第16話 回想・8

「料理人資格の剥奪ですか?」

「はい、貴女は……とある方の怒りを買ってしまったようで何処の料理店で働くことも出来ませんし、自分で店を持つことも出来ません」


 流さん一家が心中を取りやめ、ハカセの元で働くことを決めたのを見届けてから数日が経った。

 その日、ボクは料理人組合――通称コックギルドからの呼び出しで赴いていた。

 どうせ『心根』を辞めたことに関することだろうと思っていたら、担当した組合職員に言われた言葉と渡された書類がそれだった。

 書類を受けとり、マジマジと確認したけれど……確認できた内容は以下の通りだった。


 ・ファミリーレストラン『心根』での権利を剥奪(それによりこれまで働いていた給料は支払われない)

 ・料理人資格の剥奪

 ・料理店の就職の永久禁止

 ・自身による料理店の開店禁止

 ・以上の規則を破った場合、犯罪行為とみなす。


 ……うわぁ、どう見てもコレあからさますぎる。

 というか『心根』のクソ店主たちができるわけがないし……これをしたのってあの味覚音痴のジジイだよね?


「貴女も災難ですね。金有氏に目を付けられるなんて……」

「あ、やっぱり?」

「はい、言ってはなんですが……彼はお金持ちで有名な料理評論家ですが、裏では最悪レベルに味覚音痴で有名ですし、素材などに金がかかった料理であればなんでも高評価するような人間です」

「つまりはキログラム200万とかの肉とか魚を使って、香辛料モリモリ使用していたら黒焦げになっていたとしても美味しい美味しい言う人間ってことで良いかな?」

「…………」

「沈黙は是って思っておくね。それで聞きたいんだけど……料理人資格の剥奪っていうのはだけで良いんだよね?」


 やっぱり厄介すぎたよあのビール腹の味覚破壊者。

 やばい人間の元にはやばい人間しか集まらないって言葉を聞いたことがあるけど……本当のことだったんだ。

 黙る組合職員さんの沈黙に厄介すぎる人物だと今更ながら理解したけど、聞きたいことは聞いておくことにする。

 すると組合職員さんは質問内容を調べてくれる。雑な職員も居たりするけど結構丁寧な人だ。


「えーっと……はい、調べたかぎりだと地上だけのようです。というか誰のものでもない、一応は政府が管理しているダンジョンでの様々な規制なんて出来るわけがありませんよ。ですが……料理をする場所が地上以外にあるのですか?」

「え、いま言ったよね? 

「はあ? …………は? え、えぇ? 正気ですか?」

「うん、正常正常。思考は正常だからさ、とっととボクの料理人資格の利用停止をしようか」


 地上だけなら問題なし。それに、もう一方の資格が有効になる。

 だってそういう契約だったから。

 とりあえず、色々と問題が起きると思うけど……悪いのは金有という味覚異常者と『心根』を乗っ取った店主一家。だから責めるのはそっちによろしく。

 ……でも、店を離れた元店主夫妻には世話になっていたから申しわけないけど、もう無理。ごめんなさい。

 心の中で謝罪していると、心配する視線が組合職員さんから来ているけど問題はない。


「で、では最後に、サインをお願いします」

「わかったよ。……はい、これでボクの料理人資格は利用停止されたってことで良いよね?」

「以上で利用停止の手続きは完了しました。えっと……木花心菜このはなここなさんの料理人資格は現時刻をもって停止されました」

「はい、今までありがとうございました。それでは――」

「本日はありがとうございまし――え? ちょ、ちょっと待ってください!? な――何ですかコレ!? あの、木花さんっ!? これ、自分では無理ですよっ! マ、マスターッ!!」


 ボクの料理人としての資格が停止されたのを確認したので組合から素早く出る。

 直後、もうひとつの資格が有効化されたようで手続きを行っていたパソコンから警報が鳴り、組合職員さんは戸惑った声をあげる。

 そして自分だと手に負えないと理解したようで組合長へと指示を仰ぎに行く声が聞こえた。

 ガンバレ!


 ●


「さてと、それじゃあ準備を始めようか。……とは言っても、用意するものなんてあまり無いかな。着替えなんて適当に詰め込めばいいし」

「あ、木花さん」


 育心園へと戻る最中、用意するものを考えつつ歩く。

 とりあえず、地上の食材は持っていっても意味はないから……というよりも逆に不味くなるからいらない。

 着替えは部屋にある物で十分と思う。……下着の予備あるよね?

 ふと思い至った不安にモヤモヤしていると声をかけられた。

 声をかけられた方を見ると流さんが立っていた。


「あ、流さん。こんにちわ」

「こんにちわ。育心園に戻る途中ですか?」

「はい、料理人の資格を返してきた帰りで戻るところです」

「料理人の資格……ですか?」


 あ、なんとなく原因は自分にあると思っているみたいな顔をしてる。

 そう思っていると流さんはボクに頭を下げてきた。


「木花さん、色々とありがとうございました。……その、料理人資格を返却って私のせいで」

「いえ、金有っていう気に喰わない味覚異常者を貶した結果です」

「金有……、金有さんですか……それは、大変ですね」

「あ、流さんでも知ってるんですね?」

「はい、食品業界であれば誰しもが耳にしますよ。料理人潰しの金有って有名です」


 流さんの言葉にボクは顔をしかめる。

 あの味覚異常者、ボク以外にも危害加えてたのかー……。

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