第6話 強魔人と絶望


 あの日から俺とソフィさんは正式に付き合う事になった。

 付き合ってからは魔物達との戦いを終え野営を設営して勇者達が寝静まった後にデートを重ねる事が増え、時には雲一つ無い夜に原っぱに横になり満点の星空を2人で見上げた事もあった。

 

 それしてそれは今夜も━━。

 


「今日はその......私のテントで一緒に寝ませんか......?」


「えっ......?」


「えっと......ヨルちゃんと三人で......」


「......うん......良いよ」



 俺たちの間にしばしの沈黙が流れた後、同じテントに入り一夜を共にした━━。



*      *      *



「おいサンドバッグ! 右から途轍もなく強そうな魔人が来てるぞ......! 集中しろっ!」



 勇者のセリフに耳を傾けそっちを見ると、羊の顔に黒い体毛が生えた魔人が黒い煙を吐きながらデカい両刃斧を持ってこちらに歩いてきた━━。



「ハハハ......キサマらが勇者一行か」


「お前......喋れるのか......!」


「ふん、遠い昔に強き人間を喰らい力を得たんでな。それより先程から戦いを見ていたが......キサマらの戦略はなんだ?」


「......なんのことよ!」


「では聞こう、遠くから攻撃魔法を撃つ事しか出来ない哀れな小娘よ。貴様は一体何の役に立ってるんだ? 確かに魔法自体は一級品だが周りが全く見えていない、見えているとすれば勇者の股間か......それとも筋肉男のイチモツか━━?」


「バカするなぁぁっ! 雑魚のアンタが私に対してそんな口叩いたこと後悔させてあげる! 《テネブル・フレイム》」


 「こんなもの......」



 魔法使いエマは挑発に乗り、巨大な黒い炎の攻撃魔法を羊頭に向けて即座に放つ。


 しかしその一撃は簡単に避けられてしまった━━。



「ほらな、他愛もない......」


「くそっ.....! 何なのよアイツ!」


「お前みたいな卑怯者はこれでも喰らうが良い......!」



 羊頭は斧をエマにブーメランのように投げつけるとその速さは目で追うのがやっとの速さでエマに襲いかかる━━。



「嘘......速す━━」



 ザクッ......!



「き゛ゃ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!」



「エマぁぁぁっ! クソがっ! これはどうだ! 《サクスム・グラディウス》!」



 戦士モロウの剣からは銀色のオーラが放たれ、ライオンのような形を成して羊頭を襲うが━━。



 ハ゛ァ ァ ァ ン ッ━━!



「こんなもの......痒いだけだ......!」



 奴が持っていた斧を振るうと1発で戦士の攻撃は粉砕された━━。



「嘘だろ......!」


「嘘ではない!」



 ザシュ━━!



「ぬ゛ぉ あ゛ぁ゛ぁ゛っ......! くそがぁぁぁっ......!」


「こんな体つきの男がこの程度の攻撃で悲鳴を上げるのか? どうやら貴様らは攻撃を受け慣れていないようだな。やはりこの優男に全て攻撃を受けさせることを前提に戦闘を考えている......つまりこの男を潰せば━━」



 羊頭は斧に黒いオーラを纏い、とんでもない速さで俺に向けて振り下ろされる━━。



 ザシュッ━━!



「く゛お゛ぁ゛っ━━!」


「タケル様!!」



 ヤツの斧から放たれた渾身の一撃は俺の体を叩っ斬り、血まみれになった俺はその場に倒れ込んだ。



「く.....そ......」


「ほう......貴様不思議な身体を持っているな。この我の一撃を直撃してもまだ息があるとは━━」


「まあな.....お前が人を喰らうように......俺も紅麹べにこうじを喰らっているからな......」


「べに.....何だそれは。それより貴様異世界人だな......? ならは直ぐに殺さねばならん━━」



 地面と仲良くしている俺に羊頭は容赦なく斧を振り上げてトドメを刺そうと立ち塞がるが、俺はその隙をついて力を振り絞りヤツの足首を思いっきり掴む。



「何っ......!? まだそんな元気が!」


「俺は.......こんなとこで死ぬわけにはいかねぇんだ......! ヨルやソフィさんを殺そうとするお前らにこの世界を蹂躙させるわけにはいかねぇよ......!」


「そうか.....貴様は良い眼を持ってるな。だが死ぬのに変わりはないっ━━!」










「従二位剣撃......不知火ノ龍灯シラヌイのリュウトウ!」


 

 勇者は瞬間的に羊頭の死角に移動し、一瞬で羊頭との間合いを詰める━━。



「くっ......! 離せっ......! この異世界人めっ!」


「先にラム肉になるのはお前だ......羊野郎......!」


「ふん......しっかり押さえておけよサンドバッグ━━!」



 勇者は剣に青白い炎を纏うとそれは巨大な龍の形になり羊頭へと放たれた......





 俺を巻き込む形で━━。



「「ク゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ━━!」」



 羊頭は悲鳴と共に青白い炎に覆われながら斬られたがそれは俺も同じだった。

 俺はその攻撃のあまりの痛さに意識が飛びそうになる━━。



「ぐっ......ハハハ......まさか通常の技だけでなく大技ですら容赦無く仲間ごと斬りつけるとは......。だがそれより面白いものが見れた......魔王様に報告だ━━」



 羊頭はすぐに傷を回復させると紫の魔法陣を展開し、その場から姿を消した━━。



「タケル様!」


「あ.....ああ......」



 羊頭の攻撃と勇者の現状最強である剣撃によって朦朧とする意識を何とか保たせながら俺はソフィさんの呼びかけに応える。



「今すぐ回復魔法を施しますので安静にしていて下さい!」


「待てソフィ! そんな奴よりこっちを先に処理しろ!」


「でも傷の深さはタケル様の方が━━!」


「そいつは唯のサンドバッグだ! そんな奴より戦力となるエマとモロウの回復が先だろうが!」



 確かに二人はダメージを受けてはいるが、俺に比べれば大したことがないのは火を見るより明らかだった━━。



「でもっ!」


「大丈夫だよソフィさん......。先にアイツらの手当てを......」


「......わかりました......でもすぐに戻ります!」



 ソフィさんは駆け足で二人に向かうと勇者は鬼のような顔で俺に向かってくる━━。



「ゆう......しゃ......」


「テメェの所為でエマとモロウは重傷を負った......唯のサンドバッグとしてこの数ヵ月我慢してやっていたがもう限界だ。明日の朝イチでその汚い猫と一緒にこのパーティから抜けろ......!」


「......は?」


「マトにすらなれないお前みたいな役立たずはもう不要なんだよ。サンドバッグのくせに俺の仲間に被害を遭わせやがって......まぁこれでお前が抜けても誰にも批判されない大義名分が出来たわけだし丁度良い。そこだけはあの魔人に感謝だな」


「て......テメェ......」


「それと......ソフィと仲良くやっていたようだがソフィはお前と同行させない。雑魚は大人しく猫と共に余生を過ごせ......今夜だけは最後の情として宿屋に泊めてやる」



 そう吐き捨てると勇者は俺から離れ、仲間の元へと戻っていった━━。



*      *      *



 宿屋にて━━。


 傷が癒えないまま宿屋に着いた俺はベッドになんとか転がり込んた直後に意識を失い、次に目が覚めたのはもう深夜の事だった━━。



「ソフィさんにお別れを言わないとな......」


「ミャァ......」


「ちょっと待っててくれヨル......最後に挨拶だけして帰ってくるからさ」



 俺はソフィさんが寝ているであろう隣の部屋に向かう。

 それまでの短い間ソフィさんと過ごした日々を思い出していた━━。


 あの日から色々あったな......高原から見た街の夜景を2人で見たりたまにあったオフの日には街で彼女の買い物に付き合った事もあったっけ......。

 その時に買ったドレスを国王主催の舞踏会で着たあの姿はこの先も忘れられない程綺麗だったなぁ......。


 もしできる事なら彼女達が魔王を倒した後にもう一度会いたい━━。

 


 コンコンッ......。



「ソフィさん......話があるんだ......」



 返事が無い......もう寝たのか?


 そう思い俺はドアから振り返ろうとするとドアの向こうから声が聞こえる━━。










「んぁ......ダメぇっ......!」



 え......?



 俺は耳を澄ましてその声を聞く。

 もしかしてエマの部屋だったか? それにしては声が少し高い......まさか......!



「ソフィさん......!」



 俺がドアを開けるとそこには━━、







「あんっ♡ アンドレ様ぁ.......もっと......もっとちょうだい......♡」


「ああ......いくらでもくれてやるさ......! あのクソ男に触れられて汚れた分も全部俺が塗り替えてやるよ━━!」


「もう......そんな事言わないでぇ......んぁっ......♡ 私は貴方のものなのに......♡」



 シングルベッドで一心不乱に勇者の上で腰を振るソフィさんとそれを勝ち誇ったような目で見る勇者の姿だった━━。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る