【探索の時代】あなたならきっと - 後編

――静思の庭――

花々の咲き誇る美しい庭園。

神々が思索に耽るときに訪れるが、ほとんどマグナスしか見かけない。

――――――――




アリシアと私は幼い頃から舞い手になるために切磋琢磨してきた。

毎日、朝から晩まで練習に励み、互いに技術を高め合った。

アリシアは誰よりも美しく舞うことができ、その動きはまるで風のように優雅だった。


「セリナ、今日の練習も頑張りましょう!」


アリシアはいつも明るく私を励まし、その笑顔は私にとって何よりの支えだった。

だからこそアリシアの病状を知った時、私は言葉を失った。

ある日、アリシアは突然倒れた。

医者に診てもらうと、病が進行しており、足が思うように動かなくなっていた。

彼女の苦しむ姿を見て、私は胸が締め付けられる思いだった。


あんなに元気だった彼女が、舞えなくなるなんて。


それからの練習は、私にとって辛いものだった。

アリシアのいない練習場は寂しく、彼女の姿がないことが信じられなかった。

私は毎日舞い続けたが、心の中にぽっかりと穴が開いたようだった。

ある日、私は師匠に呼ばれた。


「セリナ、君が次の舞い手に選ばれた。」


その言葉を聞いた瞬間、喜びと同時に大きな重圧がのしかかってきた。


「私が…アリシアの代わりに?」


私は自分が舞い手として選ばれたことを受け入れられなかった。

アリシアの美しい舞を知っている私には、彼女に代わることができるとは思えなかった。

私は舞台に立つことが怖くなり、ふさぎ込んでしまった。

毎日、練習場に足を運ぶものの、踊る気力が湧かない。

アリシアのように美しく舞うことができない自分が情けなくて、涙が止まらなかった。

ある夜、私はアリシアの病床を訪れた。

彼女は私の顔を見ると、微笑んだ。


「セリナ、どうしたの?元気がないみたいね。」


ああ、どうしてアリシアは、今も微笑んでいられるのだろう。

どうしてこんなにも強くあれるのだろう。

ベッドの隣にある椅子に腰かけ、私は俯いた。


「アリシア、私…私は舞い手として選ばれたけど、あなたのように舞うことができない。皆の期待に応える自信がないの。」


私は涙ながらに訴えた。

アリシアは私の手を握り締め、優しく言った。


「セリナ、あなたが舞い手になるのは私も嬉しいわ。あなたの努力は、ずっと隣で見てきた私が誰よりも知っているもの。」


私はアリシアの言葉に耳を傾けたが、心の中の不安は消えなかった。


「でも、あなたみたいに綺麗に舞うことができない。皆が期待しているのはアリシアの舞であって、私じゃない。」


アリシアはいつもと変わらない言葉で続けた。


「セリナ、私たちは違う人間なの。私の舞は私のもので、あなたの舞はあなたのもの。それぞれの美しさがあるのよ。大切なのは、自分を信じて、自分らしく舞うことよ?」


アリシアの言葉を聞いて、私は反論しようとする。


「でも――」


しかし、言葉は出なかった。

顔を上げた私が目にしたのは、月明かりに照らされ静かに涙を流す彼女の顔だった。


「だから、私は………。舞って、セリナ。」


お願い――。

私はわかっていなかった。

誰よりも辛いのは、苦しいのは、アリシアなんだ。

自分勝手な理由でふさぎ込んで、一番悔しい想いをしているアリシアに甘えて。

自分のなすべきことをわかっていなかった。

私はアリシアを静かに抱きしめた。


「アリシア、ごめんね?それから、ありがとう。私、頑張る。あなたの分まで、全力で舞うから。」


月はただ、静かに二人を照らしていた――。




祭りの最終日、私は緊張しながらも舞台に立ち、全力で舞った。

アリシアの言葉を胸に刻み、彼女の夢を背負っていることを感じながら。

観客の歓声と共に、私は舞い続けた――。




大神官様の話を聞いた私は、胸の中に溢れる思いを抱え、師匠の元へ走った。

稽古場に戻ると、師匠はそこで待っていた。

私は彼女の前に立ち、深く頭を下げた。

床に影が落ち、私の呼吸が乱れているのがわかる。

心臓が早鐘のように鳴り響く中、私は勇気を振り絞って口を開いた。


「師匠、ごめんなさい。私、ずっと怖くて、自信がなくて。でも、わかったの。」


師匠は静かに私を見つめていた。

彼女の目には優しさと同時に、どこか寂しげな色が浮かんでいた。


「エリス…」


師匠は小さく私の名前を呼んだ。

私は言葉を続ける。


「皆そうだったんだって、私自身がやらなきゃいけないんだって。」


師匠は深く息をつき、私の肩に手を置いた。

その手の温かさが、私の心を少しずつほぐしていくのを感じた。


「いいんだよ、エリス…。私も、ちゃんとお前と向き合えてなかったのかもしれないね。」


私はその言葉に、さらに胸が熱くなった。

師匠の言葉には、真心が込められていた。

私は再び涙をこらえ、さらに真剣な表情で続けた。


「…大神官様から聞いたの。師匠の話。師匠の友達って…私のお母さんなんでしょ?」


師匠は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに深い悲しみを帯びた瞳で頷いた。

彼女の目には、長い年月が刻まれているようだった。


「そうか、聞いたんだね。…私はあの後舞い手の指導者になり、アリシアは結婚して家庭を持った。そしてお前を産んで、私に託したのさ。」


私は自分の両親のことをあまり知らない。

父は魔物に殺され、母は私を産んですぐ亡くなってしまったと聞かされていた。


「師匠、ありがとうございます。私、もう大丈夫です。ちゃんと向き合って、やるべきことをやりとげます。」


私は固く決意した。

師匠の目には、私の覚悟が映し出されているのがわかった。


「それが私の、二人のお母さんへの、恩返しだから。」


師匠は微笑みながら私を抱きしめた。

その温もりは、母親の愛情そのものだった。

私は彼女の腕の中で、全ての不安が消え去るのを感じた。

静かな稽古場で、二人の心は一つに繋がっていた――。




祭りの最終日、エリスは舞台の上に立っていた。

背後には霊峰がそびえ、広大な湖が広がり、静かに水面が揺れていた。

観客席には数千人の人々が集まり、エリスの一挙手一投足に期待を込めた眼差しを向けていた。

弓、杖、斧、槍、盾、それぞれの演目が終わり最後に披露される剣の舞を、人々は待ち望む。


「エリス、がんばれ!」


群衆の中から誰かが叫んだ。

その声に応えるように、エリスは深呼吸をし、心を静めた。

彼女の手には、美しい神器、輝く剣が握られていた。


エリスの心に迷いはなかった。

エリス剣を高く掲げた。

剣の刃は月明かりを受けてきらきらと輝き、その光が湖面に映し出されていた。

エリスは二人の母を想い、感覚を研ぎ澄ました。

次の瞬間には舞の始まりを告げる音が鳴り響いた――。




ティルシアは自身の小窓からエリスの舞を静かに見つめていた。

彼女の動きはまるで風のように軽やかで、剣と一体となって舞う姿はまさに神々しいものだった。


「きれい…」


ティルシアは、エリスの舞に心打たれた。

彼女の舞は、ただの戦いのための剣の動きではなく、まるで剣そのものが生きているかのように感じられた。


「なにも斬っていないのに、どうしてここまで…」


ティルシアは自身に問いかけた。

彼女はこれまで、剣は戦いの道具であり、それ以外の用途はないと考えていた。

しかし、エリスの舞を見て、彼女の中に新たな感情が芽生えていた。


「舞のための剣…それもまた、剣の一つの在り方なのかな…」


ティルシアは小窓から視線を外し、深く考え込んだ。

彼女は自分がなぜこれまでそのことに気づかなかったのか疑問に思った。

違和感を覚える、これまでも、創ってきたはずだ。

斬るためだけのものではない剣を。


「あれ…?」


覚えている、剣を創った事実を。

知っている、何も斬らない剣を。

だがどうしてか、ティルシアは知らなかった。

エリスの舞を見て覚えた感情を。

ただそこにあったのは、漠然とした不安定な感覚。

気付いた矛盾に、ティルシアは自らの思考がぐちゃぐちゃになって行くのがわかった。

目の前が暗くなり、頭を抱える。


「知って、いや、知らない?覚えてる。何を、私は?」


そこで思考が途切れた――。



祭りの舞台では、エリスの舞が最高潮に達していた。

彼女の動きは一つ一つが完璧で、観客は息を呑んでその姿を見守っていた。

舞が終わると、会場は大歓声に包まれた。


エリスは剣を握りしめ、天を仰いだ。

彼女の心には、自分自身が新たな道を歩み始めるための力強い決意が刻まれていた。


ありがとう、師匠、アリシア、そしてティルシア様。

エリスは心の中でそう呟き、微笑んだ。

彼女の舞は、これからも多くの人々に感動を与え続けることだろう――。

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