第10話 回想・2

 【呼び止められた男性客視点】


 私の名前は流通ながれとおる

 食品流通という今のご時世では仕入れには苦労するけれども、その見返りは大きい会社に係長として働く社員だ。

 だが少し前に勤めていた会社が廃業してしまった。……正確にいうと社長一家の夜逃げによる廃業だ。

 廃業の理由は日々地上産の食材の仕入れが難しくなってきたために……無謀にもダンジョン食材に目をつけ、各地のダンジョンで食材の収集を行い消費者たちへと販売を目論んだ社長一家が占める上層部の大きな失敗が原因だった。

 殆どの社員たちは上手くいくのだろうかと不安を感じており、一部の社長の血縁ではない上層部は危険な賭けだと説得をするもその説得は無駄だったらしい。


『……残ってた地上産の食材も持ち逃げしてるって、マジかよ…………』

『金庫の中にも金が入っていないって、事務の子が言ってるぞ……』

『バカだろ……』


 食材が保存されていた保管庫を見てきた社員の報告に何も知らされていなかった地位が上だった上司が頭を抱える。

 さらに追い打ちをかけるべく言われたのは、お金も持ち逃げされていたという事実だ。

 突然の廃業、しかも社員たちへの給料は未払いという最悪な状況だ。


『あなた……、そろそろ冷蔵庫の中が……』

『ああ、わかってる。わかってるんだ…………』

『パパ、ママ……?』


 不安そうな表情で妻が食材がほとんどない冷蔵庫を開けながら言うけれど、私には何も言えない。

 そんな私たちの様子に不安を感じた息子が何とも言えない表情を浮かべるのだが、かけれる言葉なんて無い。

 働いていないから、お金がない。お金が無いので、食料もない。家はあるが、腹の足しにもならない。


『何か、良い手はないだろうか……』

『わたしも、パートやアルバイトを探してみるわ……』

『……ありがとう。私も再就職されるよう頑張るよ』


 私が無職となってしまった時点で妻は私を捨てるという選択も出来ただろう。

 だけど、妻は私を見捨てず……共に支え合うと言ってくれた。

 だからその想いに応えなければ。そう思って再就職先を探すべく職安に足繁く通った。

 けれど……ある程度の年齢に40台には入っていないけれども30代後半というフレッシュマンとも言えない年齢である私を雇ってくれる会社は見つからなかった。

 力仕事も体力が追い付かない上に、腰を痛めているためにあまり無理は出来ない。それも足枷となっているのだろう。

 それでも何とか再就職先を見つけようと努力し、空いた時間に短時間のアルバイトを行い賃金を手に入れることを繰り返す日々。

 結果、少しずつ減っていく食事の量と、痩せていく家族。

 本来であれば、ここまで来たならばダンジョン食材を使うという手もあったかも知れないし、食べ易いように味が付けられた栄養素が盛り込まれたカプセル状の機能食品で補うことも出来ただろう。

 だが、通常の食材で作られる料理に慣れてしまっていた私たちにはダンジョン食材の味も……、化合物のようなカプセルの山をもりもりと食べるということも出来なかった。

 そうして、私たちは徐々に徐々にと追い込まれていき……どうしようも無くなってしまっていた。

 だから、もう終わりにしようと考え始めていて、そんな私の様子に妻も気づいていたようだった。けれど彼女も私の意思を尊重してくれるようで……止めることはなかった。


『すまない……。君にまでこんなことをさせることになるなんて……』

『言わないで。わたしはあなたを信じてここまで来たのだから、最後まで一緒に居させてちょうだい。……けど』


 そう言って妻は眠る息子を憐れむように見る。


『この子にはまだ未来があったかも知れない。それをわたしたちの都合で奪うことになるのが申しわけないわ……』

『そう、だな……。なあ、最後の食事だけど……私が君にプロポーズをしたお店に行かないか? 少し前に店の前を通りがかったら、あの頃のままの見た目だったんだ』

『あの頃のままなのね。……懐かしい、地上産の食材が使われてるから高いだろうって思ってたのにあなたったら緊張でカチコチしてたのよね。でも、料理を食べた途端にわたしも一心不乱に食べていたわ』


 少しだけ恥ずかしそうに当時を思い出しながら妻は言う。

 あのとき食べた料理の味、8年も経ったというのにあの味は本当に忘れられない。

 あそこで食事をとって、それを最後に終わろう。

 そう思いながら、翌日私たちは思い出のファミリーレストランへと赴いた。

 しかしそれは外見だけで、中は思い出とはかけ離れていて……私たちは貧乏人と罵られ追い出された。


『ごめんな……。ちゃんと調べていなかったから……』

『気にしないで。わたしもお腹は空いていなかったから』


 謝る私に気を使わすまいと妻はそう言う。けれどお腹が空いているに違いない。

 そう思っていると息子のお腹がクゥ~と鳴るのが聞こえた。


『ママ、お腹すいた……』

『そうね……。ごめんね、美味しいものを食べれなくて……』


 追い出されたことが怖かっただろう息子は我がままを言うことなく、悲しそうな顔で空腹を口に出す。

 何か食べれるものがあったら良かったのに。

 そう思っていると、私たちは呼び止められた。

 振り返ると10代前半であろう少女が立っており、私の名前を口にして料理を作らせてほしいと言ってきたのだった。


 後に私は語るだろう。この出会いが後の私にとっての転機であったと……。

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