第17話 回想・9

 頭を抱えるボクを何とも言えない表情で見ている流さんだったけど、思い出したように声をかけてくる。


「そういえば、ここで会えたので……お尋ねしたいのですがよろしいでしょうか?」

「大丈夫ですよ? どうしました?」


 ハカセの元で働くようになった流さんはここ最近は前職から共に働いていた同僚を仕事に誘っているらしいけど、会社が潰れる原因になったのがダンジョン食材だったということとダンジョン食材への偏見が強いことで誘いは難航しているようだった。

 ボクも何か手助けできれば良いと思うけど……、ダンジョン食材の在庫が心許ないから仕入れないと不味いと思う。


「あの日、私たちへ振る舞ってくださった料理の代金ですが……いくらでしょうか?

 使用したのがダンジョン食材だとしても、木花さんの腕は超一流だと理解しています。ですから、タダで食べさせてもらうということは出来ません。ですから食事代を支払いたいと思っているんです」

「別にタダで良かったのですが……。それだと納得しませんよね?」

「はい。ですが、今は返済なども行っているので支払いはもう少し待ってくださればと思っているのですが、良いでしょうか?」


 正直なところ、騙すような感じにダンジョン食材を使った料理を食べさせたから無料で良いと思っている。

 だけど流さん的には、また食べることが出来るようにという想いがあるのかも知れない、いや息子さんがまた食べたいって言ってたからお願いするだろう。まあ、そのときは育心園の厨房で作るつもりだけど。

 ……けど、値段かぁ。


「じゃあ、2500で良いですよ」

「わ、わかりました。数年はかかると思いますが、頑張って葉加瀬さんの元でお金を稼がせていただきます……」

「え? あっ、違います違います! 2500円です。2500円!」

「…………え」


 2500万と勘違いして真剣な表情をする流さんへとボクが否定すると、逆に信じられないといった表情をした。

 けれど、ボクは元々そのつもりだったので説明をする。


「豚の生姜焼き定食が900円の2人前。それとキュウタくんのオムライスが700円の2500円です」

「そ、それって、大丈夫なんですか? 低ランクの店でもあれだけの料理なら総額で100万はしますよ?」

「それぐらいはしますね。けど、ボクはその値段にします。それに……『心根』の前店主風に言うなら『心が沈んだときは美味いもんを食え、美味いもん! 値段? んなのは昔から変わらねぇよ!』とか『高い金払って美味いもん食うのは良いことだ。けどな、貧乏人には金がねえ。だから安い料金で美味しく食べれる料理を出すワシらが居るんだ。ワシらは金が無い者の味方だ!』って感じです」


 事実、乗っ取られる前の『心根』では豚の生姜焼きやオムライスはその値段で提供していた。……安く抑える努力をみんなでしていたのが懐かしい。

 ちょっと懐かしさを感じつつ流さんに言うと、流さんは顔に手を当てながら少し黙る。

 そして、目元に涙を浮かべながら微笑んだ。


「そう、ですか。でしたら、頑張って働いて……また妻と息子に美味しい料理を食べさせてもらえるようお願いしますね」

「はい、任せてください。――っと、でもそのときはこっそりと作りますからね?」

「ははは、わかりました。そのときはお願いします」


 一応、ボクは地上での料理は禁止されてるので目立つところでは作れない。

 ま、私有地で禁止云々を言われたら馬鹿言ってるんじゃないって話だけどね。

 そんな風に流さんと約束をして、ボクは育心園に戻る。


「お疲れさん、ココ。待っとったで」


 母屋の入り口にハカセが待っていてくれた。

 やっぱり監視カメラ越しにボクを見ていたようだった。


「ありがとうハカセ! 組合のほうはどうだった?」

「キヒヒッ、上も下も大騒ぎや! 誰が悪い、あいつが悪いと言った言ってないと大混乱。まったく、一番上が頭下げてココをこの地上に置いてたっちゅうのになぁ?」

「あはは、まあ、戻ってくれと言われても戻るつもりはないからね。それでカメ吉はどうしてる?」

「絶好調や。ウチからも、たぶん今日出ると言っておいたから地下で今か今かと待っとるで!」

「そっか。それじゃあ、面倒ごとに巻き込まれる前にボクは雲隠れさせてもらうね」


 直前まで監視カメラで組合の様子を見ていたのか、ハカセは思い出しながら笑う。

 きっとこの結果で『心根』にも被害は出ると思うけど……、前店主夫妻にはもう関係ないって思っておこう。

 それよりも今はカメ吉だ! そして雲隠れの旅だ!


「ああ、せやな。ウチにも問い合わせが来ると思うけど「ココはダンジョンに居るので連絡はムリ」って言っとくわ」

「うん、それでよろしく! それじゃあ、行ってくるね――「ちょい待ち!」」


 カメ吉の元に向かおうとしたボクをハカセが呼び止め、振り返ると紙の束を投げてきた。

 これって? 疑問に思いながら紙の束を見ると……設備の仕様書だった。


「ココは感覚で用意した設備を弄るやろ? けどな、結構機械っちゅうんは繊細なもんもあるんやからちゃんと説明書は読みいや?」

「わ、分かってるよ。……うわ、これ色々と凄いの詰め込んでない?」


 ダンジョン食材仕様の設備を詰め込んでるのはわかる。だけど、それらに付与されている効果のほとんどは現在のハカセができる最高ランクのものばかりだった。

 魔石のレアリティ、使われた素材の高さ、それに『時間停止』『空間拡張』などの食材を保存するのに最適な効果の付与。


「あたんまえや。ダンジョンに行くことを禁止されていたココの新しい門出なんや。ウチも本気にならないわけがないやろ?」

「…………ありがと、ハカセ」

「……手に入れた食材はたまには持ち帰ってきいや」

「うん」


 そっぽを向きつつもボクに言うハカセを抱きしめると、彼女はボソッと呟く。

 その言葉に頷き、少しだけハカセの温かさとにおいを感じてから離れると田畑の先にある倉庫に入る。


 ――またね、ハカセ。


 倉庫に入る前に軽く手を振ると、かろうじて見えるくらいに小さく彼女が手を振るのが見えた。

 きっと照れてるに違いないや。

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