第19話

 【???視点】


 右を見ます。

 ――金色に色づく畑が見えました。


 左を見ます。

 ――金色に色づく田んぼが見えました。


 上を見ます。

 ――白い雲がプカプカと浮かんだ青い空が視界に入りました。


 下から正面を見るように顔を上げます。

 ――左右を見たときに見た田んぼと畑に挟まれたあぜ道が見えました。きっと昭和の田舎ってこんな感じだったんでしょうねー。


 グルリと周囲を見渡します。

 ――何処までも続いている畑と田んぼが続くのどかな景色がありました。


 それを視界に入れながら、ワナワナと唇を震わせつつ呟きます。


「こ、ここ……どこですかぁ……?」


 アタシは手に持ったスマートフォンで周辺の写真を撮影して、SNSに投稿します。

 だけど、フォロワーなんていないSNSに返事なんてきません。

 いいねが1件ついたのを見て、即座にSNSを開きましたが……昔からある『43歳主婦うつ病からの脱却後の人生大逆転/会社社長投資家』とかそんなプロフィールの変なアカウントからのいいねでした。


「うぅ、なんで……どーして、こうなったんですかぁ~!?」


 ペタンとその場でしゃがみながら、アタシは叫びます。

 けれどその声は誰にも届くことなく、響き渡るだけでした……。

 というか、本当になんでこうなったんですかぁ?


「アタシはただ、普通にダンジョンに入っていただけなのにぃ……」


 探索者学校に通うも底辺であるアタシは何時ものようにいじめっ子グループの囮役としてダンジョンに入って、馬鹿にされながらもヘラヘラと笑って誤魔化すだけの日常だと思っていました。

 ですが、運が悪く来ていたダンジョンが変動を起こしてしまい、慌てながらも全員でダンジョンから抜け出そうとしましたが……いじめっ子のリーダーが転びそうになっていたみたいで、そこにアタシが居たらしくてアタシの背負うリュックを引っ張って転ぶのを回避したみたいです。

 『きゃははっ、あんたのお陰で助かったわ! あんがとねー』と引っ張られて仰向けになったアタシへとそう言いながら走り去っていたのを見て、アタシはそう考えているだけですけど……。

 でも、あの人ならやりそうというのがアタシの考えです。

 そうして、アタシはダンジョンの変動に巻き込まれてしまいました。

 そして気が付くと、アタシはこの場所に居ました……。


「と、とりあえず、落ち着きましょう。落ち着けアタシ……おちつけー……いや、む~り~~っ!! 無理ですよ~~っ!!」


 無理ですよ、落ち着けるわけがないじゃないですか!

 探索者学校でもダンジョンの変動のことは授業で習っていましたよ?

 だから、変動に巻き込まれた探索者がもう戻ってくることが無かったっていう話しを何度も聞いているから落ち着けるわけがないじゃないですか!!


「きっと、同じように変動に巻き込まれたっている探索者はこうしてわけの分からない場所に入るんだと思います……それで、そのまま……」


 助けが来なくて、ひとり孤独に死んでいった……。

 そう考えるとブルッと寒気が起きました。


「い、いえ、そんなわけがないですっ! ちゃんと出口があるに違いありませんっ! そうだ、歩いていないから出口に気づかないだけです! だ、だから出口はあるはずなんですっ!!」


 助からないって思ったらダメです。

 立ち上がり、自分を奮い立たせるとアタシはあぜ道を歩きはじめました。

 あまり踏み固められていないけれど、ぬかるんでいない道を警戒しながら歩くけれど……やっぱりずっと畑と田んぼだけが続きます。

 ところでこの田んぼと畑から出ているのって、稲穂と麦の穂……ですよね?

 お米と小麦とかになるあの。


「お腹がすいたらそれを食べたら……いえ、ダンジョン食材だから、食べても美味しくないですよね」


 探索者学校での実習の際に食べたダンジョン食材……あのときはキャベツの葉が1枚でしたが、じゃりじゃりと砂のような食感で味も苦くてとても不味かった記憶しかありません。

 だからきっとこの稲穂と麦の穂も不味いに違いありません。

 そう思いながら、背負っていたリュックから水が入ったボトルを取るとひと口。

 持っている食料はリュックの中にある水のボトルが2本と、カロリー補給用のスティック(チーズ味)が4本。


「これが無くなる前に出口があれば良いですけど……。ううん、きっとあります! 出口はありますから!!」


 諦めたらいけません。

 自分に言い聞かせてアタシは道を歩きはじめました。


 ●


 5日が過ぎました……。

 あれから行けるところまで行き続けてみましたが、上に上がるための階段も、下に降りるための階段も見当たりません……。

 そしてどれだけ歩こうと、あるのは黄金色の稲穂と麦の穂が大量にある田畑のみ。

 運が良いのかモンスターとは遭遇していないのが救いです。


「はぁ……、残りの食料はもうこれだけですか…………」


 小石程度のサイズになってしまったスティックを見ながら、5日間のことを思い出します。


 ここに入り込んで1日目の夜ごはんにはスティック1本と水を半分飲みました。

 この時は、まだ助かると思っていましたから……。

 希望を胸に眠りにつきました。


 2日目の朝ごはんにも1本食べました。水のボトルが1本空になりました。

 それでも出口は見つかりません。

 この日のお昼ご飯は食べずにいて、水も少しずつ飲むように心掛けるようになりました。

 だけど突然そんな風に食べることなんて無理だったようで、残り2本のスティックと水のボトル1本を前に計算しているアタシのお腹はグゥグゥと鳴ります。

 それでも無理矢理食べないようにして眠ります……。眠くなくても眠ります。


「誰か助けが来てくれたら……、来るわけない、ですよね……ハハッ」


 3日目、試しに稲穂を少しだけ取って、中の米を食べてみようと努力し……指が痛くなりつつも剥き終えて口に入れました。

 全然美味しくなくて、吐き出しました……。

 おなか、すいた……。

 少しずつ、少しずつ、ハムスターのようにスティックを齧り、乾燥した口の中を湿らせるように少しだけ水を飲みます。


 4日目。

 動いたら体力を消耗することにようやく気が付き、ジッとすることにしました。

 ですが、ジッとするだけというのはとてもつらいものです。


「ごはん、たべたいな……。目の前にあるのに、食べれないのは地獄です……」


 ポツリと漏れる言葉は自身の空腹をより加速させるものであり、お腹はごはんを寄越せというようにクルクル鳴ります。

 結果……無意識にアタシは親指を口につけて、しゃぶるようになっていましたが……ガリッとしゃぶっていた親指を噛んでしまい、口の中に鉄のような味と親指への痛みにハッとしてしゃぶるのを止めました。

 よだれ塗れの親指からは血がタラリと零れ落ち、地面にポタポタと落ち……赤黒いシミをつくります。

 そんな傷ついた親指を癒すためにチーズ以外の味がするアタシは血がにじむ親指をああ、ああ、もう一度咥えました。いけないってわかってるのに……。おいしい、おいしい


「スマートフォンもこまめに消してバッテリーの消耗を抑えてましたけど……もうバッテリーがありません……」


 残り5%になってしまったスマートフォンの電源を落とし、手で転がしていたスティックの欠片を口に入れます。

 甘いチーズの味が口の中に広がり、それを口の中で堪能するように噛まずに置くと……唾液を含んでじんわりとした甘さが口の中に広がってきます。

 それが口の中で崩れ、食感も無くなったころ……ようやく飲み込みました。


「これで食べる物はもう、なくなりました…………。どう、しましょう……」


 残っているのは少しの水。食べる物なんて本当にありません。

 そしてお腹はまだ足りないとキュルルと何度も鳴り、両腕を回してグッと体を丸めます。

 こうすることで減ったお腹を必死に耐えることが出来ることに3日目に気づきました。


 ……味がある物が食べたいです。

 米……おにぎり、丼もの、炒飯。

 小麦……うどん、パン、パスタ、ラーメン。

 考えれば考えるほどお腹がすきます……。


「おかあさんの、ごはん……食べたいです…………」


 イジメられていても頑張ることが出来たのはお母さんが居てくれたから。

 お父さんが居ないアタシにはお母さんが大事です。

 元気な姿をお母さんに見せたい。アタシは無事だよって安心させたい……。

 だって、お母さんはきっと居なくなったアタシのことを心配してるから……。

 そう考えると自然と涙があふれてきます。泣いたらダメなのに。体力を消耗させたらいけないのに……。


「ぐすっ、ひっく……。だれ、かぁ……たす、けて……ぇ」


 掠れる声で呟きますが……カラカラになった喉はケホケホと咳が出ます。

 瞬間、目眩がして視界が歪みました。……あ、これ……だめなやつです。

 自身の限界を理解したときには、アタシは倒れていました。


『到着したよ~。うわ~、お米! 小麦だ~!』


 朦朧とする意識の中、アタシの視界に何かが映り込むのが見えましたが……それが何かを確認する前に、アタシは気を失いました。

 最後に誰かが近づく音が聞こえた気がしましたが、きのせい……です、よ、ね……?

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