第21話

「勝手に脱がせるのはマナー違反とかいうけど……しかたないよね」


 気絶した女の子の上着――ダウンジャケット風の防具、それにブーツとハイソックスを脱がし、ついでにズボンのボタンも外してベッドに寝かせる。

 正直なところ、ズボンのお尻当たりも土汚れがついてるから脱がせたほうが良いと思うけど……初対面の人に脱がされたとか、同じ女性だとしてもトラウマだから我慢する。

 ……ていうか、上着を脱がせたらより分かるけど……ボクよりも遥かにおっきいや。こういうのを巨乳、っていうんだよね? それとも巨乳よりの爆乳? 爆乳よりの巨乳?

 まあ、別に良いか。


「とりあえず……、悪いって思うけど何か身分が証明できる物とかないかな」


 着用している装備の中にそれらしき物は見当たらなかった。

 なので背負っていたリュックの中に何かあると考え、中を漁る。

 中には……空になった水のボトル、栄養補給スティックの空き袋が上にある。普通だったらポイ捨てすると思うのに、偉い。

 他には電源が切れたスマホ、小銭入れ、それでこっちは……あ、あった。

 目的の物である身分証を見つけ、それを確認。


「えっと……あ、探索者学校の生徒だったんだ。名前は『夏凪なつなぎくみん』で、年齢は14……ゑ? じゅ、十四で……これ?」


 ベッドに眠る彼女――夏凪さんを見ながらボクは無意識に呟く。

 というか、14歳で? え? え? ボク、きみよりも数年だけど年上だよ?

 ……思わず彼女から目線を自分の体、要するに下を見る。……床がすっごいきれいだなー……。


「だ、だいじょぶ、まだ、まだはってんとじょうこくだから……。ハカセと違ってはってんとじょうこく……」


 『誰が発展途上国やねんっ!? あとそういう場合は先進国やろ!』という居るはずのないハカセのツッコミが頭のなかで再生されるけど、それぐらいショックだった。

 さらにカメ吉が追撃してくる。


『ん~、ココはあまり変わってるように思えないけどね~?』

「……マジ?」

『うん~、やっぱり食べた影響って出てるんじゃないかな~? ハカセも食べたから成長止まってるように思うし~』


 カメ吉の言葉にガクッと膝を抱えてしまう。

 だけど、彼女みたいな大きなのを持ってても動く邪魔になりそうだから良いか。ウン、イイッテオモッテオコウ……解せぬ。


『それよりも、連絡しなくてもいいの~?』

「あ、そうだった。ありがとねカメ吉」


 夏凪さんのリュックを漁っていたのには理由がある。

 それは彼女の名前と何処に所属しているかを知るためだった。なのでそれを知ったから、ボクはスマホを取り出すと電波状況を見る。

 電波は見事に立っていた。


「……うん、流石ハカセ謹製、無事に繋がるね」


 改めて感心しながら、ボクはハカセに電話をかける。

 数回のコール音が鳴る。


『ふぁ~ぁあ、なんやココ~?』

「あ、ごめんねハカセ、寝てた?」


 改めてスマホを耳元から放して時間を確認すると午後の1時ごろ。

 ……この時間で寝てたって言うと、徹夜してたなー?


『大丈夫やよ~。ま、ちょっと作業に熱が入ってただけやから~……あふぁあ……。それで、なんの要件や?』

「うん、ちょっと色々あったんだけどさ。地脈移動中の近くにあるダンジョンが変動を起こしてさ、そこから切り離された階層を手に入れたらいっしょに女の子がついてきた」

『…………は? ……あー、ちょっと待ちぃ、ちょっと落ち着かせてもらうで』


 やっぱり情報量が多かったみたいだった。というかボクが言われた側だったとしても『???』って状態になるに決まっている。

 寝起きの頭では理解が難しいと判断したみたいで、深呼吸をする音が電話口から聞こえる。あ、パンパンって音も聞こえたから頬を叩いてるんだろうな。

 でも、やっぱり理解が追い付かなかったみたいで……諦めたみたい。


『落ち着いたわ。……とりあえず、階層云々は後で詳しく聞かせてもらうで? それで? 女の子がついてきたって言うと……ダンジョンの変動に巻き込まれた探索者を拾ったっちゅうことでええか?』

「うん、巻き込まれた探索者は探索者学校の北信越支部の生徒。名前は『夏凪くみん』だけど……どう?」

『OK、行方不明者リストから調べてみるからちょい待ちぃ』


 彼女の情報を言うと即座に調べ始めてくれたみたいで、ハカセ側からカタカタとキーボードを叩く音が聞こえる。……すると1分もしないうちに、舌打ちも聞こえた。

 まあ分かるよ、その気持ち……。うん、わかる。すごくわかる。


『なんやねん、なんやねん……! 14歳でこのプロポーションって、嘘やろ? グラビアモデルも真っ青やないか……っ! ――はっ、さてはデータ情報が偽造されてるとか!』

「神様って残酷だよね……。登録されてるデータ通りだと思うよ」

『……やろうな。探索者やから虚偽の報告はあかんやろうし――っと、あらかた調べた結果やけど変動に巻き込まれてから数日経ってるようやけど……その子のことは胡散臭い美談にされとるで』

「胡散臭い美談?」

『せや。その子が所属しとるパーティはそこの支部に多額の寄付を行っとる名家の娘がリーダーをしとる上に、仲間はそいつの腰巾着ばかりみたいや。

 そんで変動が起きた際に急いで逃げたそうやけど、リーダーが変動に巻き込まれそうになったから、彼女を庇って夏凪ちゃんが巻き込まれてしまった言うて、涙ながらに夏凪ちゃんの母親に謝罪しとったと地方紙に載っとるで』

「うわー……」


 いいところのお嬢様とその腰巾着のパーティの中にいる少女。

 ……うわ、何か最後まで言わなくても理解できた。

 そして地方紙に載ってるっていう記事内容も、どう考えても三文芝居感が強い。

 死人に口なしっていう言葉がすっごくしっくりくるやつだよね?

 そう思いながら、悪いと思いつつシャツを捲らせてもらう。……やっぱりだ。


『ココも理解しとる通り、夏凪くみんは件のお嬢様パーティの盾――いや、ストレス解消のサンドバッグやな。探索者学校の裏掲示板にはかなりのレベルで彼女をバカにしとる内容とかがたっぷり見つかっとる。

 しかも最悪なことにその支部の探索者学校側も多額の賄賂を貰っとるようやから、クソみたいな忠犬根性丸出しや』

「あー、つまりことあるごとに、彼女がお嬢様たちに殴られてたり、馬鹿にされてても見て見ぬふりってやつだね? いや、一部の教師は忠誠心を見せるためという理由で手を出してるよね?」

『せやな。一応……良識人もいると思いたいけど、お嬢様がお猿のお山大将気取っとるからか表には出とる様子はないわ』


 とんでもないくそだなー……。けど、ボクは部外者だから、この状況を如何にも出来ないのが苦しいところ。

 何となくモヤモヤする気持ちを抱きながら、捲り上げて露わとなったお腹を見る。……本来は白く綺麗な肌だろうけど、何度も殴られていたり魔法をぶつけられているからか青あざや火傷の痕が見える。

 顔や見える範囲にはしていないというところが質の悪いところだし、酷い場合だと程度の低いポーションを使わせていると思う。程度が低いから痕が残ってしまうやつを。

 はあ……正直、人って自分よりも明らかに立場が弱い人が居たら、それに対して自分のほうが立場が上だと納得するために甚振って、それが段々と楽しいと思ってしまうんだよね……。

 ボクやハカセだって、児童養護施設だったんだから……そうならなかったかと聞かれたら……ねえ?


「まあ、色々考えてても意味は無いか……。それで、どっちかに連絡をしてもらえる?」

『あー、探索者学校には絶対に言わん。せやから、あたんまえに母親一択やな。夏凪家は母子家庭みたいやから、くみんちゃんが死んだって聞いて彼女のおかんはえらい落ちこんどるようやで』

「そっか……。とりあえず到着するのは数日はかかると思うから彼女の母親には『育心園』に来てもらう方がいいよね? ハカセ、迎えを寄越してくれないかな?」

『任しとき。とりあえずは流はんに頼んでみるわ』

「ありがとう。それじゃあ、よろしくね」

『そっちも戻ったら詳しく聞かせてもらうで。ほなまた』

「うん、またね」


 ボクはそう言って通話を終了する。

 スマホをポケットに入れ、夏凪さんを見るけど……眠り続けている。助かったって理解していないと思うけど、疲労が溜まりすぎてたんだろうな。


「……とりあえず、今のうちにお米と小麦を収穫しておこうかな」


 全部でどれだけ収穫できるかな~?

 そんなワクワク感を抱きながら、ボクはカメ吉に彼女が目覚めるまで面倒を見てもらうようお願いすると外へと飛び出した。

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