第4話 サンドバッグはつらいよ

 俺の才能をパーティメンバーに言った時から俺に対する雰囲気は最悪だった。

 俺の才能は爺さん神父から瞬く間に大聖堂の連中に広まり、大聖堂から出発の際に俺を蔑む目で見つめる者やヤジを飛ばす者もいた。

 俺はそれが恥ずかしくなり街を出てすぐ湘南○風のボーカルみたいなターバンを巻いて顔を隠し、身体も露出が少ない服を着るようになった。


 だがそんな民衆の冷たい視線より圧倒的に俺への扱いが酷かったのは勇者パーティの連中だった━━。



*     *     *



 勇者達と旅をしてから3ヶ月程が過ぎ、俺達は各地で魔物を倒しながら数々の人を救ってきた。

 その間も俺以外の勇者一行は人々から讃えられ歓迎されるが、俺にとっては想像を絶する程過酷なモノだった━━。



「グルルルルッ......」



 次の村までの林道を進む俺達の前に現れた数体の狼みたいな魔物は、鋼のような銀の体毛に覆われ口からは黒い煙を発しながら俺達を睨みつける━━。



「アイツのあの黒い煙......恐らく俺らと出会う前に人を喰らってるな......」


 

 この世界の魔物及び魔人は人間の"脳"を完食する事によって更に強くなり、時にはそこから特殊な能力を得て人間の一個小隊以上の強さを発揮する者もいるという━━。



「おいサンドバッグ分かってるよな!? いつも通り囮になれ! 」



 ほらね......始まったよ......。



「いや俺フリスビーじゃないからさ......あんな何頭の犬を1人でマトになれる訳......」


「うるせぇなぁ! お前勇者の俺様に口答えすんのか!? 黙って従えないなら殺すぞ......《上級剣撃・焔一閃》!」


 

 ボワッ......ザシュッ━━!



「う゛あ゛あ゛つ゛っ......!」



 勇者が放った剣撃は魔物にではなく"俺"に放たれ、俺の身体は一瞬で炎と凝固した血液に覆われる━━。



「流石はサンドバッグだ、大袈裟な声を出して敵にアピールしてやがる」




 ふざけんなよ......これで何十回目だ......? 俺はいつまでコイツらの理不尽な扱いに耐えれば良いんだ......!



「ふふっ......その程度で悲鳴あげちゃってキモいんですけど。異世界人なんてこんな事でしか役に立たないのね」


「ぐ......ぅぁ......」


 エマは蔑んだ目で俺を見つめながら暴言を吐く。


「その程度......だと......?」



 コイツが今放った剣撃はこの前の洞窟で習得して直ぐに現れたレッドドラゴンを一撃で倒してただろうが......!



「はっはっは! 情けないなぁ。そんなもんで根を上げたら......今夜お前をいつも以上にしばき倒すぞ?」


「き......くそ......がぁ......プロテインで脳みそ浸ってるくせ━━」



 ドスッ━━!



「ふ゛ぁ゛ぁ゛ッ......う゛ぉ゛ぇ っ......!」



 モロウ筋肉ダルマの拳が俺の腹に思い切り入る━━。

 


「よく分からんがあまり舐めた口聞くなよ......? やられ役にしかなれないお前にこのパーティになんの価値がある? なぁ?」


「みんな......! このままじゃタケル様がっ!」


「おい、ソフィは黙ってろよ? ほらみろ......俺たちの攻撃のおかげで流れたアイツの血で魔物が寄ってきてる━━」



 魔物達は俺の血の匂いにつられて涎を垂らしながら俺の方に向かってくる。



「くそっ......身体が......動かねぇ......!」


「ミャァ......!」


「ヨル......来るな......逃げろ......!」



 俺はなんとか体を動かしてヨルを遠くに追い払うが、それとは裏腹にヨルは俺を心配そうに擦り寄る。



「大丈夫だ......俺はお前を置いて死なないさ。生憎身体だけはあのぽっちゃり女神肥満体のせいで無駄に丈夫になっちまったからな......だから逃げろ......!」


「ク゛ル゛ル゛ァ ァ ァ ァ ッ━━!」



 俺に襲いくる魔物からヨルをなんとか振り払った瞬間、魔物の牙が俺の腕に食い込み肉が引きちぎられる感触が俺を襲う━━。



「く゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ......!」


「ひーひっひっひ! アイツ攻撃魔法とかも全く使えないからマジで食われてるぜ! しかし"アイアンウルフ"にあんな事されてもまだ悲鳴あげる元気があるなんてな。俺たちがサンドバッグとして鍛えた甲斐があっだって事だ感謝しろよ!」


「ひどすぎます......こんなの......」


「な......だずげで......ぐれ......た゛の゛む゛......」


「そうだなぁ、敵もまとまった事だしそろそろトドメを刺すわ。《上級剣撃・鬼炎一閃キメラいっせん》!」


「までっ......おれはまだにげ━━」



 勇者は渾身の剣撃を魔物に向けて放つ......俺を巻き込んだ状態で━━。



 ス゛ト゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ン゛ッ━━!



「く゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ......!」



 俺の身体は再び炎に包まれる。

 魔物と共に斬撃を喰らった箇所は焼き切れたような状態で肉が焦げた匂いが鼻の奥を刺激した━━。



「悪い悪い、お前がノロマだからつい当てちまったよ。でも仕方ねーよな? お前はそうやって引き寄せることしかできないんだからさ......それくらいは我慢しろよ」



 確かに俺は魔法も使えないし、攻撃と言えば転移前に吾朗おじさんから少し教わっていたキックボクシングぐらいだ。

 だが人より少し健康で丈夫になっただけの男の攻撃など魔物相手には効く筈もなく、更にこの才能の所為で俺の役割は奴隷以下のクソみたいなものだった━━。



「くそっ......なんなんだ......なんで俺だけこんな目に......」



 女神が与えた"丈夫な身体"という才能の所為なのかこの世界に来てからというもの攻撃を受けてからの回復が早くなり、更に完治すると次からはそれ相当量のダメージを受けても半減される事に気がついた。


 でもだからと言って痛みは毎回感じる訳で傷も普通に負うし、回復するまでの間は怪我人同様の存在でマトモに動けなくなる......そして何より俺に攻撃する手段は素手以外にないので本当にただの"マト"だった。


 そして"健康"の方と言えばニキビや吹き出物といった皮膚病、異世界ならではの伝染病や風邪などの病気、そして毒や麻痺などの状態異常にただひたすらならないだけの文字通り健康になっただけだった━━。 


 こんな力の所為で俺は今やられた通り敵のサンドバッグやデコイになり、魔人や魔物の攻撃を直撃する毎日を送っていた。

 毒の沼や痺れる罠などは俺に全て受けさせ、勇者達は安全を確保してから進むというフォーメーションが既に完成していた。

 そして野営の道具や自分達の荷物は全て俺に持たせるのは当たり前で、救った街の人はただボロボロの俺より実際に魔物を倒して手柄を立てた勇者や他のメンバー達を称えて俺には全く触れてこなかった。

 というより"不気味なターバン野郎"は無能と言う噂が広まり俺だけ宿屋の手配がされてなかったり、夕飯はヨルと同じ適当な物を雑に皿へとよそられて食べることもあった。


 それでも俺は飼い猫のヨルに怪我をさせない一心で頑張ると自己暗示をかけ、折れそうな心をなんとか奮い立たせる日々を過ごしていた。


 だがそんな気持ちとは裏腹に人間サンドバッグの俺は戦いが終わった後も終わらなかった......それは今夜も━━。



「おいサンドバック! 今日は新しい魔法剣撃を受けてもらうぞ! 《ブレイズオブソード!》」



 ボッ......! ザシュッ......!



 戦士によって木に磔にされた俺は抵抗することも防御する事もできず、今日もただ勇者の攻撃を受けるサンドバッグになっていた。



「ぐぁぁあぁっ......!」


「なんだお前......健康で丈夫な身体なんだろう? それならこれくらいの攻撃悲鳴をあげずにすんなりと受けてみろや!」


「くそっ......次からは悲鳴で......オペラを歌っててやるよ……!」



 ボワッ......!



「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ......!」



 身体へのダメージが軽減されるとは言っても新しい技を使われる度にみんな威力が上がる為、毎日が拷問のソレと同じだ━━。



「はっはっは! 汚ねぇ声だなぁ!」


「シャァァァァッ!」


「ちっ! なんだこのクソ猫っ!」



 ドスッ━━!



 俺の悲鳴を聞いたヨルは勇者へと立ち向かうが一蹴されてしまう━━。



「よ......ヨルッ......!」


「その黒猫を殺されたくなければ大人しくしてろ、荷物持ちしかできない役立たずのお前が役立つように俺たちは育ててやってんだよ。なぁエマ、モロウ?」


「そうよ? それに貴方は病気にもならないしその分私達より楽で良いじゃん。それと可愛がりセレモニーでこうして貴方を強くさせてあげてるんだから......」


「けっ......セレモニーだなんて......オマエはどっかの宝塚かよ......! 被害者に頭下げてから出直してこい......」


「貴方の例えはいつもよく分からないわ。ただバカにしているのは分かるからその生意気な態度を2度と出来ないよう壊してあげる......《サンダーボルト》!」


「く゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」


「あーはっはっはっ! 魔物に攻撃するのも良いけどこうして人間サンドバッグに攻撃して悲鳴を聞くのも悪くないわね。これでまた盾として強くなれるわよ? よかったじゃん」



 黒魔法使いのエマがそう吐き捨てると僧侶のソフィは怯えながらも勇気を振り絞った表情で俺とエマの間に割って入る━━。



「もうやめましょうよ勇者様! これ以上はタケル様が可哀想です! いくら丈夫な身体でも本当に死んでしまう......!」



 俺を庇うソフィにエマは能面のような顔で近づく━━。



「やめましょう? あんたみたいな下級僧侶が何偉そうな事言ってんの? 私達が今までまともなダメージを負っていないのはサンドバッグのおかげなのよ? それとも......貴方があいつの代わりになる?」


「っ......!」


「やめるんだソフィさん......この役目は俺がやる......これでヨルを守れるなら......」


「タケル様......」


「だから頼む勇者......ヨルやソフィさんに暴力を振らないでくれ......」


「ちっ! なら今からその縄解いてやるからさぁ......俺たちに対して頭を地面に擦りつけろや。そうすれば聞いてやるよ」


「っ......本当......だな......?」



 俺は縄を解かれると力無く地面に倒れ、満身創痍の状態で土下座の体勢に入る。

 ヨルのためならプライドなんか丸めて捨ててやる━━。



「お願いします......二人を......傷つけないで下さい......」


「タケル様......っ......」


「しゃあねえなぁ......でも今日は口答えした罰としてそこに磔にされながら寝てろ。お前が流した血で魔物が引き寄せられてる間俺たちは安心して寝れるからな、そして魔物がお前に集った隙をついて攻撃だ」


「そんな......」



 殺してやる......コイツだけはいつか必ず殺してやる......!



「断ればこの猫は殺す......そしてソフィが次からサンドバッグになる。良いな?」


「くっ......」


「じゃあ今日は仕舞いだ。みんな飯食うぞ」


「ちょっ......俺の分は......」


「は? なんもしねーお前にはねぇよ。そこで俺たちの食事を涎垂らしながら見てろ」



 俺はその場に再び磔にされたまま、奴らが囲む美味しそうな食事をただ見届けることしかできなかった━━。



「腹......減ったな......」



*      *      *



 夜中の野営地にて━━。


 腹が減って寝れない俺は、自分の傷口が治っていくのをじっと眺めていた━━。


「確かに前より丈夫になってる......」



 この間まで治るのに1日以上かかったダメージが、受けてから数時間後にはすっかり治っていた。

 そして体つきも服を着ていると分かりにくいが、よく見ると何故か筋肉が以前よりついて身体が筋張ってきている━━。



「毎日とてつもない量のダメージを受けてるからその分身体が出来上がってきたのか? でも勇者達も魔物を倒して強くなってるからとてもじゃないけど俺の身体一つじゃ追いつけない......」



 悲観的になりながら俺は勇者達が食い残した食べ物をじっと見つめる━━。

 するとヨルが勇者達の眠るテントから這いずり出て残り物の干し肉を口に咥えて持ってきてくれた。



「ミャァ......」


「ヨル......ありがとな......」



 俺はヨルから受け取った干し肉を口に咥えて一心不乱に食べ続けた。

 その干し肉の味が口に広がる度に昔の生活を思い出す━━。



「またお前とマグロ食べたいなぁ......。まさか焦げたマグロがあんなにも恋しくなるなんてさ......出来る事なら元の世界に帰りたいよ......」



 結局その日は魔物が襲われる事が無いまま木にもたれ掛かり、知らぬ間に意識を手放していた━━。







『......ご主人......』

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