5 ようこそカルマファミリーへ

「そいつ・・・・・・汚島おじまから大

 金は預かってねぇか」

 汚島おじまの性格からかんがみて、借りた金を直接こちらに返しにこれないのでは、とボス・恵業けいごうは考えたようだ。

 大金、おかねーー

はるはうわごとのように繰り返す。


(そうだ! 書類・・・・・・!)


ハッとして、すぐにリュックから封筒を取り出す。

預かっていたのをすっかり忘れていた。

 中身は確認していないが、封筒の軽さからして、なんとなくこれはお金ではないのだと察する。

 影助えいすけは、ポテチの袋を爆発させるみたいに、封筒を遠慮なく開けた。


「・・・・・・最悪だな。」

恵業けいごう影助えいすけの横から紙を覗きこみ、ムッと顔を顰しかめる。


どういうことが書いてあるのか気になり、はるもその紙を見せてもらった。


(うそ・・・・・・。)

 

借金の、連帯保証人の項目を指差される。

 そこにはたしかに、日楽あきら はると記名されていた。

「お前、1億今すぐ一括払いできそ?」


「私、こんなのいつ書いて・・・・・・」

はるの声が上ずって震える。


「ま、記録が残ってるってこたァ、お前が汚島おじまの代わりに返してくれンだよな?」


影助えいすけの圧。

はるは思わず後ずさりした。


影助えいすけはスラリと長い指で、はるの腎臓、肝臓、そして心臓部分をなぞる。

「今すぐは無理ってンなら、臓器売るなりなんなりしてもらうケド。どんな部位でも、わりと熱烈なマニアはいるぜ」

はるはたまらず、恵業けいごうに助けを求めようとした。

 しかし。

「悪ィが嬢ちゃん、こればっかりは俺にもどうしようもできねぇんだ。借りたものは返す、その逆もまた然り。ファミリーの掟だからな」


さあ嬢ちゃん、どの道を選ぶーー

残酷な声が、はるの耳にこだまする。


「私、何も知らなかったんです! なのに、こんな、こんなの・・・・・・あんまりじゃないですか!」

はるの目から、涙が情けなく、せきを切ったように流れ出てくる。今自分は、窮地に立たされているのだという、疑いようのない事実。

 影助えいすけから、本日2度目のため息をつかれた。

「マフィアの世界に足を踏み入れたんだ、タダで帰してもらえると思うなよ」

とめどない涙が、溢れて溢れて止まらない。


「チッ、めんどくせェな。ならなんだ、騙されて可哀想って言われればテメェは満足か?

・・・・・・そうじゃねェだろオレたちは。四面楚歌の状況で、五面目を創って飛び込むのが人間じゃねーのかよ」

 影助えいすけは頭を掻きむしりながらそう言った。

はるはまたハッとなって目をしばたたかせる。


・・・・・・言われてみればそうかもしれないと思った。

 

ーーどうしてプレゼン出張に行くのか、汚島おじま先輩に聞かなかったのは私。


ーー努力して楽器店に入社したのに、雑用ばかりの毎日に嫌だと言い出せなかったのも私。


はるは、本当はもう分かっていた。

 自分が汚島おじまから、執拗に嫌がらせを受けていたこと。それを周りは見て見ぬふりしていたこと。

(私は多分、認めたくなかった)

 人を信じていたかった。我慢の先に、みんなから褒められて、報われる未来があると思っていた。


はるは良くも悪くも、素直すぎる人間だった。どんなときでも人を信じ、周りの環境を疑わない。

(きっとそれが、ダメだったんだ。悔しいな あ)

気づくのが遅くなりすぎた。


今までのはるはとどのつまり、"他人"がいないと生きていけなかったということだ。


一抹いちまつの寂しさと、違和感の正体が輪郭を成したようなすっきり感。


「もう一度、"日楽あきら はる"に問おう。お前はどうしたい?」


ーー四面楚歌の状況で、五面目を創って飛び込まんとする人間になれ。

 さっきの影助えいすけの言葉が、はるの中で反芻はんすうする。


"私"は、


「誰かに生き方を決められて死んでくくらいなら、自力で生きて、限界まで頑張るほうがずっといい!」

 お、と2人の視線が、はるの魂の叫びに注がれる。

「私、なってやりますーーマフィアに。

 "人を殺さない"マフィアになります!」


あと、とはるはちゃっかり付け加える。

汚島おじま先輩の借金を完済できたら、私をもとの世界に帰してほしいです!」


2人は顔を見合わせる。


「決まりだな」

「決まりスね」


恵業けいごうは、はるに向かってふっと笑う。

「合格おめでとう。お前は今日から、新設の陽動部隊配属だ。」


 影助えいすけも続ける。

「化けの皮を剥いでみれば、すんげー自己チューなのな」

薄く笑っていた。

「悲劇のヒロインなんざ、ウチにはいらねェ。

 ファミリーの一員としての覚悟を持て。

 常に"与えられる"側だったお前に、今ここで

 別れを告げろ。」

はるは深く頷く。


「つーわけでお前今日から、陽動のヨウなー」

 突然の改名に、はるはまた

 ええ! と驚かされる。なんだか拍子抜けだ。


「改めて、ようこそ。カルマファミリーへ」





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ボス、ああは言ってましたけど、本当に良かったんですか?」

影助えいすけは、左耳のピアスを指でもてあそびながら恵業けいごうに問う。


「いいんだ影助えいすけ、そんなに心配せずともあの子は伸びるさ」


 ーー何よりあの子、日楽あきら はるは、緋色の、いい眼をしていた。


影助えいすけは少しおどけた様子で言う。

「しんぱい・・・・・・? あー、アイツが銃を握る前に死んじまうんじゃねェかって心配は、一応しといてあげてますよ」


君守きみもり 影助えいすけ

最近体も態度もめっぽうデカくなったカルマファミリーのアンダーボスだが、これでも恵業けいごうを本当の父親のように慕ってくれているのだ。


「あと、なんでアイツのためにわざわざ陽動部

 隊なんて用意してやったんスか?」


 恵業けいごうはきっぱり言う。


「向いてると思ったんだ。

 ちょっと聴かせてもらったけどよ。

 プレゼン、上手かったろ。お前も感じてる

 はずだ。

 強面の野郎どもに囲まれても、臆すること 

 なく堂々としてた。普通の小娘にできる芸

 当じゃねぇな」

影助えいすけは黙り込む。長年の付き合いで分かるが、これは彼なりの肯定だ。



それに。


「俺ァ女には、優しいよ」


 げー、と影助えいすけは苦虫を噛み潰したような顔になる。

「ボス、ひょっとしてあんなちんちくりんな女がタイプなんスか?」


「お前はまーたすぐにそうやって茶化す!」


恵業けいごうは、影助えいすけに軽くゲンコツを食らわせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る