【探索の時代】英雄の軌跡 - 後編
――魔物――
5つの種族と動物類に分類されない者たちの総称。
おおよそ知性と言えるものを持たないものがほとんどである。
――――――
オゥロの剣が鋭く空を切り、その鋭い一閃がウーの頬をかすめた。
狼の獣人は反応速度の速さを生かし、巨大な体を低くしてオゥロの次の攻撃を見据える。
彼の大剣が地を軽く打つたびに、遺跡の床が震える。
一方、オゥロはその鋭い動きでウーの大剣の軌道を読み取り、繊細かつ迅速に回避していた。
戦闘は一進一退を繰り返し、二人の間の空気は火花を散らすほどに熱くなる。
オゥロが斬りかかる度に、ウーは大剣を使ってブロックやカウンターを試みる。
大剣の一撃が石壁に激突すると、その衝撃で小さな石が飛び散り、広間に轟音が鳴り響く。
疲労が二人の動きを鈍くさせつつある中、ウーが思い切った攻撃を仕掛ける。
彼は全身の力を込めて大剣を振り下ろし、オゥロに向けて巨大な斬撃を放つ。
オゥロはそれをかろうじて避けるが、その隙にウーは再び攻撃を加える。
大剣がオゥロの肩をかすめ、布が引き裂かれる音が静かな遺跡に響く。
オゥロは痛みを感じながらも反撃に出る。彼は剣を振り上げ、ウーの腕を狙う。
しかしウーの反応は速く、彼は大剣を使ってオゥロの攻撃を受け止めた、その瞬間、オゥロは渾身の力を籠めウーを蹴り飛ばし、それを利用し距離をとった。
その勢いのままオゥロは右手の剣を鞘に収めつつ、左手で腰のダガーを抜き放ち、それを地面に突き立てた。
渾身の力で蹴られ、怯んだウーは視界の端で剣を収めつつダガーを抜いた男を見て直感した。
この男は、召喚魔法を使える。
考えるよりも先に体が動いた、体勢を立て直すため大剣を地面に突き立てると同時に魔力を込める。
一瞬遅れたが、問題ない、ダガーでは魔力を送るのに時間がかかる――。
ほぼ同時に二人の足元に魔法陣が広がった。
魔法陣の光は次第に強まり、新たな魔法陣が空中に現れ、その中から神器の柄が出現した。
二人は同時に柄に手を伸ばし、素早く引き抜いた。
オゥロの手に握られた神器は細身の長剣で、刃には銀色の光が走り、握りやすい形状の柄が特徴的であった。
剣は薄く、軽やかでその表面は鏡のように光り輝き、剣の中心には小さな宝石が埋め込まれていた。
その中からは青白い光が発せられていた。
一方、ウーの大剣はその巨大さと重厚感が圧倒的な存在感を放った。
剣の刃は広く、重量感があり、一振りするだけで巨岩を砕くことができるだろう。
刃の両面には細かい刻印が施され、それが古代の文字のように見える。
柄の部分はしっかりとした革で覆われ、手に馴染むよう工夫されていた。
剣の中心には大きな赤い宝石が埋め込まれており、その宝石からは赤い光が周期的に脈打つように輝いていた。
「コイツは驚いた…なっ!」
オゥロは不敵に笑いながら突進する。
オゥロの神器は、銀色の刃から放たれる冷たい光が遺跡の影を切り裂き、その一振り一振りが空気を震わせる。
彼の剣が振り下ろされるたびに、その余波で壁に裂け目が生じ、かつての壁画が粉々に崩れ落ちる。
この剣は、ただ物を切る以上に、その周囲の環境にも変化をもたらす力を秘めているようだ。
ウーの持つ大剣はその巨大な刃から発する赤い光が、周囲の空間を赤く染め上げる。
彼が剣を振るうと、その力強い一撃で床が盛り上がり、石が飛び散り、まるで地震が起きたかのような振動が遺跡全体を揺さぶる。
ウーの剣が石壁に衝突すると、その衝撃波でさらに多くの石が崩れ落ちる。
剣がぶつかり合う度に、二人の間から放たれるエネルギーが遺跡に刻まれた魔法陣を活性化させ、周囲の空気がひんやりと冷たくなる。
二人の冒険者はその経験と勘から、互いの神器が互角であり、このままでは決着はつかないと悟っていた――。
突然、部屋の隅にあった巨大なゴーレムの残骸が蠢き始める。
その動きは最初はゆっくりとしていたが、次第に勢いを増していく。
ゴーレムの体中の石片が魔力に反応し、それぞれが輝きを放ち始める。
ゴーレムの胸部に埋め込まれていた核が、ウーとオゥロの戦いによって放たれた魔力の波動により完全に活性化し、目を覚ます。
「ゴーレムだぁ!?」
オゥロが驚愕の声を上げる中、その巨体がゆっくりと立ち上がり、その動作一つ一つが地を揺らす。
ウーとオゥロは一時的に戦いを中断し、新たに現れた脅威に対処する準備をする。
ゴーレムの両目からは深紅の光が放たれ、その視線が二人の戦士に向けられる。
部屋中の空気が張りつめ、重厚なプレッシャーが漂う。
「まさか魔力の余波で起動したのか…?」
ウーが呟くと同時に、オゥロは戦闘態勢を整える。
「どうやら一時休戦だ、共闘するしかねぇな!」
二人は失念していた、自分たちがどれ程の時間剣を交えていたかを。
ゴーレムに向き直り、神器を構えたその時、淡い光と共に神器は消えてしまった。
しまった、そう思うや否やゴーレムが一歩前へと踏み出し、その巨大な手が二人に向かって振り下ろされる。
転がる様に回避し、這いつくばった二人が逃走を考えたその時、何かが割れるような音と同時にゴーレムは光を失い、動かなくなった――。
「コイツ、自分の攻撃の反動で核が壊れるほどボロボロだったってのか。」
ゴーレムの核が収まっていた胸部を眺めながら、オゥロはぼやいた。
核は粉々に砕け散ってしまったようで、跡形も無くなっていた。
ウーはオゥロを一瞥し、ほっとしたように大剣を肩に担ぎ直す。
その時、彼の目が部屋の片隅にある開いた扉を捉えた。
扉の向こうはゴーレムと同様何らかの装置が起動したのだろう、明かりが見え、小部屋であることが分かる。
「あそこで一息つかないか?」
ウーがオゥロに提案する。
オゥロは少し驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。
「まぁいいぜ、どうせこれ以上戦っても意味ねぇしな。」
二人は静かにその小部屋へと歩を進める。
部屋は古びた机といくつかの椅子があるだけの質素なものだったが、その中央には大きな水晶版が設置されていた。
ウーが興味津々でそれに近づくと、ふと版が光を放ち始めた。
二人の冒険者ウーとオゥロは思わずその光に目を向けた。
画面には、荒涼とした遺跡の広間が映し出されている。
そこは彼らが先ほどまで戦っていたのと同じ場所だったが、時代は明らかに異なる。
映像は一部がぼやけていたが、その中で一人の剣士が銀色の鎧を身にまとい、巨大なゴーレムと対峙していた。
彼の姿はウーとオゥロが町で見たアスタリアの銅像と瓜二つで、手には輝く剣が握られていた。
その剣からは時折、細かな電光が走り、剣の切っ先が目にも留まらぬ速さでゴーレムへと向けられる。
アスタリアは高く剣を掲げ、剣から放たれる輝く光がゴーレムの胸部に埋め込まれた核へと突き刺さる。
一瞬の静寂の後、爆発的な光が画面を覆った、光が収まると、ゴーレムは倒れ伏していた。
そして画面は再び暗くなり、アスタリアの勝利の様子が静かに終わりを告げる。
「…マジか」
再び光を放つことが無くなった水晶版を前に、オゥロがようやく言葉を絞り出した。
ウーは画面から目を離さずに、何かを思い出すように低くつぶやいた。
「俺が冒険者を志したのも、アスタリアの英雄譚がきっかけだった。彼の足跡をこんな遺跡で辿れるとは…」
オゥロはウーを見つめ、少し考え込むように顎を撫でた後、口を開いた。
「俺もだ。子どもの頃にアスタリアの物語を聞いて、こんな強くてかっこいい英雄になりてぇ思った。まさか憧れの英雄が戦ったゴーレムと向き合うことになるとはな…」
すぐ動かなくなったけどな、とオゥロは続ける。
彼らは一瞬、昔を思い出すかのように静かになり、その後、オゥロがおおげさに声を発した。
「あーあ、先に見つけた遺跡に入られるわゴーレムの核は砕けるわで今日は散々な日だぜ。」
ウーはオゥロの言葉に頷き、軽く笑った。
「…オゥロだ。」
オゥロは目の前の獣人に名を名乗った。
ウーはきょとんとした顔をしたが、すぐに自分も名乗る。
「ウー、俺はウーだ。」
二人は古びた椅子に腰掛けると、遺跡の深淵に埋もれた英雄譚と、彼ら自身の冒険に思いを馳せた――。
ティルシアは小窓を通して静かにこの一幕を見つめていた。
彼らが振るった剣は結局、斬るべきものは何も斬れなかったのだ。
彼女の神器は、戦いそのものを変える力を持っているはずだった。
しかし今、目の前で繰り広げられるのは、かつての敵同士が互いの夢を語り合い、友情を育む様子だった。
彼らが互いに語り合った話からは、戦いだけなく、彼らの背景にある共通の憧れが見え隠れしている。ティルシアはその事実に対し、深い疑問とともに新たな感慨を抱いた。
「剣が人を繋ぐ?」
窓越しに彼らの交流を見守るティルシアの心には、彼女自身が設計した剣が、ただ敵を倒すためだけのものではないかもしれないという新しい認識が芽生え始めていた。
これまでの彼女は剣というものを、その破壊力によってのみ評価していた。
しかし、今目の前で繰り広げられる光景は、剣が持つ別の力、人と人との間に架け橋を築く力を彼女に教えている。
「わかんないよ…」
ティルシアは深くため息をつき、再び設計図に目を落とした。
彼女の手が、新たな剣の設計を始める。
今度の剣は、もしかしたら戦うためだけのものではなく、何かもっと大きな意味を持つものになるかもしれない。
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