第26話 魅了


「ふふふっ、お仲間を囮にされた気分はどう? もしそこから一歩でも動いたらこの子がどうなるか......分かってるわよね?」



 ワシの身体より色々な所が身長含め数倍も大きいヤツは全身を”青色に”透けさせ、その体内で意識を失って目を閉じているヨルをちゃんをわざと見せつけながらワシを見下してニヤリと笑っている。



「くっ......!」


「いい子ね......その悔しくて今にも泣き出しそうな顔を見るともっといじめたくなっちゃう♡ そうねぇ、貴女には私達一族......”サキュバスライム”の恨み辛みを一身に受けてもらおうかしら?」



 サキュバスライム━━。



 ヤツらは文字通りサキュバスとスライムが融合した珍しい魔人でサキュバスならでは美貌と魔力、そしてスライムのように容姿を自在に変化可能な能力と物理攻撃に対し極めて強い耐性を持っているというあらゆる魔人の中でも抜きん出て強力な魔人。

 だが何よりも凶悪なのはその高い魔力や攻撃耐性ではなく人間の男を魅了した後に生殖行為によって精気を吸い尽くし、絶命させて己の魔力に変換して力を高める上、人間の女は自身の特殊な能力で仲間にして繁殖していくという恐ろしい能力だった。



「......その恨み辛みを受ければその子や後ろの女子おなご全員を解放してくれるのか?」


「それは貴女の出方次第ね。勇者も私たち魔人相手に暴れ回っているせいで戦力は一人でも増やさないといけないって言う命令もあるし......。あぁ可愛い可愛い娘たち......早く生まれ変わって来ないかしら♡」



 ヤツは後ろを振り返り満足そうに"ソレ"を見上げる━━。

 "ソレ"とはまるで巨大なサンショウウオの卵のような物で、ブヨブヨとした半透明な管の中に青く透けた卵が何十個も規則正しく並べられており、その卵の中にはヤツが攫ったであろう女性達がその卵の一つ一つにまるでお腹の中で眠る胎児のようにうずくまりながら閉じ込められていた。

 ヤツは街外れのダンジョンを住処にして人間を次々と襲い、この異常な繁殖方法を近深くに隠して仲間を増やしていたのだ。



おぞましい......コレだけの女子を仲間にして人間を襲うつもりか! この街には貴様に囚われている者の帰りを待つ人達がいるのだぞ!」


「だから何? たかがニンゲンの分際でこの世界を我が物顔で蔓延ってるのが悪いのよ。あんまり偉そうなこと言ってるとお腹の猫ちゃんを今すぐ......殺しちゃうよ?」


「っ......!」



 ヤツは自分の腕を鋭利な槍のような形に変え、ヨルちゃんが眠る自身のお腹へと切先を向ける。

 ヤツの体の性質上自分はノーダージで貫通し、内部に囚われているヨルちゃんだけを殺すつもりなのだろう......。



「ふふ......その表情そそるわね。じゃあまず始めに土下座でもしてくれないかしら?」


「なん.....じゃと.....!」


「逆らったらこの子を殺すわよ? 良いの? 貴女の小さいプライドのせいで仲間が死んでも━━」



 くそっ......ヨルちゃんを守るためだ......。



「こうで.....良いか......?」



 ワシは地面に地面に足をついて頭を床に擦り付ける。

 地面のひんやりとした感覚と砂利の痛みに耐えながら奴に頭を向けて情けない格好で許しを乞う━━。



「ふふふっ......いいザマね。でもまだ足りなーいっ♡」



 ドスッ━━! 



「ぐっ......!」



 ヤツは床に擦り付けているワシの頭を履いていたヒールで思いっきり踏みつけた。

 そのせいで後頭部に激痛が走り、ヒールが刺さった傷口からドクドクと血が溢れ出るのを感じながら痛みに耐える━━。



「キャハハハ! あんなに高貴でプライドの塊だった騎士団の一人が私の靴磨きになるなんて最高ね♡」


「この年になってこんなことをするとは.....。もう気は済んだじゃろ? ヨルちゃんを解放してくれ......!」


「はぁ? 貴女目上の人には敬語を使うって教わらなかったの? 全く......コレだから低俗なニンゲンは困るのよ!」



 ドスッ━━!



「ぎぁっ!」


「キャハハハ! け・い・ご! もう忘れちゃったの?」



 くそっ......! ワシにアイツくらいの力があれば......!



「次に悲鳴をあげたら貴女の仲間を殺す......いいわね?」


「申し訳......ございません......。私の仲間の.....ヨル殿を.....解放してください......! なんでもしますから.....!」


「ふふふっ......貴女今なんでもするって言ったわよね? じゃあ一つワタシの願いを聞いてもらおうかしら......」


「なん......でしょうか......」


「貴女......








 ワタシの奴隷になりなさい」


「っ......!」


「魔人と敵対してきた誉高き騎士団長様が魔人の仲間になるなんて最高に屈辱でしょ? この子のために自らが悪となる.....我ながら良いシナリオだわ♡」


「そんな.....ワシは仲間になんか......!」


「言い訳は結構.....。そうだ、貴女には特別にニンゲンだった時の記憶をあえて残してあげる♡ ニンゲンの意識を保ちながらワタシの忠実なお人形になってニンゲンを襲う.....貴女の気持ちを考えただけでゾクゾクするわ......♡」


「頼む.....それだけはやめてくれ.....! ワシには仲間と愛する家族が......!」


「は〜い、タメ語は失格〜♡」


「くっ......!」


「貴女のミスにより大切な子猫ちゃんは死に......貴女は私の奴隷になるの......ふふっ♡」



 ヤツはゆっくりとワシの耳元に近づき妖艶な声で囁く━━。



「最後に良いことを教えてあげる。貴女唯一の家族......ラディアちゃんだっけ? あの子の病気はね......ワタシが原因なの♡」


「な......なんじゃと.....!」


「ふふふ.....キャハハハハ! そうそう! その顔が見たかったのよ! あの子はねぇ.....貴女がそばに居ない間ワタシが近づいて仲良くなったの。その時にワタシの中で寝かせて解放した後、時間差で私の仲間になるように仕向けた......。あの子が今苦しんでいるのは魔人に生まれ変わろうとしている証拠なのよ!」


「き、貴様ぁぁ......!」


「それともう一つ、卵膜に包まれていない状態で変化したらその姿は酷く醜いモノになるの.....。魔力も碌に無い状態で、ニンゲンにも魔人にもなれない本物の化け物になる貴女の家族......心から同情するわ♡」


「やめてくれ......! 孫のラディアは関係ないじゃろ! 痛めつけるならワシにだけにしてくれ......してください!」


「良い顔ね♡ 貴女に直接恨みは無いけど騎士団と分かれば一人残らず屈辱を味わせる......さようなら━━」



 こんなところでワシはヤツの仲間になるのか......。愛する娘が魔人に殺されその恨みで騎士団に入り人々を守ってきたワシは、孫すら助けることができないまま......!



「だれか......誰か助けてくれ......!」


「助けなんて誰も来ないわよ? ここは地下深いダンジョンの中.....現魔王様でも無い限りこんなところに助けなんて━━」















 ト゛コ゛コ゛コ゛コ゛ォ゛ォ゛ォ゛ン━━!






「な、なに!? 一体何が起きたの!?」



 凄まじい轟音と共にこの地下深いダンジョンへと眩しい陽の光が降り注ぐ━━。



「この無茶苦茶な力......まさか......!」





「おいそこのデカ女和田ア◯子......うちの猫とばあちゃんの日向ぼっこを邪魔したのはアンタか? トドの発言を謝罪したばかりなのに少しも懲りてないようだな━━」 



 ワシが血まみれの顔を見上げるとそこにはパンイチの狂気本物の変態がトランクスに手を突っ込んでお尻をかきむしりながら突っ立っていた━━。



*      *      *



「遅かったではないか......!」


「ごめん......グラウンドでチャリティーマラソンしてたら遅くなっちゃった」


「馬鹿......者が......」



 そう言ったディアナさんは頭からものすごい量の血が溢れ出ていて今にも倒れそうな顔色だった。



「ばあちゃん無茶しすぎだって......そこの勧誘女は俺が追い払うからそこの縁側で茶でも啜っててよ」


「おばぁちゃん扱いするな......! それよりヨルちゃんが━━」



 ディアナさんが指を刺す方にを見ると青い肌をしたデカい美人のお腹にヨルが取り込まれているのが見えた。



「マジかよ......我が家の大事なヨルが食われてんじゃん! その猫を食べても美味くないぞ! まさか......お前この世界の大食いチャンピオンジャイアント◯田なのか!?」


「何を言っている! お前こそ何者だ! こんな地下深いダンジョンに上からやってくるなんてありえない......! 一体どんな魔法を使ったの!」


「魔法だぁ? こちとらそんなインチキなんかしないで誠実に生き抜いてきたんだ、お前みたいな托卵女子と一緒にするなよ? なんだこの気持ち悪い繁殖方法は......FA◯ZAで正しい交尾を見直してこい」


「さっきから一体なんの話をしているの? 私の可愛い子達を侮辱するわけ?」


「喋るな口くせーんだよ、いいからさっさとヨルを解放しろ。さもないとク◯ド人のフリして魔王に殺害予告するぞ......あの人種なら『実害はない』と言って警察が捜査を渋るらしいからな」



 スライム色のデカい美人は俺の目の前に立ち、顔を近づけ妖艶な表情で上から覗き込む。



「そんなことさせないわ。しかし貴方、服装は変態だけどよく見ると良い男ね......可愛い♡ 殺すのは勿体無いから遊んじゃおうかしら......魅了チャーム!」


「ダメじゃ! その者の目を見てはいかん!」


「えっ!? そういうのはもっと早く━━」


「ダーメ♡ こっちを見て!」



 スライム女の目からモヤモヤとしたピンク色のオーラが放たれ、それが俺の目にどんどん入り込む。



「うわぁぁぁぁぁぁ......!」



 俺はあまりの目の不快感に思わず地面に膝をつき、手で目を覆う━━。



「シュガーぁぁぁぁっ! くそ......ワシのせいで! すまん......シュガー......!」


「うあぁぁぁぁぁ.......」


「キャハハハ! これで貴方は私の奴隷......♡ 騎士団長様の頼みの綱はこれで完全に無くなったわね━━」


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