第5話 白魔法使いソフィ・スコリア


 翌朝━━。


 完全に傷が癒えた俺は磔から解放され、野営の片付けをした後再び勇者と共に次の街へ進む。

 俺はなるべく勇者達と喋りたくないため少し離れて歩いていると━━。



「あの......大丈夫......ですか? その......いつも力になれなくてすみません......」



 歩くペースを抑え心配そうな顔で俺の顔を覗き込むソフィさんは、このパーティで唯一俺の事を気にかけてくれる人だ。



「大丈夫ですよ......昨日みんなが寝た後オロナイン塗ったから火傷はこの通りバッチリ」


「オロ......オロ......なんですかそれ?」


「......なんでもないです。それより俺と話してたら勇者達に何されるか分からないから少し離れたほうがいいですよ」


「でも......私はタケル様の事が心配で心配で......。私ならとっくに心が折れてることをずっとされてるから......」


「俺にはヨルが居ますから折れるわけには......。もう元の世界には戻れないし俺は此処で生きるしかないんだ......それにこのパーティに居る方が俺の目的に近づく為にも手っ取り早いし━━」



 この世界は主に国々が陸地で繋がっているが、そのかく国に入国する際には通行手形のようなコインが基本的には必要だ。

 しかし勇者パーティは特別待遇でそんな物無しに各国は自由に出入り出来、俺がこの勇者に嫌々同行しているのは異世界の掟だけでなくそう言った手続きが不要なのもある━━。



「......色々理由があるんですね。タケル様は普段自分のことをあまり話さないから私もっと貴方の事知りたいです」


「え? ああ......でも突然どうしたんですか?」



 同行して3ヶ月程経つがソフィさんの方から積極的に話しかけてきたのはこれが初めてだ。

 だからどんなに無防備だろうと俺は警戒してしまう......なんせ俺とソフィさんこの人では住んでた世界が違うし、この世界での扱いの所為で人をあまり信用できない━━。



「その......なんでタケルさんはいつもヨルちゃんや私を庇ってくれるんですか......? こんなに理不尽な目に遭ってやり返そうとか考えないんですか?」


「それは......」



 俺だって出来ることなら奴を殺してやりたい......でもそれは今の俺にはとてもじゃないけど出来ない。

 なんせ向こうはこの世界の人類で最強に近い存在だ......今まで数々の冒険者や騎士達、魔法使いを見てきたけどヤツらはそいつらが束になっても敵わない程強い事実を嫌と言うほど見てきた。


 そしてそれに比例した外面の良さで人々から絶対の信頼を得ている事も━━。



「......俺にはやり返す力なんて無いからね。俺の力は身体にダメージが半減する無駄な丈夫さしか無いし魔法も全く使えないしさ。それに勇者達に何かしたらこの世界の人が黙って無いだろ? 大衆に石を投げられながら処刑されるのがオチさ━━」


「確かにそうかもしれませんが私は見ていられないです......いつもタケルさんが囮になって損な役回りをしてるじゃないですか......! 私は白魔法使いで回復役なのに勇者さんの指示で貴方を碌に回復させる事もできない......理不尽な扱いの所為で貴方が苦しむ顔を見るのは辛いんです......!」



 ソフィさんの涙ながらの真剣な眼差しに俺は心が思わず揺らぐ......。

 この世界に来て俺の辛さを理解してくれる"人間"は居なかった......ヨルは大切な家族だが、やはり言葉が通じる人に分かってもらいたいと言う気持ちが心の隅にずっと残っていたからだ━━。



「ソフィさん......」


「私......貴方の支えになりたいです......。どんなに辛くても悲鳴を上げるほどのダメージを受けても冗談を言えるその心の強さに私は━━」


「......ありがとう」


「っ......その......私......」


「やっぱり私勇者アンドレさんに交渉します......!」


「あっ......おいっ!」



 ソフィさんは急ぎ足で勇者の元へ向かう━━。



「アンドレさん......! 少し良いですか......?」


「なんだソフィ? そんな怖い顔して」


「あの......もうタケルさんをサンドバッグにするのやめてもらって良いですか?」


「はぁ? なんでお前が交渉すんだよ」


「もう限界です......彼だけが戦いの後もアンドレさんや他の皆さんのマトにされるのなんて見てられません!」



 ソフィさんの言葉に対しアンドレ勇者は気に入らなかったのか今にも殺しそうな顔でソフィさんを睨みつける━━。



「お前に指示される筋合いは無い、俺らはアイツを強くしてやってんだ。アイツが"丈夫な身体"とやらで攻撃の耐性を上げれば俺たちはなんのダメージも無く魔物共をぶち殺す事が出来る。お前のその可愛い顔が今無傷なのもアイツのおかげでもあるんだぜ? それでもまだそう言うのか?」


「......はい、私はそれでも納得出来ませんし我慢の限界です! もしこれ以上彼をサンドバッグにするなら私は彼と一緒にパーティを抜けます!」


「は? 何言ってんだお前? 気でも狂ったか?」


「そうよ? アンタ頭可笑しいんじゃないの? アンタが抜けたところで━━」


「可笑しくありません! 彼が抜けても貴方達は使い物にならない道具が一つ減っただけと考えるかもしれませんが私も抜ければ国の人達も流石に不審に思う筈です。そして私はその人々にこれまでの全てを話します! もし勇敢な者たち・・・・・・が敵の攻撃を1人に全て受けさせて自分達は安全圏から攻撃するだけでなく、戦いが終わった後も彼を虐めていたと知ったら皆はどう思いますかね?」



 確かに勇者達は俺に対する扱いが皆に知れ渡れば都合が悪いのだろう。

 その証拠に奴らは人々の前では俺に何も危害を加えないし、俺が無能だと広まってはいるが一応は・・・人間扱いをしている。

 だからソフィさんのセリフには勇者連中を脅すだけの材料が揃っていた━━。



「っ......」


「アンタ......」


「もしそれでもやると言うのなら━━」






「良いだろう......」


「アンドレ......!」


「お前っ......」


「お前の意見呑んでやるよ。アイツを木人椿もくじんとうにするのはやめる......但しアイツが囮になるのは変わりないぞ。ヤツにはそれくらいの事をして貰わないとこのパーティにいる意味は無いからな」


「っ......! でもっ......!」


「良いよソフィさんありがとう。俺は君達と違って魔法も使えないし剣も使えない......使えるのはお箸・・くらいだから俺が囮になるのは仕方ないんだ」


「......それならタケル様に使う回復魔法は最低限使わせてもらいます。良いですねアンドレさん?」


「......わーったよ、木偶の坊のコイツを虐めるのもそろそろ飽きてきたしな。それじゃ話は終わり......それにしても女の子に庇われるなんて情けないヤツだ。じゃあみんな行くぞ」9



 俺達は再び歩き出し、魔物の被害を受けている次の村へと向かった━━。



*      *      *



 あの交渉から数週間が経ち、俺の扱いは少しマシになった。

 戦いが終わった後にサンドバッグされる事は無くなり回復魔法も付与してくれる事になったが、囮で勇者達の攻撃をモロに受ける事は変わりなかった━━。



「タケル様......今日もお疲れ様です」



 魔物討伐後の村の宿でソフィさんからヨルの分の夕飯を受け取り、ヨルの前に動物を焼いた肉が盛られた皿を置いて頭を撫でる━━。



「ンミヤァ......」


「ありがとうソフィさん、ヨルの分まで━━」


「いえいえ......タケル様にはいつも助けられてますから」



 ソフィさんは俺が座っているテーブルの隣に座り、一緒に食事を摂る......あの日以来ヨルとソフィさんの3人で食事を摂る事が多くなった。

 そうすると自然と話すことも増えて以前より親密な関係になっていく......例えばお互いの故郷の話をしたり好きな趣味やお互いの過去の話をしたり、時には少し恋愛の話をすることも増えた。

 正直顔が整ったこんな可愛い子が俺を気にかけてくれる上に毎日顔を合わせて話をしていると嫌でも好意の気持ちも出てくる......。

 でもそのおかげでこの数週間は凶悪な魔物が出現しても頑張る事ができた。

 

 そしていつしかそれは、両親に捨てられがむしゃらに生きてきた俺にとっての初恋になりつつあった━━。

 


「お疲れ様でした勇者様、そして御一行の方々━━」



 そう言って宿屋の食堂に現れたのは髭面の村長だった。

 村長は手をスリスリとしながら見るからに勇者達に媚を売って話しかける━━。



「勇者様......明日の魔物討伐に備えて英気を養って頂きたく、この村で一番の村娘を集めて参りました。娘達よ! こちらに!」



 俺たちの前に現れたのは様々なタイプの美女達で皆化粧をしっかり施され、衣装も踊り子のような露出度の高い格好をしている。

 そしてほぼ全員が勇者や戦士に見惚れており、やはり勇者のルックスとパーティの名声は絶大である事を思い知った━━。



「さぁ勇者様、この中から好きな娘を選んでください」



 村長はスリスリとしながらまるで時代劇の越後屋みたいな言い方で勇者に尋ねる。



「そうだなぁ......じゃああの娘で」



 勇者が指差したのは並んでいる美女の中で1番綺麗な人だった。

 だがその人は勇者に選ばれたにも関わらず全く顔が嬉しそうじゃない......。



「わ......私は......」


「さぁ来なさいエリシア、お前が勇者様のお眼鏡に叶ったんだ。早く勇者様と共に━━」


「村長......以前も言いましたが私には婚約者が......」


「エリシアよ、勇者様に選ばれたのは光栄な事なのだぞ? この期に及んでそのような事を抜かすとは......!」



 村長と娘のやりとりに勇者はニヤリとする━━。



「君は心に決めた人がいるんだね......

 






 じゃあやっぱり君が良い━━」



「そんな......!」


「俺はそういうのが興奮するんだ......。さぁ早く」



 勇者は半ば無理やりその子の手を取り引っ張ろうとする━━。



「やめましょうよ......」



 俺はそれに我慢出来ず思わず声を上げてしまった。



「なんだお前、俺のやる事に口出しすんのか?」


「悪趣味だって言ってるんですよ勇者様。その股間に収まってる短剣は権力で脅しつけないと女を落とせない程なまくらなんですか?」


「なんだと......?」



 村の人が見ているこの場ならこの程度の挑発では流石にヨルも何かされる事はない筈......それに婚約者がいる彼女をこんな人を蔑むクズに寝取られるわけにはいかない━━。



「お前......誰に向かって口を聞いてんだ?」


「鎧の下から横チンはみ出してる勇者様に言ってるんですよ。人類の英雄が村娘1人寝取るのにそんな下心が出ちゃってるとは......一度部屋で抜いて勇者から賢者にジョブチェンジした方がいいですよ。どっかのバトントワリングチームの元指導者みたいでこっちが恥ずかしい......」


「テメェ......」


「気に入らないなら俺を殴れば良いですよ、でもそうすれば勇者様がたかが・・・性欲に負けた証拠になる。まさか天下の勇者様が己の欲望すら抑えられない自制心の弱い人間だなんてそんな情けない事は無いですよね......?」


「うるせぇ!」



 勇者の振り翳した拳がスローモーションに見える。

 そういえば俺唯一人より優れてるのが動体視力だったっけ......でもその反応速度に身体がついてこないんだよな......。


 俺は諦めたように拳を受けるであろう頬に思いっきり力を入れる━━。



 ハ゛キ ィ ッ━━!



「っ......!」


「勇者様......!」



 骨が折れるような音とみんなの驚きの声に俺は目を開けると、そこには苦虫を潰したような顔をして拳を押さえる勇者の姿があった━━。



「っ......き......興が醒めた......今夜は1人で居よう......。サトウ......覚えておけよ......?」



 まさかコイツ......俺の頬を殴って逆に折れたのか?

 確かに殴られた部分は全く腫れ上がって来ないし痛くも無い......もしかして俺の身体に何か異変が起きている━━?



「すみません勇者さん......。魔物へのデコイで俺は毎回頭をやられるんで忘れると思います」


「っ......! 行くぞ......モロウ」


「ああ......」


「あ、待ってよアンドレ!」



 勇者は不貞腐れたように戦士モロウ魔法使いエマと部屋に戻り女性と村長は唖然としていた━━。



「......とのことなのでこう言った事はあまりしない方が良いですよ村長。村を救ったお礼に女性を捧げるなんて今時フェミニスト連中が黙ってませんよ?」


「そ......そうですか......」


「もし貴方の奥さんが逆らうことの出来ない権力者に寝取られたらどう思います? 少しは自分に置き換えて考えた方が良い━━」


「はい......」



 俺が村長にそう言うとさっき助けた娘さんが涙を目に溜めて俺に話しかける━━。



「あの......ありがとうございます! 私......彼を裏切らなくて良かった......っ.......」


「俺も胸糞な展開を阻止できて良かったです」


「でもそれよりも貴方はこの後大丈夫ですか......? 勇者様と気まずくなったり......」


「大丈夫ですよ......もう慣れてますから」


「そうですか......。本当にありがとうございますっ!」



 そう言うと村娘達は村長と共に帰って行った━━。



「あの......タケル様......」


「なんでしょう......?」


「私......今のでハッキリしました......」



 ソフィさんの綺麗な顔が俺に近づくとその綺麗な黒髪から仄かに香る香水が俺の鼻をくすぐる。

 俺はその香りと彼女の頬が赤くなった顔にドキッとしながらじっと彼女を見つめる━━。



「私......タケル様が好きです......」


「えっ......」


「貴方の他人を思いやる心と優しさ、自らの犠牲を厭わないその強さに私惚れてしまいました......」



 彼女がサンドバッグの俺をそんな風に思っていてくれたなんて......。



「その......俺も好き......です......」


「えっ......」


「これからも一緒に居てもらえますか......?」



 自然と彼女との距離が更に近づきお互いの息が掛かるほどの近さで見つめ合い━━、



「......はい、私こそ貴方のそばに居たいです......」



 食堂の一室でお互いに唇を重ね合った━━。



「ミャァ......!」



 ベロベロベロベロ━━。



「なっ......ヨルッ! もちろんお前のそばに俺はいつでも居るぞ? だから顔を舐めるのはもうやめてくれぇっ!」


「ふふふ......あはははは! ヨルちゃん可愛いですっ」


「はははっ......そうだね......」



 俺はこの日、この世界に来て初めて笑った気がした━━。

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