲間が叫ぶ。瞬間、我は何をするのか見え、叫ぶ。
――何度もモンスターと戦い続けた結果、我も能力は目覚めていた。とはいっても相手が何をするのかという動作を一瞬だけ予測するという些細な物であったが、それは功を奏した。
我の叫びに急いで頭を下げた瞬間、鬼は何かを喋ると腕を振るう。
『gにあのにおgなおいうんヴぁおいな』
「「あ――――」」
燃える地面に両手を付け、手甲越しにやってくる熱さを堪えつつ全身を低くした。
直後、頭上を通り過ぎるように何かが通り抜ける。そして遅れて頭へと強烈な熱が襲う。
「くぅぅぅぅっ!!」
何をした? それは分からないが、何かをしたのは間違いない。
それを理解しつつ、立ち上がっても問題はないことを理解し体を起こし、周囲を見ると……ダークショットが無力化されて立ち尽くしていた仲間の下半身だけが残っていた。
そこから漂う焦げ臭いにおいで何かが通ったことがわかる。
「くそっ、熱すぎだろ! おい、大丈夫か!?」
「何が起きた!?」
「多分だが、あの鬼が纏った炎でなんかした!!」
「んなこたぁわかってる!」
生き残り立ち上がった仲間たちが口々に叫び、状況を確認する。
だがそれを許さないとばかりに鬼がゆっくりと近づくのに気づいた。
「まるで強者の余裕というやつだな……。だが、面白い」
「お、おい! 何をするつもりだ!? まさか戦う気か? やめろ【武闘家】!」
立ち上がり、我は笑みを浮かべる。
ちなみに今更だが……ここでは名前を呼ばず愛称で呼ばれていたが、我に与えられていた【武闘家】という呼び名はかなり好みであった。
……いや、そんな風に感傷を抱くのは死ぬときだったりするが、我は死ぬつもりなどない。だが、ここで死んだとしても本望だと思う。
初めに頭を潰されてしまった【殉教者】、下半身だけ残した【呪術師】、内臓をぐちゃぐちゃにされた【暗殺者】のように戦って死ねるのだから。
「貴様ら、ここは我が戦う。目の前の鬼、ずっと動きを見ていたが……こいつは強者を求めているに違いない。この我と同じように」
『gなうgんがんヴあほv?』
「何を言ってるのかは分からんが、貴様も我を愉しませてくれよ? おい、貴様らは離れてろ。または我を置いて逃げろ」
ダンジョンで見つけ、愛用するようになった手甲を打ち鳴らしながら鬼の前に近づくとまた雑魚が来たとでも言うような反応を見せる。
だが我が雑魚かはお前が決めろ。
「っ! 良いのか? 仲間意識なんてあってないような物だったんだぞ? 俺たちは見捨てるぞ?」
「構わん。監視役、届いているかは分からんが……こいつらはこの地獄の生き証人だ。丁重に持て成せとは言わんが最低限の生活は保障しろ。
この地獄を知ってる者と知らない者だと心構えは変わる。だから死ぬな。生きろ」
監視役の目が届いているかはわからない。けれど届いてほしいとは思うが……どうだろうか? いや、下手すると首輪は機能していないかも知れない。
だが良いだろう。少なくとも口八丁なものはお手の物だろうし。
そう考えながら、背後からの「死ぬなよ……」と小さい声が聞こえる中……我は鬼を見据える。
チラリと逃げる者たちを一瞥するも、我に視線を向けると首を鳴らす。
『gのあんがぬvな……』
「待っててやったのだから愉しませろ。そう言ってるように聞こえるな? まあいい、安心しろ。貴様が期待するような結果を見せてやろうではないかっ!!」
強敵を、目の前の死が形となった存在を前に燃える大地を力いっぱいに踏みしめ、手甲をはめた拳を鬼へと放つ。
大した効果がないと判断しているのか鬼は避けることなく、何度も何度も放つ拳を平然と受ける。
「ははっ、ははははっ! あはははははははははっ!!」
『んごあんgvなvぐなlkないうおgのあlbヴぁhヴj!!』
これまで感じたことのない焦燥と満足に笑みがこぼれる。
笑う、笑う、笑う。
何度目かの拳が放たれ、鬼の顔面に命中するも、大したダメージがない鬼であるが羽虫を払うように反撃とも呼べない裏拳が我の頬にめり込む。
放たれた裏拳により首がコキリと鳴り、回転するように体が横に吹き飛び、焼けた大地を転がり剥き出しの肌が焼かれる。
熱さと痛みに悲鳴が上がりそうになるもそれ以上に楽しかった。
死を前にした戦い。そうだ。これだ。これこそが我が味わいたかった戦いだ!
笑いながら立ち上がると再度鬼に向かい駆け出し、その勢いのまま丹田目がけて蹴りを打ち込む。
「硬い――なっ!!」
ブーツ越しに感じる感触は鉄を蹴るかのようであり、奥に沈むことなく止められてしまう。それでもさらに奥深くというように全身を躍動させて奥に進む。
ググッと足裏が腹に沈み、鬼の呻く声が漏れる。
『んふぉないぐvふぁ!!』
「あははは――がふ――かっ!」
驚きの表情を浮かべ、それを見て笑う我の足首を掴むと鬼は力任せに持ち上げ――地面に叩きつけた。
フワッとした浮遊感の直後に感じた背中への衝撃。
内臓を、脳みそを、全身をかき回されるかのような感覚と背中に焼き付けられた燃える痛み。
瞬間――これまでの出来事が思い起こされる。ああ、これは走馬灯というやつか?
ただの人間との試合であった際も感じることがなかった。復讐と称して袋叩きに遭ったときにも感じなかった。
心地よい。ああ、なんと、なんと心地よい感覚だ。
「ははははははははっ! もっと、もっとだ! もっと我に死を! 死を!!」
『gなうおんぐいあいうbんgヴあbなのいgなv!!?』
叩きつけられて死ぬなどあってたまるか、そう考えながら両腕を広げ鬼の体にしがみ付く。唐突の行動に驚いた表情を浮かべる鬼であるが、放せと言うように脇腹に拳を突き刺す。
激痛、痛み。ああ、ああ、心地よい。心地よい。
なのにこれだけで終わってしまうのか? そんなのはあってたまるか。終わっていいはずがない!
「があああああああっ!!」
『gなおにうおあv!?』
簡単にこの戦いを終わらせたくない。そう考えながら無意識に我は鬼の首に喰らいついていた。
厚いゴムに牙を立てるように歯が鬼の首に喰い込む。だが届かない。
もっと、もっとだ。届け、とどけ、トドケ!
顎に力を込め、歯を深く、より深くと喰い込ませるようにする。
その間、鬼は我を引き剥がそうと何度もその拳で脇腹を突き刺し、突き刺した体内をかき回しあばらを砕き、背骨を粉砕させる。
あばらが骨が粉砕される激痛を感じた。背骨が砕かれた瞬間……腰から下の感覚がなくなった。
ぐちゃりぐちゃりと内臓が掻き回され潰され、心臓が――潰された。
体が死を迎え、徐々に体が冷たくなっていくのがわかった。
もう終わりなのか? 終わるのか? これで最後なのか?
…………否。
否否否! これで終わってたまるものか! 我はまだ満足しきっていない! 血沸き肉躍る死闘を繰り広げたい!!
貴様らのような化け物と戦い、戦い、戦い続けた先にある壮絶で満足のある死を求めたい!!
だから、――――死んでたまるものかっ!!
生への渇望を感じた瞬間、口元に力が入った。直後――ガリッとゴムのようであった鬼の首に歯が通り、肉に突き刺さった。
瞬間――、ドクンと全身が震えた。冷たくなっていく体の奥が熱くなった。
それはダンジョンで初めてモンスターを倒した際に力を得たときのような感覚だったが、どこかその時のものと違った。
何かが全身を駆けめぐり、我という存在が何か違うものに書き換わるような感覚。
神経の1本1本が新たに再生し、砕かれた骨が無から新たに創り出され、人であった精神が上位の存在へと上書きされていく。
自分でない自分に変わっていくこれは、まるで白い紙に大量の墨をぶちまけるような感覚。白から黒に、二度と戻らぬ黒に変わり果てていき――頭の中を殺戮に、死して決着をつける争いを求めるだけの何か得体の知れない存在に変わっていくような気がした。
「ひ、ィヒッ! ――イヒッ、イヒヒッ、イヒヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!』
『mがmんぎあのlvにあ……進化した、だとっ?! この血を引き金としたか……!』
笑いが込み上げてくる。全身から燃えるように溢れてくる力を、抑えることが出来ない果てしない欲望を、心の底から感じ我は笑う。
その笑いを見て、鬼が我に恐怖するのが伝わった。いや、気配だけではない。ああ……、わかる。わかるぞ。貴様の言葉が。お前が何を言ってるのかが解る。
狂った笑いを響かせながら何も纏わず、生まれ変わった自身の裸を見せつけるように鬼を見据える。
『さあ、鬼よ。再度死合おうではないか! 死合い、殺し合い、我を心の底から愉しませろ! さあ、さあ、さあ――!』
『貴様は、いかれてる! 鬼は――貴様のほうだ!』
『アヒャヒャ! 我が鬼? そうか。そうか……! ならば、我は鬼だ。人の身を捨てて鬼へと生まれ変わった! だから、お前という鬼を呑み込み、我はさらに鬼と成ろうではないか!!』
化け物に化け物を見る視線を向けられながら、我は嗤う。
さあ、始めろ。心が躍るほどの死の交わりを!
――そして、我は鬼と成った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます