第6話
【ある探索者視点】
仲間が助かった。それは嬉しい。
しかし、目の前の現実を俺の脳が認めようとはしない……。
当りまえだ。
――コカトリスのブレスを浴びて体が完全に石化してしまったらもう治ることはない。その時点で死は確定していた。
なのにあの少女が飲ませたスープによって石になってしまっていた仲間たちは石化から回復し、俺が渡したタオルを腰に巻いた姿で戸惑いながら周囲を見ている。
その様子から、再び石になる様子もないように感じられた。
「な、なあ、オレたち……石になってた……よな?」
「あ……ああ、石になりたくないって泣き叫んでたから……、いやでも理解できる」
「じゃあ何で、助かってるんだ?」
――オークやミノタウロスの攻撃を受けて、吹き飛ばされ……激しく壁に叩きつけられた仲間たち。
少女の指示で集めた際に見たから判るけど……あばらや背骨が折れてしまっていた。
一番ひどい奴はミノタウロスの斧に斬られたために腹が大きく開いて血塗れ、さらにそこから長い腸がはみ出ていた奴さえも居たはずだ。
それなのに少女の手でひとかけらの焼かれた肉を口に入れられてしばらくしたら、突然立ち上がりやがった。
しかも臓器がはみ出していた奴なんて、斬られて血と腸が出ていた箇所が塞がっている上に栄養補給というように我先にとステーキを取り合っていた。
「おい! このステーキは私んだぞ!?」
「うるせー! 早い者勝ちなんだよっ!!」
「んだとこらぁ!?」
これはいったいどういうことなんだ……?
戸惑っていると、鍋を持った少女――いや、ダンジョン料理人が声をかけてきた。
「とりあえず食卓に座って食べたらいい。まだまだいっぱいあるから」
「あ、ああ……、わかった」
「りょ、料理……?」
頭がまだはっきりしていないのか、石になっていた仲間たちも他の仲間につられて食卓に向かう。
いやちょっと待てよ!? 向かおうとしている仲間の幼馴染を呼び止める。
「ま、待てよッ! おい、早まるなよ! あんなの食べたら変になるだろ!?」
「いや、あんなのって……普通に美味そうに見えるんだけど何かあるのか?」
呼び止めた幼馴染は置かれた料理を見ながら俺に問いかける。だから俺は製造過程を説明すると幼馴染は驚いた表情をしてからもう一度食卓を見た。
俺とコイツ以外の仲間たちが全員馬鹿みたいに料理を食べていた。
しかもその表情は不味いものを食べている……どころか、顔は喰うことに真剣だった。
そして石になっていた仲間たちもステーキを口にし、毒のスープを飲んだ瞬間――
「うめぇ……」
「まじでうめぇ……」
「なんだよこれ……、モンスターの肉は不味いんじゃなかったのかよ……うめぇ」
本当に美味しい。それが伝わるほどの表情であり、どんな味なのか食べて見たくなってしまう。――って、毒だろ!? 食べたいって何だよ!?
そう思っているとコイツも同じらしく、フラフラと食卓に向かおうとしていた。
「おい! 食べたら危ないって言ってるだろ!?」
「ああ、そう言ったよな。けど、けどよぉ……あんな風に美味しそうに食べてたらオレも食べたくなるに決まってるだろっ!!」
「あっ!!」
俺が止める間もなくコイツは食卓に座ると同時にステーキに齧りついた。
そして、ビクンと振るえたと思えば……。
「う――うめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!! 何だこれ、本当にモンスターの肉なのか!? 噛めば噛むほど肉汁が口の中に広がる! それにこのスープもトマトの酸味とピリッとした刺激がたまらねぇ!! しかも野菜は塩だけの味つけなのに、甘味がしっかり出てる!!」
物凄くわかりやすいレベルの食レポを口にしながら、バクバクと食事に夢中になった。
そんな幼馴染や仲間たちの様子を見ながらもやはり俺は食べれずにいた。……が、そんな俺の心境を知ってか知らずかダンジョン料理人の少女はスープの入った器を手に近づいてきた。
「食べて」
「い、いやだっ! 俺は調理を見てたんだ! こんなのを食わせるとか頭おかしいだろ!?」
調理工程を遠目から見ていただけだったから、スープの中身を見たのはこれがまともだった。ダンジョン料理人の少女が出した器の中のスープはトマトらしい赤い色のスープとその中には煮込まれた鶏肉と具沢山の野菜が入っていて湯気が昇っている。
しかも匂いはとても香ばしく……自然と喉がゴクリとなってしまう。
「食べる食べないにしても、どうぞ」
そう言って少女は俺に器を渡して離れた。
「……くそっ!」
仲間たちは狂ったように食事に夢中となっていて、手に持った器からは今すぐ食べろとでも言うように暴力的すぎる美味しそうな匂い。
もしかするとこれは最後の最後に俺自身が見ている幻覚なのか? そんな想像さえしてしまうが……現実のはずだ。
現実、現実に……この美味しそうな、いや絶対に美味しい食べ物は置かれている。
頭が理解した瞬間――自然と俺は器の縁に口をつけ、スープを飲んでしまっていた。
「あ…………っ」
口に含んだ瞬間、アイツが言ったようにピリッとした刺激とトマトの酸味が口の中に広がり……続いて肉のうま味がビッグバンのように押し寄せてきた。
そして気づけば俺はスープの具材も食べ始めていた。
噛み応えのあるコカトリスの肉、スープを吸い込んだナス、煮込まれてトロトロの玉ねぎ、にんじん、サクッとした枝豆の歯ごたえ。そのどれもこれもが口の中で野菜のハーモニーを奏で、腹の中を満たしていく。
「うめぇ……、うめぇよ……!」
瞬く間にスープを飲み干し、お代わりを求めて仲間たちが居る食卓に座ると鍋の中にスープがありそれをよそい、山のように盛られたステーキを1枚掴むとそれを食べる。
塩辛く味付けられていたステーキだがそれ以上の肉汁と脂によって塩辛さは薄れ、口の中には肉を食べているという幸せに満たされてしまう。
……思えば肉をまともに食べたのは何時ぶりだっただろうか?
最後に食べた肉は流通が減った結果、馬鹿高い値段となってしまっていた豚の生姜焼き定食だった。しかもその量は値段に比べて明らかに少ない……お子様ランチといった量しかなかった。
だからここまで分厚くジューシーで美味しいステーキを食べたのは本当に久しぶりで、気づけば口の中に広がる肉と料理の味わいに胃袋と心が満たされていた。
しかも食べていて気付いたけど、ステーキも部位が違うようで噛む食感も味わいも違い、時折コショウのピリッとした辛みが舌を刺激する。
そしてそんな口の中の脂を洗い流すように付け合わせの野菜は美味しく、長ピーマンは軽い苦みと甘味があり、玉ねぎはシャリシャリ甘い。ナスは瑞々しく、生のトマトはほどよい酸味と濃縮された甘みが口いっぱいに広がっていた。
それを俺たちは夢中になって食べ続け、食べ尽くす勢いで食べた。
「お腹いっぱいだ……」
「すっげぇ美味かった……」
「満足したぁ……」
口から出るのは満足した言葉。当然俺もその一人だ。
けど、ここまで味わったというのに疑ってしまっていたのは申し訳ないと感じ、周囲を見渡して少女を探す。
だが少女は何処にも居らず、残っているのは俺たちが食事を囲んでいた食卓と器、それと少し余った食べ物の残りだけ。
「あれ、あの子は……?」
「そういえば、何処に行ったんだ?」
「おい、これ!」
仲間の1人が俺たちを呼び、近づくとなめされたミノタウロスの革とオークの革が数枚置かれていた。
それと紙が1枚。そこには『使ってください。無事に帰れるように』と書かれていた。
どうやら石になった防具代わりに使うように置かれているようだった。
いや、普通にこの革を売ったらかなりの値段になると思うんだけど?
それを心の中で思いながら全員は黙る。
「…………帰るか」
誰かが呟くように言い、俺たちは何とも言えない釈然とした想いを抱きながら岐阜ダンジョン下層からの撤退を行うのだった。
いったい、あのダンジョン料理人の少女は誰だったんだろうか……?
それからしばらくして、生配信中に食べていたあの料理が問題なかったかと持ち帰った料理の余りは鑑定に回され、俺たち全員は病院の検査に回された。
結果、俺たちのステータスが軒並み上昇しているということと……『石化耐性』『強靭』『スタミナ増大』というスキルに目覚めていることが判明した。
そしてダンジョン料理人のことが気になり、調べたのだが……ダンジョン食材を調理して食べさせる料理人の総称をそういうらしい。
その中の一握りのダンジョン料理人は料理にバフ効果を与えることが出来るらしいのだが、そのバフ効果は長くて1日という短いものだという。
「だけど、上昇したステータスが下がる様子はない……」
あの少女が作った料理を食べた結果、俺たちにはバフではなく永続でステータスの上昇とスキルが与えられたようだった。
きっと、これがダンジョン料理人が作る料理の本当の姿なんだと思う。
そんな風に思いながら、俺は再びあの少女と出会うことを心のどこかで願いつつ仲間たちとダンジョンに潜る。
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