第11話 回想・3

 呼び止められた流さま一家は戸惑った様子を見ていた。

 だけど彼らの子供が「ごはん……」とソワソワした様子を見せたことで怪しいと思いながらも了承してくれた。


「とりあえず『心根』は……もう無理なので、あそこにしようかな。ついて来てください」

「あ、ああ、わかった……」


 戻る気もないし、戻ったら戻ったで叩きつけるように辞めると言ったし、あいつらをバカにしたからそれを理由に捕まると思うから戻るつもりはない。

 だから何処に行こうかと考えたけれど、思い当たるところがひとつあったし……料理を作るならあそこはもってこいだと思った。

 そう考えながらボクは流さま一家を連れてに帰ることにした。

 とはいっても実家は『心根』がある商店街から少し移動した郊外にあるので、遠くではない。


「ここって、孤児院ですか?」

「はい、とは言っても今は管理者となっている幼馴染がひとりだけですし、ここはボクの実家ですが気にせず入ってください」


 外界から区切るように囲われた塀の隅にポツンとある門扉にある『児童養護施設 育心園いくしんえん』という名前を見て流さまが訊ねるけれど、気にしないで欲しい。

 戸惑う夫妻を他所にボクは解錠のために認証を行うと、少ししてガチャンと鍵が開いたので敷地内に入る。

 敷地内に見える様々な田畑が生い茂る光景は懐かしく……いや、ちょっと悪い方向に進んでるなー?

 そんな風に思いながら人の手で造られた道を進むと……畑横の地中から対侵入者撃退装置付きの監視カメラが生えてきた。

 突然現れた蛇のようなフォルムの監視カメラを見た一家がギョッとした様子をしたので、監視カメラの先の人物に声をかける。


「うわっ!? 待って待って、ボクだよボク! わかってるよね、ハカセ!?」

『ん~? ダレやったかなぁ~? ウチは意地を張って飛び出したおバカな家族なんて知らないなぁ~?』

「冗談言ってないでよ!? わかってるでしょ!? ていうか、今ちゃんと覚えてるって言ったじゃん!?」


 胡乱な声がスピーカーから聞こえると同時に一斉に照準がボクに向くけれど、即座に反論する。

 それをしばらく見ていた一家の緊張を壊すように……笑い声がスピーカーから流れた。


『キヒッ、キヒヒッ! あ~、おもろいわぁ♪ 久しぶりの帰省やなぁ、ココ?』

「うん、久しぶり……ハカセ。元気だった?」

『ああ、元気や元気。けどそっちは強情にもあの腐りきった『心根』の心を治してみせるってここを飛び出したっていうのに、無駄やったみたいやなぁ?』

「……うん、目が覚めたつもりだよ。ごめんね、見守ってたのに無視し続けてて」

『ホンマやな。ま、ココが実家に帰ってきた理由もわかってるから入りや』


 揶揄うような物言い。だけど本当に心配してくれていたのは分かるし、町中の監視カメラで何時も見守っていたのも分かってる。

 だから帰ってきた理由も本当は知ってるけど、やっぱり言いたいことは言いたかったんだろうな。

 思いながら監視カメラが地中に沈んでいくのを見て、流さま一家へと振り返る。


「さ、管理者の許可が出たので入ってください」

「は、はあ……(良いのか?)」

「はあ……(ここって、孤児院……なのよね?)」

「わあ!(ここって、ひみつきちなんだ!)」


 目を輝かせるお子さんを挟むようにして微妙な表情を浮かべる流さま夫妻を見つつ、彼らを施設内へと招くと入り口でハカセが待っていてくれた。

 ボクとは同い年で頭はすごく良い幼馴染。だけど、生粋の出不精で施設内で引き籠るっていう引きこもり体質な金髪ロングヘアで褐色な女の子。


「久しぶりやな、ココ。おかえり」

「ただいま、ハカセ。料理作っていい?」

「キヒヒッ! ほんまアンタは料理が大好きやな、ココは」


 歯を剥き出しにしながら笑うハカセにボクは頷く。


「うん、ボクは料理を作るのが好きだよ。だから料理を作りたいんだ。それで……魔冷庫の中身を使ってもいい?」

「ええよ。あの中身は元々ココのもんやから、ココに使う権利はあるからな。けどまだまだ魔冷庫は開発途中やから中身の品質は落ちとると思うで」

「大丈夫。そっちはボクの手でカバーするから」

「……せやな。そったら、ココは料理を作ってくるんや。彼らはウチが食堂に案内したるから、ココはキッチンに行きや」

「うん、ありがとう。……流さま、ですので彼女に同行して食堂に行ってもらえますか?」

「あ、ああ……、けど良いのか? 今のご時世に私たちのような見た目がボロボロになっている怪しい人たちを食事を食べさせるなんて……」


 ボクらのやり取りを唖然としながら見ていた流さまだったけど、本当に食事を振る舞うと理解してきたようで戸惑いながらも聞いてきた。

 だけど、ボクは首を振る。


「怪しくなんかないですよ。8年前、そちらの奥さまと結婚前に『心根』に食べに来てくれたじゃないですか。そこで美味しいって食べてくれて、勢いのままプロポーズをしたら常連さんに囃し立てられつつも祝福されていたじゃないですか」

「えっ!? き、きみはそんな昔のことを覚えてるって言うのかい!? というか、8年前から『心根』に働いていたっていうのかい!?」

「はい、お店に来てくださる皆さんのことは覚えていたいので……皆さんの美味しいって言う顔を見るのが好きなんです。ですから、流さまたちの料理を作らせてください」

「……わかったよ。きみはそんなにも私たちを想ってくれていたんだね。だから、きみを信じさせてくれ」


 そう言うと流さまは頭を下げ、続くように奥さまとお子さんも頭を下げた。

 ボクはそんな流さま一家へと恭しく頭を下げる。


「お任せください。それでは少々お待ちを……」

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