第9話 回想
商店街の片隅にあるファミリーレストラン『心根』――そこは少し離れた郊外の農場で店主が従業員たちと育てている野菜をふんだんに使用し、ある程度の安さで客たちを満足させる家庭的な料理を出す家庭的な洋食屋であった。
しかしそれは昔のこと。
ダンジョンが世界に出現し、地上の栄養がダンジョンへと吸われていくかのように地上の作物が育ち難くなってしまった昨今でも人柄の良い老年の店主とその妻は値上げなどを行わず、訪れる客たちを精一杯持て成そうと試行錯誤の努力を行っていた。
その中で斬新な試みであったのはダンジョン食材を提供するというものであったが、殆どは外れが多く食べれたものではなかった。けれどそんな料理を前にしても店に訪れる常連たちは料理の味と出来栄えにケラケラ楽しそうに笑い、心の底から暖かくなれるような以降の場として愛されていた。
だが、そんな優しい両親たちを見ていたはずの夫婦の息子と彼の一家の考えは……老年の店主のものとまったく違っていた。
折角の地上で育てられた野菜があるのだから、それを使って大金を稼ごうという考えが強く……何度も両親である店主夫婦とぶつかっていた。
『ワシらが居なくなったら、あいつが何をするかは手に取るようにわかる。だから……店を頼まれてくれんか?』
『若輩者ですが、頑張らせていただきます』
そんな不安を抱えつつも、自身の体力の衰えを感じていた夫妻は店の経営を最も信頼できる従業員へと託し引退した。
だが、元店主が引退し、その土地から離れると店主夫妻の息子である男は従業員の大半を味方につけ……託された従業員を陥れて自身が店主の座に収まった。
そしてこれ見よがしに、店の方針を速攻で変えたのだった。
――自分たちの畑の野菜をメインとして地上産の食材を使用し、その分料理の値段をあげろ。
――客のほとんどは政界や金持ちといった金払いが良い者たちしか居れない。
――金のない貧乏人はすぐに追い返せ。
――ダンジョン産の食材は一切使わないように。
それらを従業員に指示し、その指示に反発しようものなら即解雇を言い渡すという圧政を敷いたのだった。
結果、
そうして、ファミリーレストラン『心根』はもてなしの心を失ったのだった。
〇
何処にでもある食事処といった古びた外装とは裏腹に店内はテーブルクロスが敷かれたテーブル、お金がかかっている椅子、天井にはキラキラと輝くシャンデリアという煌びやかに飾り付けられ、何ともチグハグな様相をした店。
そこに入ってくるのはリムジンに乗ってきた……如何にも成金趣味といった風貌の肥えた男性。
そんな男性を待っていたというように入り口に立つのは見栄えが良い女性従業員。
彼女たちは皆、ミニスカメイドのようなデザインの制服に身を包んでおり、訪れた男性へと媚びるように頭を下げる。
そんな彼女たちの様子にニマニマとしたイヤらしい笑みを浮かべつつ男性が進むと、店主である男性が出迎えた。
「ようこそいらっしゃいました金有様、今宵も素晴らしいひと時をお過ごしください」
「おお、店主! 美味しい料理を期待するぞ!」
「はい、お任せくださいませ。ささ、お席へどうぞ」
店主である男性が金有と呼ばれた男性を席に招くと、バストを強調させた制服を着た女性従業員がメニューを持って近づくと腰を屈めながら声をかけた。
金有の視点的には腰を屈んだ女性従業員の胸の谷間がバッチリと見える角度であるため、彼は満足そうに鼻の下を伸ばしながら笑みを浮かべる。
「金有さまぁ、メニューをお持ちしましたぁ~♡」
「ムヒョヒョッ、今日は何を食べるとするかなぁ~?」
「あんっ、金有さまぁ、イタズラはダメですよぉ?」
「そうは言っても抵抗はせんではないか! ほれ、チップだ!」
「きゃ~♪ ありがとうございますぅ~♡」
メニューを持ってきた女性従業員のメニューを受けとる振りをしながらその豊満な乳房を鷲掴み、女性従業員は頬を赤らめつつ困った様子を見せながら彼を窘めるが嫌がっている素振りはない。
そんな女性従業員に気を良くしたのか、彼はその女性従業員の胸の谷間へと財布から取りだした万札を差し込むと女性従業員は嬉しそうな声をあげる。
その声を聴きながら金有がメニューを開くとそこにはフランス料理店にありそうなフォントで料理名が表記されている。……が、その中身のほとんどはファミリーレストランのメニューばかりであった。
そして、金有が今日頼んだのは、豚の生姜焼き定食。
「豚の生姜焼き定食注文入りましたぁ~♡」
「オッケ~イ! ほら、とっとと下ごしらえをしろ!! 調理は俺がやるからよ!!」
「わかりました……」
それが厨房に伝えられ、料理長である店主の息子(料理も出来ないボンボン)が料理人たちに命令する。その指示通り彼らは下ごしらえを始める。
だが、その表情は暗く……やる気に満ち溢れているとはまったく言えないものだった。
当りまえだ。
嘗ては料理が楽しいと思える状況だったというのに、今では金儲け主義に走る店主と厨房を自分の遊び場のように荒らし回るバカ息子。
癒しなんてひとつもない状況の中でやる気に満ちることなんて無いに決まっている。
「あ~、おいおい! 何そんな薄く切ってるんだよ! もっと分厚く切れっての!!」
「い、いえ、生姜焼き用の豚なのでこの厚さがベストなんです」
「うっせぇよ! 親父からはとにかくゴージャスに見せろって言われてるんだから、もっと分厚く切れよ!!」
「で、ですが、そうしたら熱が通らなくて食中毒が……」
「そんなのは火をかなり通せば良いだろうがよぉ! ほら、貸せ!!」
切り始めた豚肉のサイズに文句があったのか、バカ息子は料理人の包丁を奪い取るとまるでステーキでも作るかのような厚さで豚肉を切り始める。
それを見て包丁を奪われた料理人は何とも言えない表情をするも、その表情を見られては困るからかすぐに表情を無くす努力をした。
そんな彼らを無視しながら、バカ息子は「やっぱり俺が仕切らなきゃな!」と言って手慣れていない手つきでフライパンを振るい、野菜を炒め、肉を焼きはじめる。
さらには調味料はドバドバと使用し、若干焦げた臭いが厨房にし始める中で豚の生姜焼きは完成して金有のもとへと運ばれた。
そしてあとに残ったのは焦げ付いたフライパンと乱雑に切られた豚肉や野菜の余り、それと残り少ない調味料。
「洗い物、頼むわ」
「…………はい」
そんな光景を隅で見ていたコックコートを着用していた少女へと、申しわけなさそうに他の料理人が指示を出す。
厨房内、いやファミリーレストラン『心根』の中で少女の地位は最下層だった。
彼女は前店主夫妻に可愛がられており、この『心根』の運営を任されることになっていた。だが……彼女は料理の腕はあっても幼すぎた。
少女が料理を作っている間に、前店主夫妻が少女の補佐として任せていた古株が息子によって買収された。
少女が料理を作っている間に、少女が後継者として選ばれたことを不服と感じていた従業員たちを自分に有利になるように引き入れた。
少女が料理を作っている間に、彼らによって少女が継ぐはずだった店の経営の全てを書き換えられていた。
結果、彼女は書き換えられた委任状を前に、味方となることがない同僚たちを前に、膝をついた。
前店主から託された店を護ることが出来ず、如何にか店に残りたいとバカにされつつも必死に頭を下げた結果……皿洗いの仕事だけを回されるようになっていた。
(……うわ、調味料を入れ過ぎてて辛いし、甘いし、火が入りすぎてて調味料が焦げてる……。率直に言うと不味い)
焦げ付いたフライパンに残ったタレを、少しだけ指で拭い舌で舐めた感想はそれだった。
というか、初心者でもここまで酷い物は作らないだろうとさえ少女は思った。
だというのにフロアから聞こえてくるのは称賛の声。
『いやぁ! 美味い美味い! さすが、すべて地上の食材で作られた料理だ!!』
「あんなのを美味しいっていう馬鹿舌……ううん、味よりもブランドを食べてるんだ」
かつての懐かしい日々を胸に抱きながら、聞こえてくる下品な笑い声に少女は唇を噛みしめる。
店を護ることが出来なかった悲しみと悔しさ、思い出が穢されていく屈辱、少女は自身が限界だと理解しているが……店にしがみ付いていた。
そんな中、店の入り口が開く音が聞こえ……しばらくすると店主の罵声が聞こえた。
『ここを何処だと思っているのですか? この店は貴方たちのような貧乏人が来る店ではありませんよ。ほら、とっとと出ていってください』
『そんな……、前来たときはそんなこと――うわっ!?』
『あなたっ!』
『パ、パパ……ひっくっ』
『うるせえ! ここは俺たちの店なんだよ! 貧乏人たちはゴミでも喰ってろ! ハハハッ!』
店に入ってきた弱弱しい男性の声。続いた声にきっとバカ息子に突き飛ばされたのだと理解でき、そんな男性を心配する女性の声とその光景に恐怖した子供の鳴き声。
聞こえてきた男性と女性の声に少女は覚えがあった。
この店に来たのはたった一度だけで、男性と恋人である女性は料理を注文した。
そして、美味しいと言って食べてくれ……、そこでプロポーズをしていた。
(そんな人たちが食べに来てくれたのに、その対応……。もう、無理だ。もう、何とかできないんだ……)
そして、気づけば少女は洗い物をする手を止め、フロアへと歩き出していた。
フロアに出ると店主が店内の上客へと騒がせていたことを謝罪しているのが見えたが、少女が出てきたことに気づくと彼の息子とともに少女に厨房に戻るよう声を荒げる。
「……っさい」
「あ?」
「何だ? 気でも狂ったか?」
「うっさいって言ったんだ! 店主夫妻の苦労を踏み躙ってゴミしか生まねぇクソどもが! もういい、ボクはボクが好きだった『心根』の『心』を受け継ぐ! あんたらは心を失くした『根』っこでも齧ってろ!!」
「貴様ぁ……、何を生意気なことを言ってる! 温情で置いてもらっている自覚はあるのか!?」
「あったさ! けどもう無理だって理解した。客を金としか見てない自称店主、折角の食材をクソみたいなゴミに作り替えるバカ息子、味よりも地上産というブランドしか見ていない客!」
少女はキレながら店主を指差し、料理長を気取るバカ息子を指差し、女性従業員の腰に腕を回していた金有を指差した。
直後、彼らは憤慨し、少女を罵ったが……その返事とばかりに店主へと着ていたコックコートを投げつける。
「長い間、お世話になりました! 今日限りでボクとあんたらとの関係はない! ボクはあんたらの邪魔をしないし、あんたらはボクの邪魔をするな! じゃあね!!」
「あ、おい待て!! お前ら、あいつを捕まえろ!!」
コックコートを投げつけられたことに腹が立ったのか、店主が従業員たちに命令するが事情を知っている彼らは反応に困っていた。
彼らが動き出す間に少女は素早く動き、扉を開けると外へと跳び出した。
(荷物は度々嫌がらせでロッカーを荒らされるから財布と通信端末っていう、最小限の荷物しか持っていなかったのが幸いしたかも……)
上客に媚びを売って金を貰っていた女性従業員に感謝しつつ、少女は長年働いていたファミリーレストラン『心根』を退職したのだった。
この日、前店主の信頼を持っていた少女が店を辞めたことで、店主となった男とその一家を抑える者は完全に居なくなった。
結果、ファミリーレストラン『心根』は外見さえも完全に高級料理店へと変貌を遂げることとなってしまうのだが……それが彼らの破滅の始まりだと彼らは知らなかった。
そして、『心』を受け継いだ少女は……。
「いたっ! 待って、待ってください!」
「え? キミは……?」
「流さまが『心根』に来くださったのはボクも見ていました。あのバカたちに追い出されるのも……ですから、ボクに皆さんのための食事を作らせてください!」
店から追い出された客たちを見つけると自信満々にそう言った。
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