【神々の時代】知らなくてはならないもの
――フラメール湖――
フラリア聖国に存在する海のように巨大な湖。
湖に面している首都エスパリスからは湖と共に霊峰が臨めるため、その景色を一目見ようと多くの者が訪れる。
――――――――――
そのアトリエは、いつも以上の静けさに包まれていた。
薄暗い部屋の隅には、ティルシアが静かに眠っているベッドが置かれている。
窓から差し込む柔らかな月明かりが彼女の顔を淡く照らし、その表情は穏やかであったが、どこか疲れた様子も見受けられた。
セレネアとマグナスは、その傍らで話していた。
「ティルシアちゃん…。ごめんね、私たちがちゃんと支えてあげられていれば…」
セレネアの声には不安と心配が滲んでいる。
彼女はティルシアのそばに座り、優しくその手を握りしめていた。
「誰のせいでもないよ、仕方がないさ。」
マグナスは静かに首を振りながら、ティルシアの顔を見つめていた。
その表情には無力感と深い思索が浮かんでいる。
突然、部屋の扉が乱暴に開かれ、一柱の神が焦ったように声を上げながら入ってきた。
「大事ないか!ティルシア!」
精悍な顔つきと長髪を結んだ背の高いその神は、まっすぐとベッドに向かって歩いてくる。
槍の神、ニヴリエンである。
「ニヴリエン…ティルシアちゃんが心配なのはわかるけど静かにして頂戴?」
セレネアは厳しい表情でニヴリエンを注意した。
彼女の声には苛立ちと同時に、ティルシアへの深い愛情が感じられた。
「す、すまない…。だが手をこまねいているわけにもいかないだろう、何かできることは無いのか?」
ニヴリエンの声は少し落ち着きを取り戻したが、その目にはまだ焦りが残っている。
彼はマグナスに視線を向け、期待するように問いかけた。
「ないよ?」
マグナスはきっぱりと答えた。
その淡々とした答えに、ニヴリエンは動揺した。
「なっ…。何もか?本当に何もないのか?」
ニヴリエンの顔には困惑と絶望が浮かんでいた。
「うん、今は見守るしかないね。大丈夫、ティルシアなら平気だよ。」
ニヴリエンは肩を落とした。
神たる自分たちは死ぬことは無い、いずれ目覚めるだろうとわかっていても、何もできない自分が悔しかった。
三柱の神は、ただ静かに眠るティルシアを見つめるのだった――。
気が付くと、ティルシアはアトリエの作業台に座っていた。
「…あれ?何してたんだっけ?」
ああそうだ、剣を創っていたんだとすぐに気が付く。
目の前にある書きかけの設計図にペンを走らせ、いつものように剣を描いていく。
「ふふん、我ながら完璧。まさに芸術だよね。」
彼女は書きあがった図面を見て微笑んだ。
今回の剣も上出来だと感じ、上機嫌だった。
図面を丸め、小窓に放り込む。
小窓には森の中にぽつんと一人でいる女性の姿が映り込んでいた。
大きな三角帽を被り、丈の長いコートのようなものを羽織っている。
薄紫の髪を持ち、その眼差しは真剣そのものだった。
別に戦っているわけでもない彼女の様子に素直な疑問がこぼれた。
「ってあれ?何してるの?」
その召喚士は小岩に腰かけ、神器を膝の上に置きそれをまじまじと見つめ、スケッチしていた。
ティルシアが小窓に集中すると彼女の声や彼女の持つペンが紙を走る音が聞こえてくる。
「今日の天気は晴れ、気温は快適に過ごせる程度、消費魔力は必要最低限、体調は良好…」
ぶつぶつと呟きながら彼女は剣の絵と、メモ書きを紙に加えていく。
「わかってるのは消費魔力に応じた持続時間の違いと、見た目が毎回違うこと、あとは、最低限召喚に必要な魔力があること…」
すると描き終えたのか、彼女は紙とペンをしまうと神器を手に取り、軽く振るった。
神器は空を切り裂き、離れた場所にある大木に深い切れ込みが入った。
「良く手になじみ、そして神器が持つ性能もそれごとに違うと。この辺は召喚する時のイメージの問題かなぁ。」
程なくして、神器は光と共に消えてしまう。
少ない魔力で召喚された神器は、寿命も短い。
彼女はペンと先ほど描いたスケッチを取り出し、メモを加える。
「うーん、でもやっぱり見た目がなぁ。」
微妙なんだよねぇ。
その言葉を聞きティルシアは憤った。
彼女は拳を握りしめ、怒りに満ちた表情を浮かべた。
「またぁ!?私の剣に何の不満があるの!?」
召喚士はティルシアが怒っていることなど露知らず、独り言を呟いている。
「なーんか気に入らない、何がって言うと、わかんないけど。これって召喚する私のセンスの問題?」
そんな彼女の言葉にティルシアは歯を食いしばり、小窓に拳を叩き付けた。
「~~~っ!こいつ!毎回毎回変な召喚ばっかでまともに戦いもしない!何なのさ!ムカつく~っ!!」
ティルシアはバンバンと机を叩き、そして息を切らした。
「もういいや、どうせまたいつか召喚するんだから、その時絶対納得させてやるもん。」
ティルシアは強く誓った。
彼女は小窓を払いのけ、次の小窓で必要になる新たな剣のデザインを考え始めた。
「そう、私は神。取るに足らないわ、あんなの。」
ティルシアは自分の決意を胸に、新たな創作に取り組もうとした。
その時、ふわりと目の前が暗くなり、違和感を覚える。
こんな事、前もあったような、でも今の今まで、忘れていたような。
彼女の言葉を聞いた時、また、毎回、そう口にしたのだ、あんな事を言われたら絶対忘れないだろうに。
閉じられていた何かが開くような感覚。
暗闇の中で、ティルシアは思わず口走る。
「レナ――。」
ティルシアの目がゆっくりと開かれた。
ぼんやりとした視界の中で、彼女は自分がどこにいるのか一瞬混乱した。
次第に視界がはっきりすると、彼女はベッドの傍らに立つセレネア、マグナス、ニヴリエンの姿に気づいた。
彼らの心配そうな表情を見て、少しずつ状況を思い出し始めた。
セレネアはティルシアの手を優しく握りしめ、ほっとしたように微笑んだ。
「ティルシアちゃん、大丈夫?」
その声に応えるように、ティルシアはゆっくりと頷いた。
彼女の頭はまだぼんやりとしていたが、徐々に意識がはっきりとしてきた。
ニヴリエンは少し動揺した様子で、ティルシアに近づいた。
「ああ!心配したぞ!意識が戻ったんだな!」
久しぶりに顔を見た気がするが、相変わらず暑苦しい物言いだなとティルシアは心の中でそう思ったが言葉にはしなかった。
「何で三人がここにいるんだ?」
ティルシアは疑問を抱きながらも、彼らの説明を待った。セレネアが柔らかい声で答えた。
「ティルシアちゃんが倒れているのを見つけたのよ。すごく心配だったのわ。」
マグナスも頷きながら続けた。
「セレネアやニヴリエンだけじゃないよ、クロノックとエイヴァリオもとても心配していたよ。」
特にクロノックの慌てようはいつにも増して可愛かったねぇ、そんな言葉を聞き流しながら、ティルシアは自分がどれだけ長い間眠っていたのかを知ろうとした。
しかし、具体的な時間感覚はまだ戻っていなかった。
「ああ、君を見つけてからそんなに時間は経っていないよ。ずっと眠っていた訳じゃないから安心して。」
そんな様子のティルシアを見て察したのか、マグナスはティルシアの疑問に答えた。
「心配してくれてありがとう。」
ティルシアは感謝の気持ちを込めて言った。
それを聞いた三人は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに元の表情に戻った。
ニヴリエンは少し照れたように笑った。
「当然のことだ。お前が元気になることが一番大事だからな。」
ティルシアは再び周囲を見渡し、アトリエの静けさと穏やかな雰囲気に包まれていることを感じた。
月明かりが窓から差し込み、彼女の顔を柔らかく照らしていた。
ティルシアはふと、夢の中で聞いた名前を思い出した。
レナ、ティルシアは心の中でその名前に対してどこか懐かしさを感じていたが、それが具体的に何を意味するのかはまだ分からなかった――。
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