第10話




「ん……ふああああっ」

 夏峰ななは目が覚め、大きな伸びをした。ごちんっ。車の天井へと頭をぶつけた。あいて。

「ん? ここどこお?」

 自分で乗り込んで来たのに、忘れた。

「拉致されたんかな? あたし馬鹿だから」

 ななは車の扉を開け、降りると、目の前には公共職業安定所があった。だがそれはななの興味をそそらなかった。ななは向かいにあった鈍器の中へと入店して行った。そこにはなんでもあるのだ。

 ななの日課の一つ、それが地元の鈍器めぐりだった。ただ見ているだけで楽しいのでお得だ。

 ななは金が無かった。

 でも貧乏人には貧乏人なりの楽しみ方ってやつがあるのだ。

 鈍器は商品も楽しいが、人間模様も面白いので良かった。ななのそれまで見たこともないような人たちがぞろぞろやって来るのだ。

 床に無造作に段ボールが置かれている。もうとっくに開店して人が行き交っている時間帯だ。なながバイトしているコンビニでこんなことをしたら、怒られてしまう。ななはひょいっとそれを身軽に飛び越えた。

「ゲームみたいだあ〜」

 基本的に、ななは幸せな奴だった。

 幸せになる秘訣は誰かと自分を比較しないこと。そのような文面をいつか立ち読みの本の中からななは発見した。ななは目を輝かせ、その知識を真に受けた。

「そっかあ、自分を誰かと比較しちゃ駄目なのかあ〜」

 それ以来、ななは日々を楽しく生きることに成功している。

 鈍器の店内を一周し、思った。

「あれ? でもここ、あたしがいつも来てるお店じゃないなあ」

 自分がなんだかよくわからない場所へとやって来たことを思い出した。店を出て車へと戻った。相変わらず誰もいなかった。トランクを開けてみた。その中には機械が積まれていた。

「ああっ、これえっ」

 そうだ。

 りんちゃんがこれを使って反対車線へと車を移動させたんだ。

 良かったなあと思って、そのあと安心して寝たのだ。みかの肩にもたれ掛かって良い匂いを嗅いだところまで覚えている。その時、スマホが鳴った。コンビニの店長からだった。

「ああななちゃんっ、ようやく繋がった、あの貼り紙、読んだよ」

 貼り紙? ああレジに貼った。

「どうかしたの? 身体の具合でも悪いのかい?」

「あのねえ……」

 その先を言おうとして、そういえばどうしてこんな所へやって来のかまだ博士に説明されていなかったことに気付いた。えーとお。

「巨大な陰謀に巻き込まれつつあってえ、それを解決、出来るのはどうやらあたしたちだけみたいなんです」

 店長は深刻な口調で言った。

「ななちゃん大丈夫? 何か変な詐欺にでも引っ掛かってるんじゃないの?」

 ななが嘘をついているとはこれっぽっちも疑ってはいなかった。世界がこんな人たちで溢れていたらどんなに愉快だろう。

「詐欺ではないので安心して下さい、それよりもお店ごめんなさい」

「お店は大丈夫だよ。ただこれからは一言、連絡を入れてからにして下さいね」

「はいそうします」そこで電話の向こうの店長の声に不快なノイズが混じった。続いて店長が言った。

「うわ……うわ、うわあっ」

「どうかしたんですか?」ななは尋ねた。

「あのね、今レジ裏のバックヤードでテレビを観ているんだけど、どうやらまた人口知能がやらかしたらしいんだ。爆破テロだよ」

 それだあ!

 ななは思った。会話の途中だったが、スマホを切った。

 車が駐車されていた目の前の公共職業安定所へと入って行った。

 ななは入口の扉を開けた。ぎぎーい。

 誰もいなかった。

 人の気配が全く無かった。

 おーい。

 返事は無い。

「うーん、世界中の求職者がいなくなっちゃったのかな?」

 多分、違う。

 ななは施設内をぐんぐん進んだ。またスマホが鳴った。また店長かと思ったら非通知だった。

「もしもし?」

「あーあーあー」

 その声にはフィルターが掛かっていて奇妙に歪んでいた。

「きみは夏峰なな君、だね?」

「はいそうです、でもあなたは誰なんですか?」

「わたしかね?」

 電話口は少し黙ってから言った。

「わたしはただの、犯罪者だよ」

 ただの犯罪者が一体なんの用だろう、とななは思った。

「ただの犯罪者が一体なんの用ですか?」言っちゃうタイプだった。

「いやきみに何か直接、用があるわけではないんだ。ただわたしの邪魔をしないでもらいたいから、そこから回れ右をして去ってほしいと思っただけさ。きみはただの無関係な一般人だからね」

 ななは首を傾げた。

 電話の声は更に続けた。

「きみは今、都内にあるハローワークの中を歩いているんだろ?」

 びっくりした。

「どうしてわかったんですか?」

「きみの持ってるスマホのGPSがオンになっているよ」

 GPS。

 ななの聞き慣れない言葉だ。最新の科学技術はそこまで到達していたのか。

「ちなみにGPSはとっくの昔に確立されている技術である」

 またななは驚いた。

 既に自分は近未来に生きているのだ。

「……こほん、まあ良い。ここで引き返すのならきみは無事に家に帰してあげるよ……っておいいい!」

 ずがあああああんっ。

 ななは鍵が掛かっていて入れない部屋を壁ごとぶち壊した。車に積載されていた機械を既に装備していた。

「お、お前っ、いきなり建物を壊すなよっ」

 ななはスマホを握り締め言った。

 「だってあなた悪い人でしょ? 悪い人の言うことを聞くなんて嫌だよ。それに人がいないならここは廃墟だ。廃墟ならあたしたち何度も壊しているんだ」

 言ってることがめちゃくちゃだった。人がいないと廃墟なら、土日の雑居ビルは廃墟ばかりになってしまう。

 部屋の中には誰もいなかった。

「ここじゃないかあ」

 のっしのっしと隣りへ進み、また問答無用でど派手な音を立て粉砕した。電話口の相手は何か喚いていた。

「大丈夫だよ」

 ななは言った。

「あたしちゃあんと耳栓で保護してるからね」

 そして一方的に通信を切った。

 不気味な静けさが建物全体を包んでいた。

 ななは手当たり次第に破壊し、三人を捜索した。

 途中、廊下に手足を放り投げるような姿勢でアンドロイドが数体、座っているのが見えた。けれどもう役目を終えたのか、再び動き出すことはなさそうだ。

 建物の一番、奥の部屋。そこにも鍵は掛かっていてななは手慣れた仕草で扉をぶち抜いた。

 辺り一帯に粉塵がもうもうと立ち込め、それが収まると部屋の中に拘束されていた博士、春原みか、冬野りんの三人が座らされているのが見えた。



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