第12話 回想・4
厨房に入るとあの頃と同じ内装をしていて、懐かしさを感じつつも……冷蔵庫の代わりに置かれているハカセ謹製の魔力充填式冷蔵庫――通称、魔冷庫の前に立ち、中を確認する。
冷蔵庫特有の冷たさとダンジョン特有の魔力が中から感じながら、豚肉、鶏肉、卵、ケチャップ、マヨネーズ、味噌などの日常的な食材があり、野菜室にはお米、キャベツ、玉ねぎ、ニンジンといった特殊な空間に仕立てられた庭で収穫した野菜があった。
それらの食材を見ながら、何を作るか考え……流さま夫妻とお子さんのために作るものを決めた。
「うん、流さまたちに作る料理はアレが良いよね。お子さんには子供らしい料理を……」
彼らから……ううん、夫妻から感じられた気配。きっとあの人たちは追いつめられていて、ご飯を食べたら最後を迎えるに違いない。
それを理解しているから、ボクは彼らが自らの手ですべてを終わらせることを止めて欲しいと思いながらも調理を開始する。
あの人たちにとっての思い出の料理をもって……。
お米を糠が無くなるまで水で洗い、水の量を合わせてから炊飯器に早炊きでセットする。
本当なら普通に炊いたらいいけど、お腹が空いていると思うからしかたない。
みそ汁の出汁は無駄に高級なものを使って偉ぶらなくて良い、庶民的なもので十分なんだ。
と言うことで今回は煮干し出汁を取ろうと考え、処理した煮干しを水で煮込み出汁を取っていく。
「みそ汁の具材は……白菜と刻んだニンジン、油揚げでいこう」
タンタンタンと包丁がまな板に当たりリズムを刻むように、具材を切っていく。
豚肉、玉ねぎを薄くカットして豚肉は続けて筋切り、生姜をすりおろす。
鶏肉は細かくカット、玉ねぎを細かくみじん切り。
キャベツは素早く薄く……針のように細く千切りし、水にさらす。
豚肉をすりおろした生姜に漬け込み、沸々音を立て始めた鍋を見る。
「出汁は……うん、出てる」
うっすらと色づいた出汁を布を敷いたザルで漉し、それを新たな鍋に移して再び火にかけるとタイミングを見て材料を入れていく。
その間に付け合わせとしてのキュウリの浅漬けを揉み込んで。
ジャガイモのあったらポテトサラダを作りたかったけど、残念……収穫前だったか。
ポテトサラダ、ポテトフライ、ポテトチップス……。ジャガイモは夢がいっぱいだ。
「っとと、ご飯が炊かれるのはあと……うん、それじゃあメインにかかろう」
さすが早炊き、炊けるのは早い。
久しぶりに見る炊飯器の性能と噴出口から出てくる白い湯気に感心しながらメインに取り掛かる。
ここからは一気に仕上げていく。
2つの皿の上に千切りキャベツと斜め切りしたキュウリを盛り付け、コンロの側に置く。
熱したフライパンに油を引いて、漬け込んだ豚肉を広げながら置いていく。
フライパンの熱と油によってジュゥゥと音が鳴り、漂ってくる肉と生姜の良い香り。――肉を裏返し、そこに玉ねぎを加えて軽く炒めて熱を通していく。
フライパンが振るわれる度に肉と玉ねぎは踊り、その踊りに色を付け加えるべく合わせたタレをフライパンに流し込む。
直後、熱せられたフライパンからジュワワ~~と油が爆ぜてタレが焼ける音が響き、独特の香りが広がる。
「うん、これこれ。このタレを焼いた肉に絡めるように少し焼けば……完成!」
手早くフライパンから2人分の皿に盛ったと同時に、ピーッと炊飯器からご飯が炊けた音が鳴る。
パカリと蓋を開けると外気に晒されたジャーはパリパリと軽い音が響き、そこにしゃもじを突きさして下から上へと切るように混ぜると即座に次の料理に取り掛かった。
フライパンに鶏肉を炒め、みじん切りの玉ねぎを加え、熱を通し……ケチャップを入れる。
絞り口から噴き出すケチャップが熱々のフライパンに落ちていくとケチャップの赤はジュッと焼けて香ばしいトマトの香りを周囲に広げる。
「焼いて熱が通った鶏肉と玉ねぎにケチャップを絡めて、そこにご飯を投入!」
フライパンの中にご飯が入ると中のケチャップたちと混ぜ合わせるようにフライパンを振るい、木べらで切っていく。
白いごはんが赤く染まっていき、美味しそうなご飯はチキンライスに変化する。
それを見ながら手早くボウルに卵を割り入れ、かき混ぜる。
そしてチキンライスとなっていたフライパンを避け、別のフライパンをコンロに置いて……熱を持ち始めたところで溶き卵を流し入れ、フライパン全周に広げていく。
するとトロトロだった卵は熱によって固まり始め、広い薄焼きへと焼かれていき……その片側へとチキンライスを入れてトントンと回し、チキンライスを包むと皿にクルっと転がすように置く。当然黄金色の見栄えが良いほうが正面。
「最後にケチャップとソースを軽くフライパンで温めて、上にかけて……旗をさして、完成!」
白い皿の上に黄金のオムライス。そこにかかるのはデミ仕立てにしたソースで、子供が喜ぶ旗がオムライスの頂上に刺さっている。
夫妻のために作った料理に炊きたてご飯と味噌汁、それとキュウリの浅漬けをトレイに乗せて盛り付ける。
そして出来上がった料理を配膳用のワゴンに乗せて食堂へと向かう。
食堂の中ではハカセが話をしていてくれたようで流さま一家の近くの椅子に座っていて、流さまたちは匂いが匂いだったからかソワソワしているようにも見えた。
そんな彼らの前にボクは出来上がった料理を置く。
「お待たせしました。心行くまでお楽しみください」
「ここは邪魔したらあかんな。ウチらは向こうに行っとるから、食事を堪能したってや」
頭を下げ、ボクとハカセは食堂から厨房に移動する。
よろこんでくれると良いし、思い直してくれたら……いいな。
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