【神々の時代】忘れないで
――召喚士――
召喚魔法を操ることができる魔法使いの総称。
希少性が高く、この魔法が使用できることは大きなアドバンテージとなるが、
魔力の消費は大きく、召喚できる武具の性能は本人の魔力量や才能に大きく依存する。
―――――――
そのアトリエは、創造と孤独が共存する空間だった。
天井は高く、大きな天窓から差し込む自然光が、クリスタルのシャンデリアを通して部屋全体をやさしく照らしていた。
壁一面には剣の図面や古文書が飾られており、その中央には大きな作業台が鎮座していた。
その作業台で、一人の少女が黙々と剣の設計に取り組んでいる。
少女はひらひらとした薄布の白いワンピースを纏っており、、長い黒髪を持っている。
その服は彼女の動きに合わせて優雅に揺れ、裸足であることが、自然と調和した存在を強く物語っている。
彼女の前には小窓が浮かび、そこにはある戦場の様子が映し出されていた。
彼女の指先がペンを動かすたびに、紙上の剣はさらに精巧に、そして美しく変化していった。
この日も、彼女は新しい剣のデザインに集中していた。
彼女にとって剣は、ただの武器ではなく、自らの欲を満たす道具であり、究極の芸術作品だった。
しかし、その剣がどのように使われ、どのような結果をもたらすかには無関心で、ただ剣そのものの完璧を追求しているのだった。
そんな彼女の集中を咎めるように、声が響いた。
「ティルシアちゃん、今ちょっといいかしら?」
ティルシアと呼ばれた少女は、一瞬手を止めたが、すぐに作業を再開した。
彼女にとっては来客よりも剣を描くことの方が優先されるようだ。
「セレネア…私は今作業してるんだけど。」
少し苛立ちながらもティルシアは自分に声を掛けてきた女神――セレネアに声を発する。
セレネアは申し訳なさそうにしながらも、静かに作業台へと近づいた。
そんなセレネアに向け、更に言葉を続ける。
「大体お前、自分の召喚に応じなくていいのか?」
剣を描くことに喜びを持つティルシアからすると、セレネアがアトリエを離れ自分の元にやって来る感覚が今一つ理解できない様だ。
セレネアが答える。
「邪魔してごめんなさいね?私の方は一段落着いたわ、それに時間は永遠にあるもの。」
神々の空間はプレシアの時の流れとは異なる。
プレシアのあらゆる時間、場所を観測できるこの空間は、確かにプレシアから見ると永遠と言えるだろう。
そして小窓の中で、セレネアの弓が召喚されていたことを思い出す。
感じた気配からして、目の前にいるセレネアが先ほど創造した物だったのだろう。
一つ作業を終えたティルシアはペンを置き、セレネアを見上げた。
「…それで?何か用?」
セレネアは何かを迷うようなそぶりを見せ、口を開いた。
「えーっと…あのね?最近、ティルシアちゃんアトリエに籠ってばかりだったでしょう?それで心配になって…」
ティルシアは首を傾げた。
「私たちは神だよ?そんな人間的な心配してどうするのさ。」
ティルシアは要領を得ない彼女を見据えると、その瞳のに深い懸念の色が存在することに気付いた。
心配しているのは事実だが、その上で何か伝えたいことがあるのだなと、直感でわかった。
するとセレネアが言う。
「そうね、確かに私たちは神よ。だからこそ私たちの創る神器、その影響は非常に大きいの。」
ティルシアの直感に気付いたのか、セレネアは本題を話し始めた。
ティルシアはセレネアの言葉に少し眉をひそめたが、同時に興味を示すようにも見えた。
「影響って、何の話?」
セレネアは一歩前に進み、少し屈んでティルシアの目をじっと見つめ、口を開いた。
「大きな力を持った神器は、簡単に何物をも殺してしまう。命を奪ってしまえるの。」
ティルシアはそんなこと知っていると言わんばかりに椅子の背もたれに体を預けると、自分の考えを述べた。
「でも、それこそが武器で、それが道具としての価値だろう?」
ティルシアは理解している。
剣とは、何かを斬るための道具であると。
セレネアは優しく、しかし確かな調子で応えた。
「私たちの創る神器は、使われる場所、使われる時、使う人によって、喜びも悲しみも生むの。それはただの道具ではないわ。」
ティルシアは腕を組み、考え込むそぶりを見せた。
「…わからないなぁ、剣は剣、どこまで行っても他者を斬るためのものだよ」
セレネアは優しく微笑み、続ける。
「それはそうかもしれないけれど、ティルシア、あなたが剣を創るその瞬間から、あなたはその剣の一部なの。あなたの意志、あなたの感情、それが剣に宿るのよ。だから、その剣が何をするのか、少しは考えてみてほしいの。」
ティルシアはセレネアの言葉に、胸の内がチクりとする感覚を覚えた。
セレネアはティルシアが深く考え込む様子を見て、これ以上の議論は彼女にとって負担になるだろうと判断した。
少し微笑みを浮かべながら、彼女は静かに言った。
「今はわからなくてもいいわ。時間が経てば、自分の作るものがどんな影響を及ぼしているのか、感じることができるかもしれない。いつでもいいから、何か思うところがあれば話しに来てちょうだい。」
そう言い残し、セレネアはアトリエを後にした。彼女の去った後、ティルシアはしばらくの間、言葉を失い、自分の作業台に目を戻した。
彼女はペンを手に取り、再び剣の設計に集中しようとしたが、なぜかセレネアの言葉が頭から離れなかった――。
セレネアは自分のアトリエに戻るため廊下を歩いていた。
その廊下は広く、天井は高く、壁には様々な魔法の光が揺らめくタペストリーが飾られていた。
角を曲がる所でふと彼女は青年と出くわした。
青年は何かを考える様子で歩いており、なんと頭には木の枝が乗っている。
セレネアはその光景に、思わずため息をついた。
「…マグナス、頭に枝が乗っているわ。」
指摘された青年、マグナスは頭に手をやって驚いたように枝を取り除いた。
「ああ!すまない!さっき庭園を歩いていた時だろうね。気付かなかったよ。」
彼は緩く笑いながら枝を手に持ち、セレネアの視線を受けて少し照れくさそうな表情を浮かべた。
呆れながらセレネアはマグナスの風貌を観察し、他に乱れた所が無いか確認した。
マグナスは、小さな眼鏡を鼻先にかけており、その下には好奇心に満ちた明るい青い目が光っている。
だぼついた服装自体は少し気になるが、特に問題は見当たらなかった。
「また思索に耽って歩き回っていたの?」
セレネアがそう言うとマグナスは苦笑いしながら答えた。
「はは、ご名答。杖のアイディアに詰まってしまってね。」
マグナスはプレシアにおいて杖の神として信仰されており、知恵と洞察の象徴とされている。
深く考え込んで周りが見えなくなるのが悪い癖ね、とセレネアは頬を緩めた。
「それで、ティルシアの様子はどうだったんだい?」
こちらを見据え、マグナスは言う。
彼にティルシアの元に行くとは告げていなかったが、恐らく歩いてきた方角から推察したのだろう。
よくわかったわね、と呟くと難しい顔をしていたと指摘された、どうやら私もマグナスの癖を笑えない様だ。
「…まだ時間がかかりそうだわ。でもあの子なら大丈夫よ、貴方もわかっているでしょう?」
マグナスは頷き、まだ枝を手にしたまま少し遠くを見つめるように言った。
「そうか…彼女が自分で気付くまで、そっと見守るのが最善かな。」
セレネアはその言葉に少し心を軽くなった。
考え過ぎ、干渉のし過ぎも良くないのかもしれない。
「それにしてもマグナス、また変わったアイディアでも浮かんだのかしら?」
マグナスの目が輝き、話の転換に感謝するかのように応えた。
「そうなんだ!実はね、杖が自然界のエネルギーと同調して、持ち主の意志に応じて形を変えるというコンセプトを思いついたんだ。例えば、森を歩いているときは枝のように、水辺では流水の動きを模した形になったり!でも神器は存在できる時間が短いからどうしようかとずっと悩んでて…。」
セレネアは彼の情熱的な説明にうなずきながらも、その子供のような純粋さを改めて感じたのだった――。
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