第15話 回想・7
【流視点】
葉加瀬さんが言った言葉に私は驚いた。
当りまえだ。探索者ではない私たちにとってのダンジョン食材のイメージと言えば、『不味い上に毒持ち』という物だからだ。
シャドウスターで半ば強制的に全従業員にダンジョン食材の試食をさせられたときに食べたジャイアントボアの肉もじゃりじゃりとした砂を食べているような上に、味はゴムのように苦みを感じるという最悪な物だった。
しかも味つけをせずに……ではなく、無理矢理スパイスを使って辛くしていたというのにだ。
そしてそれを食べてから数日は胃腸が弱い社員はしばらく体調不良を訴えたし、健康である私も食欲不振に陥っていた。
それほどまでにダンジョン食材という物は危険な代物であるのだと理解しているので、息子を見る。……が、何時もと顔色は変わらない。
いや、それどころかここ数日はあまり満足に食べれていなかったから少し悪かった顔色が何処かツヤツヤしているようにも見える。
「流はん。過去に食べたダンジョン食材の味を忘れて、偏見も捨てて、ついさっき食べた料理の味を思い出して、ちゃんと偽りなく感想を言ってみて欲しいわ」
「ちゃんとした感想……」
ジッと私を見る葉加瀬さんの言葉を繰り返すように呟き、私は先ほど食べた生姜焼き定食の味を思い出す。
モッチリとした豚肉の歯ごたえ、玉ねぎの食感、それらに絡んだ生姜焼きのタレの味。
付け合わせの千切りキャベツの噛み応え、キュウリのシャキシャキ感、味噌汁も出汁がしっかりと取れていて具材である野菜も美味しかった。
息子に出されたオムライスも鶏肉のプリッとした歯ごたえとジューシーな味がとても美味しく……、思い出しただけでも涎が出て来てしまうほどだった。
あれがダンジョン食材であると言われても私は信じないだろう。
けれど、彼女が言うようにこれはダンジョン食材で作られた料理なのだ。
「美味しかった。本当に……美味しかった」
「せやろ? ココはウチと同い年やけど、『心根』の店主を任されるほどやった……ま、経営知識が不足しすぎて店を乗っ取られてもうたけどな。そして奴らは知らんけどダンジョン料理人としても超一流やからダンジョン食材の瘴気抜きも出来るし、扱いも熟知しとる。せやから地上でもこれほどまでダンジョン食材を美味しく調理も出来る。
あ、それとウチの最終目標はダンジョン食材を使って普通に美味しい料理を一般の人にも作れるようになるってところや」
葉加瀬さんの言葉に心底驚いた。
『心根』の事情はまったく知らなかったが、色々と複雑なことになっているようだが……店を任せられるほどの料理の腕をあの少女は持っているのだ。
そして、そんな腕前を持つ少女を追い出したという『心根』の経営陣の手腕に心底呆れてしまいつつ、葉加瀬さんの抱く最終目標に驚き、その道は果てしないと感じた。
何故なら、ココさんが作った料理は果てしなく美味く、一種の食べることが出来る芸術品とでも呼ぶべきものであり……それに何だか力が湧いてくるような感覚がした。
「ま、せやけどこの目標に関してはダンジョン食材への偏見が強すぎるっちゅうことと、どんなに高くても地上産の食材を食べたいっちゅう人の考えがあって難航しとるけどな」
そう葉加瀬さんは苦笑しつつ頬をかく。
……かくいう私もココさんが作られたダンジョン食材の料理は美味しいと思ったけれども、人の概念を変えることは難しいと考えてしまう。
そのことを彼女に告げると理解しているようで彼女は頷いた。
「それはわかっとるつもりや。やけどな、地上産の食材が完全に無くなる前になんとかしたいんや」
「…………え?」
彼女が言った言葉に呆けた声が口から洩れる。
地上産の食材が、無くなる? それはいったいどういうことなんだ?
戸惑う私だったけれど葉加瀬さんは自身の発言が失言だったことに気づき、ハッとした表情を浮かべて何とも言えない顔をする。
「あー、失言やったな。……奥さん、ちょっと息子さんと一緒に厨房行ってココにデザート食べさせてもらってくれへんか?」
「は、はい、わかりました」
「デザート? デザートもでるの!?」
あまり聞かせたくない話だと理解し、妻は息子を連れて厨房に向かっていった。
『とりあえず、簡単なものぐらいは出してくれるやろ。会話聞こえてるやろうし……』と聞こえないほどの声で彼女は呟いていたけれど、聞こえないことにする。
すると葉加瀬さんは妻と息子たちに向けていた視線をこちらに戻した。
「さてと、流はん。あんたは口が堅い人やと信じとるからな? 他の人に喋ったらいろいろとヤバイ話しやけど……ええか?」
「正直、聞きたくないと言ったほうが早いと思いますが……、あなたが言う私たちを助けると言うことにこの話は必須だと思いますので」
「頭の回転が速いようで助かるわ。研究者界隈の一部で調査されとるんやけどな、年々地上産の食材の収穫量が減っとるんや。そして逆にダンジョンの活性化が進んどる。
ウチや爪はじきもんたちの中ではダンジョンに地球の栄養が持ってかれとるっちゅう結論に至っとるけど、それを信じてくれんでウチらを異端としたっちゅうこった」
つまりは私たちには知らされていないけれど、知っている人たち――いわゆる政府関係者たちは地上産の食材が完全に無くなることを知っている可能性がある。
そして、それは知られたくないということなのだ。もしかするとダンジョン食材以外にある味つけされた栄養素カプセルもその一環だったりするのかも知れない。
……ようするに私たちは今死んだとしても、死ぬのを止めて生きようと思っても……飢饉に陥ってしまい、待っているのはこの世の地獄ということだ。
「……私は、死のうと思っています。最後に美味しいものを食べた記憶を残したまま、死のうと思っています」
「知っとる。せやけど、シャドウスターの社長らとっ捕まえたから元従業員やった流はんらには慰謝料払われるよ」
……ん? 何だか今……? 聞き間違いか? まあいい。
浮かんだ疑問を振り捨て、懺悔をするかのように私は葉加瀬さんへと淡々と告げる。
「借金もある。家も無くなる。職がない。もう絶望しかないんです。ですから、すべてを終わらせたいんです……」
「あー、やっぱり追いつめられとるなぁ……。なあ、流はん。死のうとしとるんなら、ウチの商売の手伝いをしてくれんか? 直に悩みごとの根本が無くなるやろし」
「商売、ですか?」
染みついてしまった絶望は簡単には晴れないようで、この辛すぎる現実から脱却するために死ぬしかないという思考しか生まれない。
諦めて死ぬべきじゃない、という考えもあるけれどどうにもならないのだ。――そう思っているとスマートフォンから音が鳴った。このメロディは……着信だ。
出ても良いのか思っていると「どうぞ」と言われたので出ることに。
着信相手は……元同僚だった。
いったい何故、どんな用事で……? 疑問に思いながら電話に出ると、通話口からスピーカーが響くほどの大きな声で色々と言われた……が、は?
「そ、それは、本当……なのか? 嘘じゃ、ない……んだよな? あ、ああ、わかった。ありがとう、連絡をくれて」
「誰からやったんや?」
「会社の元同僚からです。……その、シャドウスターの社長たちが逮捕されたと」
「おお、それはよかったやん!」
「給料などの支払われていなかった未払い金も支払われるそうです。……あの、葉加瀬さんはこのことを知っていたのですか?」
逃げ出した社長たち一家は、会社の資金を流用して秘密で所有していた別荘に避難していたらしい。だが、その隠れ家となっていた場所を何者かによって警察へとリークされたようで急いで別荘から逃亡を行ったらしい。
だが、逃げた先でも警察に先回りをされていたらしく、社長たち一家はあっさりと逮捕されてしまったそうだ。
しかも、それだけではなく会社が以前から行っていた悪質な商売や違法スレスレの犯罪行為に該当するものも警察に明らかにされたという。
そして同じころ、社長が見つかった際に即座に告訴をするために立ちあげられていた給料未払いの訴えを起こす元社員たちの集団へとそういうことに詳しい人物が接触してきたそうだ。
……どう考えても、これは誰かの手の平で動かされているようにも見えた。
しかも、私に関することで……と思えてしまう。
「ん-? ウチは何も知らんよ。けどまあ、失敗したけど最低品質のダンジョン食材を売り出そうとして、世間様にダンジョン食材の偏見をますます強めるようにしたから何処かの天才が怒ったんちゃうかぁ?」
私の問いかけに葉加瀬さんは何も知らないといった反応を見せる。
しかし、どう考えても彼女が色々と手を回したに違いないと感じた。
いったい彼女は何処から何処までこうなることを予測していたのだろうか?
偶然に私がココさんに声をかけられるまで? それとも、『心根』に赴いたときから? まさか、社長一家が夜逃げしたときから……?
様々な憶測が頭を駆けめぐるが答えは出ない。
しかし、彼女についていけば……、彼女の手伝いを行えば私たち家族は絶望しなくて済むだろうか? いや、しないだろう。
徐々に心の闇が晴れてくるのを感じた。だから、伸ばされた手へと伸ばす。
「……葉加瀬さん。あなたが言う、商売の手伝いとは何をするのですか?」
「ん? ええんか? 言った手前に言うのもなんやけど、長い道のりとなるかも知れへんよ?」
私を確かめるように彼女はもう一度訊ねてくる。
けれどその表情は私を狙っており、離さないといったものだ。
……シャドウスターで商品の売り込みで関わったことがある一流企業の担当が見せた気配に近いものを感じた。
間違いない、彼女は見た目以上の百戦錬磨の商売人でもあるんだ。
「望む……ところです。葉加瀬さん……いえ、社長? それとも、所長と呼べば?」
「ん-、どっちでもええ。それで、流はんに手伝ってもらいたいこと。それはウチの商品を――ダンジョン食材を美味しく保存するための機材の販売の販路を開拓してほしいんや」
「販路ですか。……わかりました。それと私と同じように職につけていない元同僚も誘って良いですか?」
死ぬという考えは消えていた。彼女の、社長の夢に手を貸したいと思いはじめていた。
それが分かっているようで社長は笑みを浮かべると、白衣のポケットに差し込んでいた紙を私に差し出す。
「ええよ。けど、このリストの中にあるメンバーから選んだほうがええ。流はんの同僚で誠実で人間性に問題はないやつらや」
「そんなことまで……。わかりました」
社長についていけば間違いはない。そう私は思いはじめていた。
というか、彼女の目はどこまで見ているのだろうか?
リストアップされた紙を受けとりながら、社長の凄さを実感する。
……こうして、私は一家心中することを止め、新しい仕事を手に入れた。
ダンジョン食材の販売。
それは難しいことだと思うけれど、あんなにも美味しい食事がまた食べることが出来るなら……私は頑張ることができると感じていた。
一度死のうと思っていた私を止めてくれた彼女たちに心から感謝するのだった……。
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