第24話

 本心からじゃないだろうけど、夏凪さんはボクの職業を聞いて呆気に取られてから少ししてポロリと口にした。

 まあ、しかたないよね? 世間でいうところのダンジョン料理人って瘴気塗れのダンジョン食材を地上に持ち帰って、変な感じに調理するって言うのが大半だし……ちゃんとしているダンジョン料理人でもよくてバフ効果が一時的に付与されるぐらいだから胡散臭い職業って思われても本当にしかたない。


「あはは、酷い言いかただね。けど、ボクは夏凪さんが言うようなダンジョン料理人じゃなくて、ダンジョン料理人だから安心して」


 苦笑しながらボクは夏凪さんに返事をすると、ボクの言葉が理解できていないようで少し警戒しながら見ている。

 ま、実際に味わったこともないだろうし、その職業を知らない人たちからすれば全部まとめてダンジョン料理人だろうしね。

 だからボクは夏凪さんを外へと招く。現状を理解してもらいたいし、それに外で食べたほうが美味しいし。


「ま、百聞は一見に如かずっていうでしょ? 騙されたと思って食べてみなよ」

「わ、わかりました……」


 ボクの言葉に夏凪さんは頷く。……抵抗すると思ってた。けど頷くってどういうこと?

 疑問に思ったけれど、すぐに理解する。

 ああ、彼女にとってはいま現在自身の命を握っているのはボクだって思われてるんだと。まあ、ボクが助けたということはボクの気まぐれで今度こそダンジョンに置き去りにされて死ぬかも知れないって思ったんだろう。……しないのにね。

 内心苦笑しつつ、ビクビク怯える夏凪さんを連れてボクたちは外に出た。


「すぐ出来るから座って待ってて」

「は……はい……」


 カメ吉の中から連れ出した夏凪さんを折り畳み式の椅子に座らせると側に置かれたテーブルの上にカセットコンロを置く。

 カセットボンベを差し込むタイプのある程度の容量がある道具袋を持っている探索者が持っているタイプの汎用品だけど、結構重宝している。

 そのすぐ側に土魔法で釜を置くための台座を用意すると鍋の中に水を入れ、木蓋を開けてご飯を入れる。


「ごはん……」


 木蓋が開けられ、しゃもじによって持ち上げられた湯気が立つ炊きたてご飯に夏凪さんの視線は向いており、その視線を感じながら入れたご飯と水を混ぜ合わせてから火にかけた。

 とりあえず……ボクも食べようかな。カメ吉はおにぎりのほうが口の中に放り込みやすいよね? じゃあ、そのまま食べるよりもおにぎりのほうが良いかな?


「カメ吉は握ったほうが良いかな?」

「かめきち……って、さっきも聞こえた名前で――『うん、おにぎりがいいな~♪』――え?」


 カメ吉の名前に反応した夏凪さんだったけど、少し上の背後から聞こえる声に反応し振り返ると……固まった。

 まあ、振り返ったときに巨大な甲羅とのっそりとした顔が見えたら固まる……かな?


「え? え……? な、なんですか、あれ……?!」

「何って、カメ吉だけど? さっきまで居たでしょ?」


 手を水で濡らし、少しの水分を手に纏わせ軽く塩を纏わせてからごはんを取るとふんわりと包み込むようにして握る。

 クッ、クッと軽く握り三角の形に握りながら、夏凪さんの戸惑いに答える。とりあえず、握ったおにぎりは皿に置いて行こう。


「さっきまでって……え? え?」

「キャンピングモンスターって聞いたことない?」

「きゃんぴんぐ……聞いたこと、ないです」


 戸惑い混乱する夏凪さんに質問するけれど、彼女は首を横に振る。

 そっか、知られていない。または探索者学校の授業では習わないってことかな?

 それなら作ってる最中に説明してあげることにしよう。


「キャンピングモンスター、名前の通り成長すれば人を乗せて野営をすることが出来るモンスターでカメ吉はその中のハウスタートルって種類のモンスターなんだ」

「そんなモンスターが、居るんですね……。授業で習いませんでした」

「ん-、そんなモンスターが居るってこと自体、知ってる研究者が少ないと思うからしかたないと思うよ。――っと、そろそろかき混ぜて塩を入れてっと」


 ぐつぐつと煮込まれ始めた鍋の中でご飯がぐらぐらお湯の中で踊り、お湯が白く濁り始めていく。

 ちなみに使用している塩はダンジョン壁にから抽出したものを使っている。

 ダンジョン壁には塩分が含まれているので、それを長時間煮込み続けてから抽出した塩分をハカセ謹製の分離器にかけてダンジョン塩に精製しているので無くなったらダンジョンを削れば採れるので問題はない。

 しかもダンジョン食材への相性が本当に良いから使用し続けている。……まあ、ダンジョン食材に忌避感を持っている人が多いから何処の塩かと聞かれたら面倒だけど。


「あの、あつく……ないのですか?」

「ん? ああ、大丈夫大丈夫。これだけの熱さで泣き言を言ってたら料理人なんてやってられないよ――っと、そろそろご飯が無くなりそう」


 話しながらおにぎりを握っては皿に置き、握っては皿に置き、時折おかゆが鍋底にこびりつかないようにかき混ぜていくとおにぎりの数は増えていく。

 そんな感じに握り続けていると、お釜の中のごはんは完全に空になった。

 ……あ、ラップでおおっていないし、海苔なんて無いから上に乗せたら潰れてしまいそう。失敗したかな? ……まあ、とりあえず、1個食べようか。


「ちょっとごめんね。……はむ。もぐもぐ……うん、美味しい」


 夏凪さんに断りを入れてから塩おにぎりを食べる。

 握ったことで硬めになった表面、そこから感じるほどよい塩辛さとともにひとくち分を口に入れると口の中でほろほろと崩れていく。

 それをゆっくりと噛みしめれば……モッチリとした食感と、お米本来の味わいが口の中に広がっていき噛めば噛むほどそれが広がっていく。

 ひと言でいうなら、そう……ご飯。炊きたてご飯としか言えない。

 しかも米の等級で言うなら一等米といった感じだし、自動で収穫してもらったけど天日干しした感じで割れている様子もない。

 これなら自動収穫を行っても問題はなさそ――ん?


「…………じー……」

「? ああ、ごめんごめん。そろそろおかゆが出来上がったと思うから、食べて食べて」

「あっ、い、いえ、そうじゃなくて……!」


 いつの間にかボクを見ていた夏凪さんに謝りながら、いい感じにトロトロになったおかゆをお椀に盛り付けると彼女に差し出す。

 見ていたことを否定する彼女だったけど、視線はボクというよりもボクの手に持ったおにぎりを見ていたことは知っているからね?

 それを知っているから彼女が目の前のおかゆに屈するのは理解していた。

 彼女の前に置かれたお椀は白い湯気を立て、そこから立ち上る湯気は濃縮されたお米の香りが漂っており……お腹が空いている人には一撃というレベルの危険度だ。


「……ごくり。い、いえ、これはダンジョン食材で…………」

「ボクが食べてるから食べれるって証明できてるよ? それに、お腹……空いてるんでしょ?」


 うーん、なんでだろう? 何か悪役っぽい感じの言いかたになってるんだけど?

 自分の言動にちょっと首をかしげるボクだったけど、漂ってくるおかゆの香りに耐えられなくなった夏凪さんはスプーンを手に取りおかゆを掬うと……両目をギュッと瞑りながら口に入れた。


「あつっ! はふっ、はふ……っ! ――っっ!!」


 瞬間、おかゆの熱さに声が漏れ、口の中に入っているおかゆをはふはふ言いながら冷まし、飲み込む。すると食べれる物と判断したのか夏凪さんは熱いながらも一心不乱に食べはじめた。

 そんな彼女の目には涙が浮かび始めてて……それに気づいたボクは彼女の側におかゆの入った鍋を置いて「おかわりしても良いから」と言ってからおにぎりが乗った皿を持ちカメ吉の元へと向かい、彼女の様子に気づかないフリをすることにした。


「カメ吉、お待たせ。口を開けて」

『わ~い、ココ。待ってたよ~♪ いただきま~すっ』


 おにぎりを持ってきたボクにカメ吉は喜び、大きく開けた口の中にポイポイとおにぎりを放り込んでいく。

 5個ほど放り込むとカメ吉は口を閉じ、もちゃもちゃと咀嚼。

 そして少しするとつぶらな目が嬉しそうに細くなり、喜びが感じられる。


『んん~、おいし~♪』

「うん、良かったねカメ吉」

『うん~。まだ食べても良いかな~?』


 喜びの声を口にするカメ吉に、ボクは頷き微笑む。

 そしてカメ吉の開けられた口へとまたおにぎりを放り込み、時折ボクも1個2個ほど食べる。


 ……ああ、おにぎり美味しい!

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