秘匠作りし剣の啓示
なべひとつ
【探索の時代】召喚魔法
――探索の時代――
プレシアの歴史において未知の領域への探索が活発に行われた時代。
冒険者たちの最盛期である。
―――――――――
ティリシェ王国――
東大陸中央部に位置するこの国では冒険者パーティによる活動が盛んだった。
討伐した魔物の毛皮や鱗、採取した希少な鉱石、幅広く利用できる素材から作られる工芸品や武具、衣類、家具などで知られる首都アスタリアは今日も冒険者たちで賑わっていた。
少し肌寒いか、宿の扉を開けた瞬間ちょっぴり後悔しながらも私はまだ静かな路地を足早に駆けて行った。
申し訳なさと自分の体への苛立ちを感じながら。
やっちゃったなぁ、読み
仲間の魔法使いアディンに借りた本が面白く、つい熱中してしまった。
何でもこの町を作った英雄の話だとかで、知らない人の方が珍しいらしい。
「どうせ私は田舎者のエルフですよーっ」
魔法の才能があり、森を飛び出してきた私は世間知らずなところがあると自覚していた。
右も左もわからなかった私を拾ってくれ、面倒を見てくれているパーティの面々に申し訳なさを感じながら走っていると、目的の建物が見えてきた。
冒険者に対する依頼を
「ほんっとうごめんなさい!!」
朝から冒険者で賑わうギルドの一角で、既にテーブルを囲んで待っていた仲間たちに対して出た第一声は謝罪の言葉だった。
あれこれ言い訳を考えてはいたけど、結局謝るしかないし、そうしないといけない。
互いに背中を預ける仲間同士、信頼関係は大切になる。
何より皆と比べると私はまだパーティに加入してから日が浅い。
頭を下げていると、リーダーのトムの声が聞こえてきた。
「頭を上げてくれ、ミレア…遅刻と言っても大幅に遅れたわけでは無いから問題はないよ」
そう言って苦笑しながらこちらに声を掛け、とりあえず座る様にと促してきた。
続けて小柄なリーク族の女性、アライアが声を発する。
「なに、ノール族の奴らよりましさ、アイツら遅れるのがいつもの事だからねぇ、
同じドワーフとして恥ずかしいったらないよ」
その言葉に苦笑いを浮かべながらミレアは席に着く。
すると隣に座っていたローブを纏った青年、アディンが言う。
「それよりミレアさん、どうでした?昨日の本の感想を聞かせてください。」
遅刻の原因がわかってて言っているのだろう、わざとらしい。
するとトムが同調するように言った。
「なるほど、それが面白くて眠れずに遅刻したってところか?」
テーブルが笑いに包まれる。
ミレアは自分の顔が熱くなるのを感じながらうなだれた。
少し間をおいてトムは口を開いた。
「さて、遅れたけどもう大丈夫だ。今日の依頼について改めて話そう。」
トムはそう言って、ギルドから受け取った依頼書をテーブルの上に広げた。
依頼書には、王国西部にある村からの報告が記されていた。
村近辺にある森の深部で、最近異常な振る舞いを見せる魔物の群れが確認され、近隣の村々にまで被害が出始めているという。
村人が恐怖に怯えている状況であるため、調査と討伐の依頼がギルドに届けられていた。
「ここからだと、馬車も利用して3日程かかりますね。」
依頼内容を見てアディンが言った。
その後、簡潔に依頼内容の確認を済ませ一同はギルドを後にし、西の森へ向かう準備に取り掛かる。
装備の点検を済ませ、町で食料と水を準備した後、彼らは冒険へと足を踏み出した――。
依頼元の村に到着し、簡単な聞き取りと準備を済ませた一同は、すぐさま森へと足を運んだ。
森に近づくにつれ、空気がひんやりとしてきて、木々の間からは絶えず霧が流れてくる。
先行して警戒しているアライアが呟いた。
「おかしいね…魔物の気配が少ない…」
この森は古くから「霧の森」と呼ばれ、厚い霧と迷路のような樹木で覆われており、普通の冒険者では足を踏み入れることさえ
普段とは明らかに異なる森の雰囲気に、パーティ全員が警戒を強める。
森の奥深くに進むにつれて霧も濃くなり、
「確かに、依頼書には魔物の群れと書かれていたがさっぱりだな」
アライアの報告にトムも同意する。
そこにアディンが慎重に付け加えた。
「もしかしたら、何かが魔物を追い払ってるのかもしれない。いや、これは…」
アディンの言葉を聞きながらミレアは周囲の霧をじっと観察する。
霧の中に何か混ざっているような、そんな感覚がしたのだ。
「この霧、自然のものとは少し違う気がします。魔法の力を感じるんです。」
ミレアの言葉にアディンはハッとした顔で何かを伝えようとしたその時――。
「右前方!いるよ!」
アライアが叫んだ。
ミレアはアライアが指摘した方向に目を向けると、ぼんやりとした影が動いているのが見えた。
恐らくコイツが騒動の元凶だろう、直感でそう理解した。
アライアは素早く弓矢を構え、トムは荷物を放り、剣を抜き放つ。
「コイツは、ヴァイラークです!ヤツは魔人たちの領域で生み出された人工的な魔物です!」
アディンは叫びながら杖を振り、風の魔法で霧を少し押しのけた。
風が吹き抜けると、霧が一瞬だけ薄れ、ヴァイラークと呼ばれた魔物の全容がはっきりと見えた。
それは、巨大な狼に似た生物で、その目は不気味な光を放っていた。
白い毛並みの上に海の様に青い紋様が走ったような体毛を持つそれは、美しいとさえ思ってしまう程だった。
「コイツが霧の原因か…予想していたよりも大きいな」
トムが狼の顔を見上げながら呟き、前に進み出る。
彼はリーダーとしての責任を感じつつも、同時に冒険者としての興奮を抑えきれないでいた。
すぐさまミレアはトムに防護の魔法をかけ、後退する。
アライアの放った矢が狼の側面に命中し、一瞬たじろいだが、すぐに回復して再び彼らに襲いかかろうとする。アディンは再び風の魔法を操り、狼の動きを制限する。
狼は強力な爪で地面を引っかき、怒りに満ちた咆哮を上げ霧を纏い姿を消した。
「まだ来る!気を抜くんじゃないよ!」
アライアは叫び、アディンは霧を晴らすべく風を起こし続けている。
だが狼はすぐに霧を生み出し姿を消し、死角から襲い来る。
堂々巡りだが、アディンは視界を確保する他なかった。
「ダメです!狭い範囲でしか霧を吹き飛ばせません!」
巨大な体躯と圧倒的な速さを持つ魔物に、一行は苦戦を強いられ戦闘は激化していった。
アディンは魔力の消費が激しく、激しく息を切らしている。
トムが引きつけ、アライアとミレアが攻撃を加えるも、いずれも有効打にはならなかった。
程なくして、霧の狩人は獲物に対し優位に立った。
霧の中からの猛襲にアライアは弾き飛ばされ、木に叩き付けられる。
追撃をせんとばかりにアライアに突進する狼にミレアは魔法で岩を放ち、頭部に命中した。
大きくよろけた隙にトムがアライアを担ぎ、ミレアに叫んだ。
「ミレア!召喚を頼む!」
ミレアはトムの声を聴き、杖を振り上げた。
これをやれば、私はしばらく動けなくなるだろう。
周りは霧に覆われ、不意に遭遇してしまった圧倒的な魔物。
勝つには、これしかない。
掲げた杖を勢い良く地面に突き立てた。
「後は頼みましたよ!トムさん!」
ミレアを中心に魔法陣が広がる。
残った魔力を全て消費しなければ、この状況はどうにもならない。
だから今は精一杯――。
「後でこっぴどく叱られそうだな」
そう呟くとトムは担いでいたアライアを力一杯ミレアたちの方へ投げた。
そして視界の端でミレアが魔法陣を展開しているのを捉えると、態勢を立て直した狼――ヴァイラークへと向き直った。
小さな魔法陣が目の前に浮かび上がり、その中心から剣の柄が現れた。
柄を握りしめ、魔法陣から剣を引き抜く。
その瞬間、剣の風圧により辺り一帯の霧が吹き飛ばされ、狼はたじろいだ。
トムはその隙を見逃さず、喉元に潜り込み一閃。
鮮やかな閃光が周囲を照らし、トムの剣がヴァイラークの喉を突き抜けた。
巨大な狼の体が震え、地面に倒れ伏す。
その威圧感ある体が、ほのかに蒼く光り輝きながら、静かにその生命を終える。
狼が倒れると、森全体が一瞬にして静寂に包まれた。
深い霧は徐々に薄くなり、太陽の光が木々の隙間から地面に降り注ぎ始める。
一同は息を呑み、その光景にただ見入るしかなかった――。
「何とかなったな…」
トムはそう呟くと、顔の血を拭いながら仲間の元に駆け寄った。
ミレアは魔力を消費し過ぎたのか気を失っており、アディンは多少回復したようで、アライアを介抱していた。
「ですね、召喚魔法の力にはいつも驚かされますよ…その
トムの手に握られた剣は、通常の鋼鉄とは異なる、神秘的な光を纏っている。
柄は黒く光沢のある素材で覆われ、美しい銀色の細工が施されており、手に馴染むように緻密に作られていた。
剣身は青白く水が滴り落ちるような光沢を持ち、まるで水晶のように輝いている。
「少し休んでからヤツの素材を持って帰ろう、後はギルドに報告して依頼は完了だな。」
元凶を絶ったことで他の魔物の動きも収まるでしょうとアディンが頷く。
ヴァイラークが居たおかげかこの辺りは魔物の気配が無い。
この森本来の霧が残っているため警戒は怠れないが、十分休んでから村まで帰れるだろうと考えた所で、トムが握っていた剣が煌めいた。
握っていた剣が淡い光を放ち、消えていく。
これが召喚魔法で呼び出した武具――
「この
トムはミレアに上着をかけ、呟いた。
「…多分ミレアさんの方が年上ですよ。」
うるせぇ。
そう言ってトムはアディンを小突くのだった――。
――――――
「ん、こんなものかな。」
呟き、ほうと息を吐いた少女は手に持っていたペンを置き、机に広がった紙を見直す。
そこには図面のようなものが描かれていた。
図面には美しい銀色の細工が施された剣が描かれており、色の配分や長さなど細やかな注釈が記載されている。
少女は図面を丸めて
小窓には巨大な狼と対峙している人間たちが映し出されており、巻物が放り込まれると図面に描かれていた剣が魔法陣から抜き放たれ、それを振るう男はそのまま狼を討ち取った。
「よしよし、切れ味も抜群、柄と刀身のバランスも問題なさそうだね。」
少女は小窓をのぞき込んで男の持つ剣をまじまじと見つめた。
そして満足げに頷くと、軽く払いのけるように手を振った。
すると今まで見ていた小窓は少女の周りの棚に収まり、別の小窓が目の前に現れた。
「えーと、次の召喚は…」
そこには広大な草原が広がり、その向こうに古びた石造りの塔が見える。
少女はペンと新しい紙を取り出し、小窓の映像を見守りながら新たな剣のデザインを考え始めた。
「次は風を操る剣か、それともこの草原を焼き払うか…何を求める?」
考え込むうちに、場面が切り替わり、二人の男が映し出される。
見ると先ほどの塔の内部だろうか、石壁に囲まれた室内で岩のような魔物に囲まれていた。
「この状況であれば斧や杖のヤツらの担当じゃないのか…?剣しか使えんのか…まったく…」
彼女の手が自然と動き始める。
ペンは紙の上を軽やかに滑り、細部まで計算され尽くした比率で構成される剣の形を描き出した。
その剣は武骨で、強固な意志を感じさせる大剣となった。
図面が完成すると、少女は再びそれを巻物にして小窓に向かって投げ入れた。
大剣が小窓の中の冒険者の手に渡ると、男は剣を叩き付け、岩の魔物を砕いた。
しかし魔物の数は多く、次第に劣勢となり神器が消え、ついには二人の男は物言わぬ骸と化した。
「もう少し魔力を注いで召喚していれば、最後まで戦えただろうに。でも重さや破壊力は問題なさそうだったな。」
少女は、小窓の中の出来事に対してはやや愚痴をこぼしつつも、自らがデザインした剣の機能には満足しているようだった。
彼女にとって他のことは些細なことのようだ。
「さて、お次はどんな剣が必要かな?」
そしてまた軽く手を振り、次の小窓を覗き込むのだった――――――。
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