第18話 回想・10

 農作業用の道具が置かれた倉庫内の奥には施錠された扉があり、そこは限られた人間のみが通れるように設定されている。

 認証を終え、扉をくぐった先には地下へ続く階段があり、階段を降りていくと掘り進んだような土の壁が木を使って補強したような構造になっていて……そのまま下に下りていくと補強されていた土壁は少しずつ水気を帯びた石の壁に変化していく。

 そして、階段を下まで降りきると……そこは薄暗くひんやりとした空気を纏う鍾乳石と石筍が目立つ地底湖。

 この場所はモンスターが出現しなくなった枯れてしまったダンジョンであり、探索者ギルドの情報にも乗っていない個人所有の未登録ダンジョンだったりする。

 ひんやりとした空気の地底湖の湖へと歩いていくと、湖の縁に巨大な甲羅が見えたので近づく。のんびりとくつろいでいるなー。

 近づいてきたボクに気づいたのか、ちょっとだけ出していた首をのっそりと伸ばして長い首でボクを見た。


『あ~、ココだ~♪』

「カメ吉久しぶり。元気にしていた?」

『元気にしてたよ~。けど、退屈で退屈で仕方なかったよ~』

「ごめんごめん。けど、今日からはしばらくぶりにダンジョンに行けるよ」

『ほんと~? やった~!』


 見た目は20メートル級の小高い丘ような亀形モンスター。

 けれどその性格は、温厚でのんびり屋。

 探索者の中ではUMA扱いされている幻のモンスターである、キャンピングモンスターのハウスタートル。それが目の前にいるカメ吉だ。

 ボクは普通に出会ったからカメ吉がレア中のレアモンスターだっていう印象は無いし、人語を喋るから普通に家族感覚。

 ちなみにハカセも、同じようにカメ吉と育ったから、カメ吉のことは大好きで今回もカメ吉に中をコーディネートをしてくれている。


『ハカセが中を改装してたのってそれでだったんだね~。はやく入って~』

「うん、お邪魔するね」


 側面の甲羅が開いて階段になると、その先に扉が顔を覗かせているので階段を上って中に入る。

 カメ吉の中はマンションの一室といった感じの構造をしており、快適な暮らしを約束できそうだと思えた。

 そう思いながら扉を閉めると、階段となっていた甲羅が閉じたのを感じた。


「へー、最後に来たときよりも過ごしやすくなってるね?」

『でしょでしょ~? ココが過ごせるようにって、ハカセと頑張ってたんだ~♪』


 カメ吉と最後に会ったときに見た甲羅の中は、まだ狭くてベッドを置くスペースもないほどだった。

 なのに今はボクひとりなら寝れそうなベッド、二人用のテーブル、簡易的なキッチン、小型の洋服ダンスが置かれていた。

 見た感じのイメージで言うなら大学生の女性がひとり暮らしをしたらこんな感じだろうって部屋になっている。


「そっか。ありがとうね、カメ吉、ハカセ」

『えへへ~。先に中を見てみる? それとも、もう?』

「ん-、流れてから何処かに到着するまでの間に中を見たら良いと思うけど、どう?」

『あ~そっか~、わかったよ~。それじゃあ、流れるね~♪ 何処かにつかまってて~』

「わかったよ」


 甲羅の中に響くように聞こえるカメ吉の声がすごく懐かしい。

 そう思いつつ、流れるという単語も……やっぱり懐かしく感じながらベッドに腰かける。

 ふんわりとした柔らかさがお尻を包みこみ、寝転がったらきっと天国にいるかのような心地よさを感じるに違いないと思えるほどだった。

 そんな風に思っていると、中の様子が分かっているカメ吉はしばらくすると足を延ばして立ち上がり、ズシンズシンと方向転換をはじめた。

 ベッドの側にある丸窓を見るとマジックミラーのように甲羅の外を見ることができ、ゆっくりと視界が動き、湖に近づくのが見えた。


「これからまた始まるんだ……」


 数年前は当たり前だった日常。

 それがとあることがきっかけで辞めさせられ、傷心してたボクを追いつめるように任されたお店は乗っ取られ、残されたものにしがみ付いた日々だった。

 だから意固地になって、ハカセと距離を取っていた。だけど、彼女はボクを見ていた。

 カメ吉とも強制的に離れ離れにさせられていた。だけど、会えなくても心配して待っててくれた。

 ボクはひとりじゃないし、自由だ。


 カメ吉の体が湖の中に沈む。するとカメ吉は頭と手足を甲羅の中に引っ込める。

 徐々に水の中に沈んでいくのが丸窓から見え、しばらくすると湖底に沈み切ったのかズズンと軽い振動が甲羅に響く。

 そして……ゆっくりとカメ吉は湖底の中に沈み始め、地脈へと入り込んだ。

 すると地脈の中を潜水艦のようにゆっくりと動きはじめる。

 ただしカメ吉の意思で動くわけじゃない、地脈がカメ吉という異物を何処かのダンジョンに吐き出すのを待つだけだ。


「……ぁふ」


 地球の鼓動とも呼ぶべき独特の音が聞こえ、まるでお母さんの胎内ってこんな感じなんだろうっていう感覚を感じていると眠気が襲ってきた。

 カメ吉も自己防衛のためにガッチガチにガードを固めているから反応がない……。たぶん眠っているんだろう。

 そう思いながらベッドに体を預けると、予想通りフワッとした柔らかな感触を感じて引き込まれるようにボクも眠りの世界へと落ちていった……。


 ●


 ポンッと地脈から吐き出されるようにしてカメ吉がダンジョンへと押し出され、ドスンと揺れる。

 その衝撃が目覚ましとなり、ボクは目を覚ます。


「…………ふぁぁ、おふぁよ。かめきちぃ……」

『ふぁぁあ、おはよ~。ココ~』


 欠伸交じりに挨拶をするボクに同じようにカメ吉も欠伸交じりに返事をする。

 うんと体を伸ばしストレッチをしながら、ボクは思い出したようにカメ吉に言う。


「そういえばカメ吉。久しぶりに懐かしい夢を見たよ」

『そうなの~? どんな夢~?』

「お店を飛び出して、カメ吉といっしょにダンジョン旅行に出るまでの夢だよ」

『そっか~。あれから半年以上は経ってるけど、ハカセは元気にしてるかな~?』

「スマホに連絡は来るけど、実際に会っていないからね。まあ、近いうちに育心園に戻って顔を見せようか」


 貰った連絡だとまだ少し慌ただしいみたいだけど、そろそろ落ち着き始めていると思う。

 だから、あとしばらくダンジョンを回ってから顔を出そう。

 色々と食材も溜まっているし、消費しきれない。


『そうだね~。それじゃあ、今日もダンジョン食材で美味しい料理を期待するね~♪』

「分かってるよ。じゃあカメ吉、このダンジョンって何処なのか教えてくれる?」

『えっとここはね~――』


 こうして、またボクの一日が始まるのだった。

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